scorch(ピーマン×ニンジン)
ピーマン→←ニンジン風のピーマン×ニンジン
※R15
「ベジレンジャー」放映から数年経過
ピーマン成人済み
ナスとニンジンが飲み仲間
ピーマンとニンジンはそれぞれ片想い(両想いなのに気付いてない)
ニンジンの相談相手はもっぱらナス
悩め青少年
シチュ萌え
・ナスはニンジンをめんどくさがってる
・ピーマンがナスに嫉妬
・ニンジンは泥酔状態
*****
『関口! このめんどくさい女なんとかしろ!』
たったそれだけをがなりたててぷつりと切れた電話。掛けてきた相手が譲さんだって時点で嫌な予感はしていた。
具体的な状況がまるでわかんないまま、取るものもとりあえず家を飛び出す。駅の改札に入ったところで店の名前と最寄駅を書いたメールが届いた。この店なら知ってる。希美さんちのあたりにある、お気に入りだって言ってたお店だ。「めんどくさい女」ってやっぱり希美さんのことだったんだ。胸の中にかすかな焦燥がくすぶりはじめる。希美さんと譲さんは仲が良い。ベジレンジャーの時からしょっちゅうプライベートで遊んでいて、熱愛報道が流れたこともあった。二人は付き合ってない。でも、二人の仲の良さは知り合いみんなが認めている。苛立ちが黒い煙のように広がる。俺が目当ての駅に着いた時点で終電は行ってしまった。なんだか寒いと思ったら、コートを着るのを忘れてた。自分の吐いた白い息をどんどん追い越して、人気のなくなった道を突き進む。ややあって、譲さんにしなだれかかって変な唸り声を上げている希美さんを見つけた。
「希美さん……」
「こいつ、今日は初っ端からペース早くて。やめとけって言ったのにバカだから」
譲さんは荷物でも渡すような手つきで希美さんを差し出した。忌々しそうに舌打ちする譲さんに不満が募る。
いつの間にこいつなんて呼ぶようになったんだよ。今までずっと希美さんだったじゃん。いつの間にバカだって言うようになったんだよ。譲さんは確かにちょっとそっけないところがあるけど、年上の女を相手に暴言を吐くような人じゃないのに。
さっきはかすかに煙を上げる程度だった焦燥がとたんに音を立てて燃えさかった。
黙ったまま希美さんを抱き上げる。「背負わなくていいのか?」うるさい。そりゃあ楽なのはおんぶだけど、できるはずないじゃないか。心臓と理性に悪い思いをするくらいなら、こっちの方がずうっとマシだ。だらんと落ちた腕を、譲さんが俺の肩にかけた。たったそれだけのことにも気持ちがざわつく。尊敬してる先輩でもあるのに、今は譲さんの目を見たくなかった。
「なんで、ここまで酔っちゃったんですか」
微調整をしながら尋ねると、譲さんが「あー……」と言葉を濁す。おおかた明後日のほうに視線を投げて、苦り切った顔をしているんだろう。しばらくして「飲みたい気分だったんだろ」って答えが返ってきた。そんなのお酒飲んでるんだから当たり前じゃん。
「……とにかく、俺はもうこんなに手のかかる女の世話なんかしたくない。こいつは責任持って関口がどうにかしろ」
俺の中に沈殿するどろどろとした感情を聞いてくれる気はないらしい。譲さんは流しのタクシーをさっと捕まえて帰ってしまった。
責任持ってどうにかって、俺が希美さんにどう責任持てって言うんだ。希美さんをここまで酔わせたのは譲さんなのに。
それでもこのままここにいたってどうにもならなくて、仕方なく徒歩十五分の希美さんの家に向かって歩き始めた。
*
希美さんがお酒くさい。まともに起きてられなくなるくらいまで譲さんと飲んでたんだ。ひと目見た時点でわかっちゃいたけど、猛烈な嫉妬心でいっぱいになる。
俺の前でこんなふうになったことなんて一回もないくせに。二十歳の誕生日を祝ってくれた時だって「ちょっとだけね」なんて、度数の弱い果実酒を一杯しか飲んでくれなかったくせに。なのに、譲さんが相手なら色んなことがどうでもよくなっちゃうくらい飲むのか。
俺と一緒にいる時の希美さんはいつだって“ねーさん”だ。何があっても年上の顔は崩れない。強力な接着剤でくっついたマスクを剥がしたくって仕方ないって、希美さんは知ってるんだろうか。
力が抜けてぐにゃぐにゃになった体は支えづらくて、何度も抱え直すはめになる。
ひざ裏に差し込んだ腕が熱いのは俺のせいじゃない。アルコールが回って真っ赤になった希美さんのせいだ。脈がどくどくと打っている。
時折希美さんは苦しそうに息をつく。素肌の見える部分全てがまだらに染まってる。
「……き」
「え?」
うすく開かれたくちびるから、何かが聞こえた。思わず、ぽってりとした口元に耳を寄せる。間近にみたくちびるは少しかさついていた。どこかで飲み物を買った方がいいかもしれない。でも、とりあえず希美さんが何を言おうとしてるのか聞かなきゃ。耳を澄ませる。かすれた声が何をつぶやいているのかわかったとたん、全身の血が逆流しそうになった。
「みなづき……、みなづき、みなづきぃ……っ」
なんで?
そんなに譲さんのことが好き? べろべろに酔っぱらって、夜中に男に抱っこされたまんまで意識もなくして、こんなにならなきゃいけないくらい譲さんのことを思ってんの?
譲さんがいいならどうして俺なんかにお姫様抱っこされてるんだよ。希美さんが大好きなはずの譲さんは、俺に希美さんを押しつけて帰っちゃったよ?
やり切れない気持ちとやけっぱちな衝動がせめぎ合う。
キスしちゃおっかな。
ふいに意地悪なたくらみが首をもたげた。どうせ希美さんが気付かないなら、俺がいい思いをしたって構わないんじゃない?
考えれば考えるだけそのことで頭がいっぱいになる。とにかく人目につかない、適当な暗い道を選んで歩く。次に座れそうな場所を見つけたら問答無用で行動に移してしまおう。誰にも大声で言えないような、卑怯で後ろめたいことをしている。罪の意識が逆に俺を駆り立てた。十メートルくらい先にとうとうベンチを認めて、喉が大きく鳴る。瞬間、つい腕の力が抜けそうになって、慌てて希美さんを抱き上げ直した。
体勢を整えた拍子に、希美さんとの顔の距離が近くなる。鼻先同士がくっついてしまいそうだ。
――だめだ。ごめん、希美さん。もう待てないや。
いてもたってもいられなくなって、希美さんのくちびるに噛みついた。ひやっとした感触。想像してたのよりずっと柔らかくて気持ちいい。本当はちょっと重ねるだけのつもりだったのに、そんなのは希美さんのくちびるに触れた瞬間に吹っ飛んでしまった。もっと、もっと。ついばむようなキスだけじゃ全然足りない。あえぐように開いたくちびるから舌先を潜り込ませて、奥にひそむ希美さんの舌をつつく。「ふ、んっ……」鼻から漏れる希美さんの声に冗談じゃないくらい興奮する。全力疾走した時よりずっと速く心臓が脈打ってる。頭の中が沸騰してるみたいだ。きっと何もわかってないはずなのに、希美さんの腕が俺の首に巻き付いた。すべっこくてひんやりした指先が耳をかく。背すじが粟立つ。アルコールに混ざるほのかな甘いにおいにこっちまで酔ってしまいそうだ。俺は、自分を突き動かす熱のままに希美さんの口内を食らいつくした。
どこか遠くでクラクションが鳴った。自分たちに向けて鳴らされたわけじゃないのに、はっと我に返る。止まっていた時間が動き出す。背中がぶるっと震えて、唐突に寒さを思い出した。小さなくしゃみ。腕の中の希美さんを見る。アーモンドみたいな目がうっすら開いていた。体が強張る。上がったままの息をどうにか整えて、希美さんの顔をもう一度覗き込んだ。自分の行動を後悔なんてしていない。それでも審判の時を待つ罪人のような気持ちでいたら、希美さんがふにゃっと相好を崩した。鼻にかかった甘えた声が鼓膜をくすぐる。
「ね、水無月……聞いて」
寝ぼけてる。俺のこと、譲さんだと思ってる。わかってたはずなのに、胸がギュッと鷲掴みにされたみたいに痛い。
「すごく、いい夢を見てたの。あったかくて、ふわふわして、幸せだった……。それでね、へへ、キスもしちゃったんだあ」
譲さんとそんな風にしてる夢を見て、今にもとろけてしまいそうな笑顔を向けられて、おまけに希美さんは俺に言ってるなんて思ってなくて、いったいどうしたらいいんだ。希美さん、起きて。希美さんとキスしたのは俺だ。譲さんじゃない。俺なんだよ。目の前がくらくらする。なんだか泣いてしまいそうだ。苦しい。痛い。鼻をすすると、それを合図にしたみたいに希美さんがつぶやいた。
「あーあ、ほんと……ここにいるのが、孝也くんならいいのに」
え?
希美さんは、今度は俺の胸に顔をうずめて寝息を立て始めた。俺は……、足に根っこが生えたみたいに動けない。
今のは幻聴? 希美さんの言い間違い? どっちもあり得る話だけどどっちでもなくて、本当に本当だったら……?
ねえ希美さん、俺のこと、男だと思ってる?
希美さんを軽く揺すってみても、呼び掛けてみても、目覚める気配は一向にない。言葉の真意を知りたくて、だけど希美さんは夢の中。
俺は急激に熱くなった体をどうにも持てあましたまま、バカみたいに突っ立っていた。
常識的に考えて芸能人が路チューなんざしようものなら即座にフ○イデーされると思いますが、そこはそれ、エセ芸能界が舞台ということでご勘弁ください。