プロローグ
「ねぇ、君。ぼくの玩具にならないかい?」
普通、その様な事を見知らぬ他人(知り合いでも)に問われたらどう答えるだろうか?ほぼ全員の人がお断りするだろう。
だが僕は即答した。――なります、と。
僕の人生は最悪だった。と言ってもまだ人生は終わっていないのだが。
三歳ぐらいから吃音と言う障害に悩まされていた僕は、小学四年生の時に学校をサボると言うことを覚えた。学校で吃音が原因で苦しむならサボればいい。
学校を休むと言うことを覚えた僕は、それからずっと学校を休みつづけた。中学は受験をしなくていい学校に入学し、初日とその次の日以外学校を休みつづけた。両親は学校行きなさい、勉強しなさい、とうるさく言い続けたが、僕は無視した。
出席日数が足りないため、高校に進学できなかった僕は家で引きこもった。異世界物の小説を買っては読んだ。
――こんな戦いがあったら僕はああするのに。
――こんな場面なら僕はこうするのに。
――好きな能力をもらえるなら僕はこんな能力をもらうのに。
僕は自分がその世界にいるのを想像し、妄想した。
そのたびに僕は思う。こんな世界があったらいいのに・・・僕がこんな世界にいけたらいいのに。
中卒という身分になってから3年。両親は交通事故で死んだ。働きなさい、家を出て行きなさい。両親は口うるさくいいながら、結局は僕を家にいさせてくれた。だが、その両親が死んだ。
その事実を知ってから一日もしないで僕は家を追い出され、宿無しのホームレスとなった。
家を追い出される時に一緒に外に出された大量の小説を古本屋に売り払い、寝袋と毛布を買った。
駅の広間のベンチで寝泊りし、余ったお金で何とか食いつないでいた。
だがそれももう限界だ。たった二千円で2週間生きられたのが奇跡だろう。4日前からお金が無くなり、ご飯が食べられなくなってから駅にある水道の水だけで今まで生きてきたのだ。
――こんな事になるなら両親の言うことを聞いておけば・・・
――苦しくても学校に行っておけば・・・
後悔してももう遅い。心なしか心臓の鼓動が弱まってきている気がする。
中学に入学した時、少しだけ、ほんの2日学校に行っただけ。ただそれだけ。当たり前の事なのに、まるで自分の事のように母は嬉しがった。初日学校に行ってから帰えると笑顔の母が待っていて、無理やりカラオケに連れて行かれた。初めてのカラオケだったけど凄く楽しかった。カラオケの帰りにレストランで夕食を食べ、家に帰った。次の日も少し勇気を出して学校へ行った。
朝、学校に行くときに母は僕に言った。「頑張ってね」まだ2日目で授業は無いけど、勇気を出して学校に行 く僕に母はそう言った。学校から帰るとまた母が嬉しそうな顔で待っていてドライブに連れて行かれた。咲きかけの桜を見ながら母の手作りのサンドウィッチを食べた。
次の日からまた学校に行かなくなった僕を見て母は悲しんだけど、何も言わなかった。
交通事故に遭うその日。母は父と一緒に僕の仕事先を捜しに行くと言っていた。「期待しててね」
そういった母の笑顔は、僕が最後に見た母の顔になった。
何でこんなことを思い出すのだろう。あれ?何か目がぼやけるな・・・涙、なのか?
毎朝父は僕を起こしに来た。「朝だよ起きなさい。今日はいい天気だぞ。学校に行かないのか?」いつも父は起きた僕にそういった。「行かない」そう返事をすることもあったが、ほとんどは無視した。それでも父は毎日、土日以外は僕を起こしに来て「学校に行かないのか?」と言った。
朝食を食べる時、さりげなく父は新聞を読みながら、学校の話題を僕にふった。僕はほとんど無視をしたがそれでも父は毎日のように話題をふる。
今思えばあの新聞を立てて読んでいたのは、顔を隠していたのかもしれない。その新聞のむこうにある表情(顔)を僕に見せたくなかったのだろうか。
土日に問題集を買ってきては僕と一緒にやろうとした。何度もいらないと言ったのに父は聞かず問題集を買ってきた。たまに一緒に問題集で勉強をした時は嬉しそうな顔をしながら分からない所を教えてくれた。頑張りすぎて分かる所まで教えようとする父に怒鳴ったりもしたがそれでもニコニコと勉強を教えてくれた。
寝袋にポタポタと涙が落ちる。安っぽいビニールの寝袋はそれをはじき、こぼれ落ちる。
目からこぼれ落ちる涙を拭おうとするが、力が入らない。薄暗くなった空を見上げながら僕は涙をこぼしつづけた。
こんな僕を。こんな僕だけど育ててくれた両親に感謝しながら僕は死ぬのだろうか・・・?
死ぬ?怖い。ぼくはそう思った。
でも僕には生きる価値はあるのだろうか。あんな優しい両親を持ちながらこんなくずになった僕に・・・生きる価値はあるのだろうか。死ぬことが親不孝?生きることが親不孝?両親なら、僕になんて言うだろうか。
―――生きなさい・・・
声が聞こえた。死、というものが怖くなった僕が勝手に作り出した声なのだろう。
それでも僕は、なぜかその声が優しかった母の声に聞こえた。
―――生きなさい
また聞こえた。今度ははっきりと。走馬灯だろうか。昔の母の顔が昔の僕に向かって口を開く。
―――強く・・・生きなさい
気のせいじゃない。確かに母は僕に言った。不登校になる少し前。吃音で言葉がどもる事をからかわれて泣いていた僕に、母はそう言った。
強く生きなさい。走馬灯で昔の僕に言う母は、まるで今の僕に言ってるよう・・・
―――強く生きなさい
―――強く生きなさい
―――強く生きなさい
何回も何回も同じ言葉を繰り返す昔の母。
母は僕が生きることを許してくれるのだろうか。
生きたい。死にかけの僕はそう思った。こんな僕を育ててくれた両親のために・・・生きたい!
僕を今・・・生かしてくれるなら、何でもする。僕はそう思った。
「ねぇ、君。ぼくの玩具にならないかい?」
女の人の美しい声。だけど、姿は見えない。でも・・・僕が生きられるなら・・・
「なります」
僕は光に包まれた。
読んでくださってありがとうございます