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朝霧さんの勝手に小説編集局

薄っぺらな柑橘系

作者: 朝霧紅音

朝霧さんの短編二つ目です。

清純で可愛くて、恋愛経験なんて皆無で、もちろんキスなんてしたことない。

―――そんな女の子は、この世に存在しない。

いるとしても、それは女の子というよりも幼女の部類だ。見た目が幼気であろうと、十五~六にもなれば彼氏の一人や二人は作ってしまう。もちろん処女なんてあっさり捨てちゃう。

つまり可愛い処女なんてこの世にいない。

アニメや漫画、小説で描かれるような美少女達は、現代の―――いや、この世界にいないからこそ魅力的であり、虚構の存在にもかかわらず、人々の心に巣食うのだ。

その一方、現実はモテない中高生の妄想を尽く否定してきた。アイドルの不祥事や熱愛報道から始まり、クラス一の美女が存在しなかったり、学校内でミスコンやれば優勝者の彼氏が登場したり、幼馴染みに彼氏との手繋ぎデートを見せつけられたり。

そういった淡い期待との差異に愕然とした。そんなの間違っていると憤慨した。そして結局は、現実を受け入れて絶望した。無垢なままで在り続けたがった俺には、色恋沙汰というものが、どうも穢らわしいものとして映るようになった。

漫画や小説も、いわゆるラブコメというものを、知らず知らずのうちに避けるようになった。主人公がただ優しいだけだったり、ちょっと素直というだけでヒロインから好かれる。作り物だと判ってはいても、読んでいて感じる虚しさは、一向に消えなかった。

そんな俺が嫌いな季節の一つである、夏休みでのことだ。


高校二年の夏休みというのは、教師からしたら怠慢月間とでも呼ぶべき時期だ。

高一というのは、高校生初めての夏休みというのもあり、それなりの意気込みを持って挑む。宿題も計画的に進めたり、遊びだってあまり大袈裟に騒いだりはしないだろう。高三は言わずもがな受験生だ。しかし高二はというと……。

受験に実感が持てずにやる気を無くしたり、高校生としての立場にも慣れて、だらける余裕が出てきたり。とにかく危険な時期だった。その為、宿題の量を多くして計画的に机に向かわせようという教師陣の作為によって、俺のように今から受験に備えようと自主的な勉強に比重を置いている生徒が「うっわめんどくせ……」とかいう恨み言を吐くようになるのである。

……まぁ、とにかく夏休みだ。

いくら夏が嫌いといっても、俺は別に引きこもりじゃあないので、普通に外出はする。

その日も俺は十時頃に家を出て、野郎四人でカラオケに向かった。夏の鬱屈とした季節。大声で歌ったりでもしないとテロリストにでもなっちゃいそうだ。

俺以外の三人も似たような奴等で、補習で顔を合わせる度、舌打ちの回数が明らかに増えていた。ストレスが溜まっていたのだろう。

俺は狭い室内で、タガが外れて物凄いことになっている三人を見上げた。

腕を勢いよく振り上げている男がいる。彼は北山といって、二次元しか愛せない(最近歳上好きに目覚めたらしい)奴で、ガンダムにかなりの愛情を注いでいる。

その隣でドリンクバーを溢している男は大平だ。二次元が好きなものの、色々と純粋であるためエロ関係の話では噛み合わないという変な奴である。

そして、右手にマイクを握って左手にエアコンのリモコンを握ってる奴が、高橋だ。二次元ならほぼ全てイケる口という猛者である。

そんな三人が、「みんな死ねばいいのに~」と絶叫している様は、ある意味壮観である。かく言う俺も、拳を突き上げて「爆裂!爆裂!」などと叫んでいるわけだが。

結局この日は夕方の六時辺りまで、人のことは言えない有り様となっていた。


空がようやく暗くなり始めた頃。

馬鹿共の狂宴が幕を閉じ、各々が帰路に着いた。俺はチャリンコをゆっくり走らせながら、ややヒリヒリと痛む喉をさすって、向かい風を睨む。心地好い疲労ではあるものの、疲れた身体に向かい風は純粋に辛い。

ファミレス前の交差点で、丁度変わった赤信号に迎えられた。これ幸いと一息吐く。体質のお陰で汗はあまり出てないが、湿っぽい風に煽られていたのは精神的にも疲れた。

ハンドルにもたれかかりながら、横断歩道の向こう側を何とはなしに眺める。

ファミレスから出てきた男女の一組が、何やら暗い雰囲気を放ちながらぼそぼそと話している。

信号が青になると、俺が走り出すよりも早く、男の方がこちらに駆けてきた。すれ違い様に見た顔は無表情で、整った顔立ちを仮面みたいに貼り付けていた。

信号を渡り切ると、女は未だ立ち尽くしていた。その横をさりげなく通り過ぎようとした俺だったが、タイミング悪くも顔を上げた彼女と、ふと目が合った。

「あっ…………」

小さく声が聞こえた。それを無視して通り過ぎた俺は、五メートルも進まないうちにブレーキを握り締めた。

「………………ん?」

刹那に見た顔立ちに、脳をよぎった既視感。

振り向くと、大学生らしき美女がこちらを確かに見ている。知的な相貌、長く伸ばした黒髪、長くしなやかな足に、大人びた清楚な服装。

「明香里……か?」

中学時代の記憶が蘇る。

クラスでも抜群に目立っていて、少し関わり難い雰囲気を醸し出していた青南中のマドンナ。

柳田明香里が、そこにいた。


「ごめんね?帰ろうとしてたところ呼び止めて」

「気にすんな。大した予定も無い」

明香里はあろうことか、俺をお茶に誘った。断る理由が無かったわけではないが、これも何かの縁だと、その申し出を受け入れた。親には一言、『昔の女と会ってくる』とだけメールしてある。

両親は俺とは違い、色恋沙汰が大好きで、俺が異性と外出なんて話になったら喜んで要望を聞く馬鹿な連中である。今回も、どれだけ帰りが遅くなろうとも、叱責が降り注ぐことは無いだろう。

「さっきの男…………彼氏か?」

俺は先程すれ違った男を思い出し、訊ねた。僅かに身を固くする明香里。

「…………うん。いや、今は違うか」

今は。今はもう、彼氏じゃない。ということは。

「別れたのか。また」

「…………うん」

俺は呆れからくる溜め息を吐いた。明香里は困ったような微笑みを浮かべ、紅茶を啜る。

「変わらないな。明香里」

顔立ちやスタイルには磨きがかかり、中学時代とは違う色気が醸し出されている。しかし、俺には彼女に対して、変わってないと感じた。

「そっちこそ、みんなとは反対のことを言うね。相変わらず」

「ならその『みんな』ってのも、相変わらず薄っぺらいままなんだろうな」

軽薄な笑みと共に放った言葉はしかし、明香里の表情を翳らせた。

「薄っぺら……か。なら私、その『みんな』以上に薄っぺらなんだね」

紅茶が不味くなりそうな程、重苦しい調子の台詞。

「知ってた?私って、まだ処女なんだよ」

コツッ、と俺の踵が床を叩いた。

「…………ナニ?」

突然のカミングアウトに、俺は目を見開く。大して親しくもない男に対して何てことを言うんだ―――!という意味での驚きではない。

「あんだけ彼氏作っといて、未だに処女だと?」

「うん。あ、やっぱり知ってたんだ。私の恋愛遍歴」

俺が驚いているのは、『明香里が処女』だという事実の一点のみ。俺が中学時代、噂で聞き及んだ彼女の恋愛遍歴は、軽く二桁に上る。告白された人数なら三桁行くんじゃないか?と思うぐらいだ。それなのに、だ。

「どんなマジックだよ……」

「あははっ、マジックだなんて―――」

大袈裟なものじゃない。

そう呟いて、彼女は紅茶を啜った。ちっとも美味しそうじゃない表情で微笑んで、カップを置く。

その笑みが彼女自身を嘲笑してるものだと気がついたのは、数度の瞬きの後だった。

「付き合うって、思ったよりも大変なんだね」

目線が合わされずに始まった語りが、呆れ声に乗って船を進める。

今まで幾度となくその『付き合う』を繰り返してきた筈の彼女が、何故そんなことを言うのか。

「私を好きになってくれる人はたくさんいた。告白してくれる人も」

まぁそうだろうな。こいつは外見は文句無しに可愛いし。

「初めは、『付き合う』って何なのか解らなかった。でも、少女漫画とか読んだりしてたら、それがとても楽しいものなのかな?って思ったの」

少女漫画ってのはロクなもんじゃないな。俺はそう思いつつ、少し温くなった紅茶を啜った。

「それで、中学生ぐらいの時かな?告白してきた男の子に、いいよ、って返事しちゃったの。全然喋ったことも無かった人なんだけど。顔付きと雰囲気だけで判断したんだ」

よく知りもしない相手と付き合う。確かに薄っぺらだ。そもそも告白した少年の方も、ちゃんと接点も持たずに告白するというのも間違っている。薄っぺらい。

「結局、二週間で別れた。話したりしててもつまらなくてね」

当たり前だわな。友達の先が恋人だ。心を許すか、身体ごと全てを許すかの違い。

「それでも期待を捨てきれなくて……。次の人、また次の人って乗り換えて……」

恋愛中毒っていうのか?そういうの。男の敵だな。

「まるで男をおもちゃみてーに扱ってたわけだ」

俺は思ったままを口にした。

「そんな、おもちゃだなんて―――」

「考えもせずに否定するな。馬鹿じゃないんなら、解るだろ?」

抗弁しようとした明香里を、更なる言葉で押し止める。

彼女は俯き、浅くなった紅茶の水面に自らの顔を映した。

「―――うん。確かに、私は遊んでた」

男遊び、女遊びとはよく言うが。これはそのまんまの意味であり、その場合、中高生の恋愛にもその言葉が適応される例は多く見られる。

「今日も、その遊びだったのか?」

「―――うん。そう……だったみたい」

他人事のような呟き。俺の意地の悪い問い掛けにも、力無く答えるだけ。

中途半端に残した紅茶は、もうすっかり冷めてしまっただろう。自分のだけでも飲み干しておこうと、上品なカップをぐいっと煽った。融け残った砂糖が舌に絡み、不愉快な甘みに顔をしかめた。

「くふっ」

そんな俺が可笑しかったのか、明香里が小さく声を漏らして笑った。

「なんだ。笑うだけの元気はあるんだな」

ニヤニヤしつつ問うと、も~とか何か言って眉をひそめた。

「そんなふうに言わないでよ。話したら楽になったの」

「それはそれは。お役に立てて光栄です」

「うん。ありがとう」

「………………」

冗談めかした言葉に素直な謝辞を返されて、一瞬、言葉に詰まった。

「―――あ、そろそろ帰らないとね」

声に釣られて外を見ると、確かに。陽の光はとっくに舞台から立ち去り、辺りはすっかりネオンの光に支配されていた。

「暗いな。大丈夫か?」

視線を明香里に移すと、伝票を手に、既に立ち上がっていた。

「大丈夫だよ。家、近いんだ」

そう言って、彼女はそっと微笑む。その笑顔は、とてもじゃないが男遊びが趣味の女には見えない。

「今日はありがと。また会えたらいいね」

「次も奢ってくれるんならな」

俺の軽口に笑みを浮かべて、明香里は去っていった。

それを見送り、彼女が見えなくなってから。

「俺もあいつに惚れたことがあるってのが、なんか悔しいな……」

胸に燻った言葉を吐き出してみても、独り言ではすっきりしなかった。


喫茶店を出て、星が見えない夜空を見上げる。

ベガ(織姫)も、アルタイル(彦星)も、天の川さえ見えない。運命に逆らってでも結ばれようとする健気な恋は、今や見ることさえ難しくなってしまった。

果たして、恋とは何なのだろう。

『付き合う』とは、一体どういった意味を持つのだろう。

経験したことの無い俺には、出しようもない答えだった。

これからもどうかよろしくお願いします。

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