黄色い王子
「休憩残り時間15分でーす」
だみ声が聞こえて目を上げた。次々回ぶんの台本を読み終えたら休憩時間とちょうど合うと考えていたのだが、予定よりも早く読み終えたようだ。スタジオを見まわすと次のシーンのために大勢のスタッフが走り回っている。キャロン役の浜中さんがマネージャーと何やら真剣な顔つきで話している向かいでは、年少組の2人がストレッチをしながら談笑している。2人の会話にやたら「板つき王子」なんて言葉が出てくると思ったら篠崎のことだった。一挙手一投足が板についた王子っぷりだから板つき王子。篠崎さんってすごいですよねえと目を輝かせるトマト頭とピーマンを軽く小突いて、休憩室の自販機に足を向けた。
アホらし。あいつのどこが王子なんだか。
「あれ、お前も息抜きしにきたの? 珍しいじゃん」
「たまたまだよ。予定が狂った」
……噂をすれば影とはこういうやつだろうか。休憩に入るなりふらりと消えたはずの篠崎は、安っぽい合皮のソファーに座ってコーヒーをあおっていた。自販機のラインナップをざっと確認して、結局篠崎と同じものを買う。
「お前ってほんと熱心だよな。俺、この時間帯だとどうしても勢いが落ちちゃうから、これでリフレッシュしないと」
一見やる気がなさそうにも取れる言葉を聞いて、怒るよりも先に呆れた。
目の前でのほほんと笑う篠崎は若手実力派を大勢抱えるボワザンカンパニーの人間だ。確か、デビューは4歳の時。7歳の時に天涯孤独の環境にあっても強く生き抜く少年を演じたことがきっかけでブレイクして以降、賞味期限が短いはずの子役にしては珍しく人気を保ったまま今に至っている。篠崎は珍しいタイプの芸能人なのだ。
さらに言うなら、篠崎が特殊なのはそれだけじゃない。篠崎の母親は16歳でデビューを飾るなりあっという間にスターダムにのし上がり、しかしわずか5年後には幼馴染の一般人と結婚して電撃引退した天才女優だった。つまり篠崎は並はずれた芝居の才能を受け継いだ、まごうことなきサラブレッドなのである。
それでも篠崎に七光り俳優なんて肩書きはない。母親が名の知れた女優だと誰もが知っていても、篠崎の人気は自分の力で築き上げたものだ。少々行き過ぎなのではないかと思えるほどストイックに役作りにも打ち込むし、芝居に傾ける情熱も並々ならぬものがある。
今日もスタジオ入りするなり本人は「また俺が最後だったか」なんてへらへらしていたけれど、それだって集合時間よりずっと早かった。なのに最後になってしまったのは、このメンバーがやたらとせっかちなだけ。
だいたいおとぎ話じゃあるまいし、篠崎は女を見りゃ惚れこむからっぽ王子なんかじゃない。余裕そうに見えるのは本人がそう思われるように意識してるだけだ。舞台の外で泥臭くあがきながら第一線で脚光を浴び続けている。
「……ほどほどにしとけよ」
らしくもなく労いの言葉が口をつく。篠崎はちょっと困った風に笑って、「ま、俺はタマネギだから大丈夫さ」とのたまった。
タマネギだから、というのは篠崎が演じるパク・オニョンのことだろう。確かにタマネギには疲労回復の効能があるし、実際にパク・オニョンだってそのパワーを持っている。名前だけ聞くと韓流スターのようだが、なんだかんだでアクの強いベジレンジャーをうまく操縦しているのはこいつだということになっている。実質の司令塔。事実上のリーダー。戦隊物には珍しく役割分担がないベジレンジャーとはいえ、少なくとも俺の認識ではこいつ以外がリーダーのポジションにつくことはありえない。
役と本人とが重なりあうところが多いからこそ多少は心配なのだが、素直にそこを口にできるほどは付き合いが長くない。悪友になれそうな気もする。でも、今は予感でしかない、微妙な関係だった。
「っと、そろそろかな。行こうか」
篠崎はぐっと背を伸ばし、コーヒーの缶をゴミ箱に捨てた。相変わらずの柔らかな表情の中にもひと匙のするどさが混ざり、篠崎が年少組の言う「板つき王子」になったのを感じる。
……ふと、どうしようもなくアホな考えが浮かんだ。
1人で立たなきゃならない王子には味方が必要だ。時には王子をたしなめ、時には良き相談相手になり、でもいつも側にいる。自分が篠崎とそんな風になるかどうかまでは知らないが、ただ、こいつの参謀にならなったって悪くないな、なんて思った。