辛い現実から逃れる為に小説を書いている人に、囁く悪魔
現実の辛さから逃げたくて、このサイトで小説を書きはじめた君へ、伝えたいことがある。
なろうを初めて君は望むものを得られたかい?
ランキング上位という名誉?
作品を求められるよろこび?
単純な創作の楽しさ?書き遂げた達成感?
得られた君は素晴らしい。
君は自身の願望を満たす、最高の居場所を得たんだ。
なんて幸運だろう。
その幸福が、君が逃れたい辛い現実を生きる励みになることを祈っているよ。
さあ、すぐにこのページからプラウザバッグして、こんな短編の存在なんか忘れてしまうといい。この短編はきっと君を不愉快な気分にさせるだろう。
僕が話したいのは逃げた先で、新たな現実に直面して苦しんでいる、そこの君だ。
伸びないPV数。
入っては消えていく、お気に入りの数。
やっと書き込まれた感想を大喜びで開いたら、誤字報告や誹謗中傷だった絶望。
やってられないよね。悲しくて、胸が引き裂かれそうになるよね。
分かるよ、僕は君の悲しみが、よく分かる。
現実の生活が順調で、楽しみで小説を書き始めた人は良いよね。このサイトで小説を書いて傷付いても、彼らは逃げ場があるのだから。
だけど、君には逃げ場がない。逃げた先がこのサイトだったから。
どこへ逃げても、結局は辛い現実しかないと気付いた瞬間、君はどうしようもない絶望に襲われるだろう。抱えていた苦しみは、さらに増加するだろう。
ひょっとしたら、死すら考えるかも知れない。このサイトで人気がある作品のように、死ねば生まれ変わって、特別な存在になれるかもしれないって願ってね。死がそんなに都合がよい優しいものなわけないのにね。
おや、気分を害したかい?ごめんよ。君の希望を馬鹿にしたつもりはないんだ。僕だって、死後にそんな素晴らしい展開が待ち受けていたら、と思うよ。
だけど、君は夢をみてはじめたこのサイトで、別の残酷な現実を知っただろう。死後だって、きっとそんなものさ。
僕はね、そんな君の人生が、小説を書くという行為が、とても楽になる魔法の言葉を知っているんだ。
結構ありきたりな言葉かも知れない。よくよく思い返せば、それとよく似た台詞を使っている話を僕はいくつか知っていたからね。
だけど僕はそれを自分のこととして捉えてなかったんだ。それを自分のものとした瞬間、僕はスッと気持ちが楽になったんだ。
その感動を、僕は君に分けたいと思う。
それじゃあ、教えてあげるね。覚悟はいいかい?
『君の小説はね、現実の君が惨めになればなるほど、面白くなるんだ』
考えてごらんよ。君は今、小説家として最高の環境にあるんだ。
君が持つ惨めさは、どんな優れた心理描写よりもリアルで生々しいものだ。
君が抱く理想は、描く憧れは、流行りのチーレム主人公よりも、きっと輝いているものだ。
惨めになればなるほど、描く感情はより一層生々しい生きたものになる。
望む理想の世界は美しい輝かしいものへと膨らんでいく。
それは、とても素晴らしいことだと思わないかい?
君の作品は君の魂の叫びだ。君の精神の具現化だ。君の魂が、精神は、抱く感情が強ければ強いほど、輝きを増すんだ。
誰も評価してくれない?
いいじゃないか。きっと君の才能は、世に認められるには早すぎたんだ。
完結すれば日の目をみる機会もあるかもしれない。惨めさを糧に次へ進もう。
批判された?
素晴らしい。君は君が出来ない考え方を知ったんだ。君と違った考えのキャラクターを作る材料を得たんだ。そう考えてもまだ腹が立つようなら、批判者とよく似た考えのキャラクターを作品中に出して殺しておしまいなさい。
段々創作上の苦痛が平気になってきたら、今度は現実に目を向けてみよう。
コミュニケーションが下手くそ?
ならば君は、コミュニケーションが下手な君が返して貰うと嬉しい反応を想像出来るはずだ。その想像を突き詰めると、コミュニケーションが上手な魅力的なキャラクターか出来るじゃないか。
仕事が出来ない?
そんな君の苦痛に共感する人間はきっとたくさんいるよ。そんな人たちの代弁者になってあげればいい。
恋愛経験がない?
馬鹿だな。理想的な、誰もが夢見る恋愛物語というのは、君みたいな人間から生まれるんじゃないか。
綺麗は汚い。
汚いは綺麗。
シェークスピアのマクベスで有名な一説だ。
汚く、辛い現実は、君の考え方次第で美しい素晴らしいものへと変わる。
君は君が知らなかった世界を、知るんだ。同じ世界なのに、異世界のように見えるかもしれないね。
全ては小説の為に、そうやって負の感情を受け入れていくと、やがてそれはマゾヒスティックな快感へと変わっていく。
君は自身の苦しみを、創作の材料としていとおしく思うようになる。
惨めさを笑え。
悲しみを愉しめ。
絶望を、歓喜せよ。
――そうなったら、君は、もう戻れない。
君の喜怒哀楽全ては、君の行動の全ては、君の作品の為のものへと変わる。
君は君に与えられる全ての物を、自分の作品の材料として捉えるようになる。
君は自分の造り出した作品の世界というフィルターを通してしか、身の回りの物事を見れなくなるんだ。
君は、本当の意味で、君の作品の一部になる。作品の中で生きるようになる。
君は君の作品の為に生きるようになる。
君の人生が、創作の為の存在になるんだ。
それは創作者として、実に美しい、理想的な姿だと思わないかい?
……あれ、なんで君はそんな引いた目をしているんだい?
君は怯えているみたい。
君は、不愉快そうだ。
ごめんよ。これは、あくまで僕の一意見だ。君達に考えを強制するものじゃない。
君達の貴重な時間を奪って悪かったよ。早くページを閉じて、こんな短編記憶から消してしまいなさい。
あ、でもそこの君。君の瞳は、輝いているね。
ふふっ、きっと君は僕とよく似た考えの持ち主なんだね。
――ねぇ、僕と一緒に堕ちてみないかい?