とろけるココロを贈ろう。
【設定】
某製菓会社が発売している赤いチョコレートのCMキャラにベジのメンバーが選ばれたら
ベジレンジャー終了後3年ほど経過
考えるんじゃない、感じるんだ
5人が仲良ししてるだけ
誰も恋愛してない
ほのぼの
*****
年末のとある日、都内の某スタジオ。ベジレンジャーの放送が終了してなお仲の良い彼らはひょんなことから5人揃ってCM出演の説明を受けていた。全員に配られた企画書を眺め、篠崎が頬杖をついたまま読み上げる。
「『あげる人にも、もらう人にも。それぞれのバレンタインがやって来る』……ねえ」
「はいっ! 俺ウイスキーが入ったチョコがいい! 成人したし!」
真っ先に手を挙げたのは孝也だった。ピマーンを演じた頃よりも顎のラインはシャープに、全体的に大人びた顔つきになったものの、明るい雰囲気は相変わらず。そんな孝也の伸びた指先を複雑そうに見上げ、瑶子がぼそりと呟いた。
「ごめんたかやん、ウイスキーボンボンは未成年でも食べていい気がする」
「えっマジで」
「そうだぞー? あれ、知らなかったの」
「関口! お前ってほんとにアホ」
「ぐっ」
瑶子、篠崎、水無月の順に突っ込みを入れられ、孝也は声を詰まらせる。
「じゃなくて、CMの打ち合わせでしょ、もう。ほらほら男性陣は板チョコを持って!」
呆れたように希美。彼女は腰に手を当てて、持った企画書をひらひら揺らす。こちらも年長者としての取り仕切りぶりは健在のようだ。机の上にサンプルとして置いてあった3種類の板チョコを差し出すと、男性陣はそれぞれ苦笑しつつチョコレートを受け取った。今年使用するチョコレートは赤、黒、白。
すでにバレンタイン用のパッケージは完成しているらしい。リボンがけを模すように板チョコの右上と左下に太いピンクのラインが入っている。
3人に配ってもまだ山積みになっているチョコをひとつ取り上げ、瑶子は企画書の内容を身振り手振りをまじえ説明する。
「まず篠崎さんが顔の真横で板チョコを見せて『今年はどんなチョコにする? 俺はとろけそうなホワイト』って言って、そのまま右へ放り投げて」
「カメラが切り替わったところで俺が受け取って、『ま、俺はブラックだな。お前は?』で、関口にパス」
この数年でさらに磨きのかかった王子スマイルを浮かべる篠崎がおおむね瑶子の言葉どおりに振る舞う。最後の板チョコを放り投げる部分だけはフリですませると、引き継ぐように長い手が動いた。
このCMではチョコレートが画面からフェードアウトするたびにパッケージが変わる仕様になっているらしい。3人が持つチョコレートはばらばらだ。
白の板チョコから一転、黒いパッケージの板チョコを斜めに傾けて持ち、組んだ腕の横からスライドさせるようにして水無月。ベジレンジャー以来共演の機会がぐっと増えた篠崎と水無月は息もぴったり合っている。チョコレートの種類、指定された衣装からもこの2人は対として扱われているのだろうが、それも頷ける様子であった。
「キャッチした俺は……ええっ、もうかじりついちゃってる! 『待ちきれないよね、どの味でも!』」
おなじみの赤いミルクチョコレートを豪快に食べるカットインを見て、孝也が情けない声を出した。さすがにバレンタインに板チョコをそのままもらうことにはならないと思うのだが、CMの中ではあまりの待ち遠しさに我慢できなかったようだ。前の2人がしっとりと落ち着いた雰囲気の衣装、背景、台詞をあてがわれている一方、孝也ときたら公園のジャングルジムを背にカジュアルスタイルでこの台詞。体格だけなら3人の中で一番恵まれているし顔だってだいぶイイ具合に成長したはずなのだが、二枚目俳優にはいつ到達できるのかちょっと不安な孝也である。
「最後に3人揃って『とろけるココロを贈ろう』で、締め。これが俺たち男バージョンってわけか。ねーさんとりっちゃんは……、どれ」
ひととおり流れをさらい終わった篠崎は並んで腰掛ける希美と瑶子の間から顔を出すように覗き込む。希美が肩越しに振り返り、スタジオセットのイラストを指して笑った。
「私たちは2人でチョコを作ることになってるわね、ありがちだけど」
「希美さんにレクチャーしてもらうみたいですね。私が作ろうとしてるのはガナッシュで、希美さんはトリュフ!」
続けて瑶子が指したのは完成品のイラスト。ココアパウダーと粉砂糖のかかったトリュフを前に大きな瞳を輝かせる。と、孝也がそこで反応した。
「いいなあ俺も希美さんが作ったトリュフ食べたい」
「はいはい、私も! 希美さんお手製のお菓子!」
孝也のあとを追うように瑶子。かつて年少組と呼ばれていた2人は今でこそそれなりの年齢になったものの、ベジレンジャーの5人だとやはりどこかあどけない。
篠崎がくすりと微笑み、2人を諭す。
「孝也、りっちゃん、チョコからずれてるよ」
「篠崎さんも食べましょうよー。希美さんの差し入れ食べたことありますよね? もう、ほんと何度ごちそうになったことか……って、水無月さん! なんで笑うんですか!」
「だってお前、相変わらず食い意地張ってるから。19になってもガキはガキだな」
腰をくの字にして笑う水無月。はっきり子ども扱いされた瑶子は不満げにくちびるをとがらせ、「子どもじゃないですー」とすねる。どこからどう見てもお子様の反応に水無月のみならず篠崎、希美もおかしそうに目元を和ませたのだが、瑶子本人は気付かなかった。
「バレンタインか……そういえばここのところもらうばかりでちゃんとあげたことってないかも」
「あれ、俺たちに毎年くれてるのは義理なんですか。酷いな」
「そうね、本命ではないわね。友チョコではあるけど」
篠崎のからかいを軽くいなし、希美はチョコレートをつまみ上げた。いつも目にする板チョコは2月だけ主役になる。たくさんの想いが詰まった甘い、甘いお菓子。あいにくこのメンバーで本気のチョコを贈り合う者はいない。今はこうして5人、互いにじゃれるくらいがちょうどいい。
とろけるココロを贈る日が来るのは、当分先のようだ。
CMに出てるベジレンジャーを見てみたかっただけともいう。
素敵なバレンタインになりますように!