緑のヒーロー
「あ、いっちー! おはよー、今日も早いね!」
この挨拶ももう何回になっただろうか。私が野菜戦隊ベジレンジャーの撮影に入ってからというもの、ほぼ毎日同じことを繰り返している。
「おはようたかやん。っと……、ねえねえ、もしかして」
「残念でしたー。譲さんならさっき監督のところ行ったよ」
黒いTシャツの袖をまくって、たかやんがストレッチをしている。いつもならその隣で台本を読んでいるはずの人が見当たらない。と思ったら、たかやんが教えてくれた。ああ、今日もだめだった。少しだけ見えていた希望があっという間に霧散した。
私はいつも3番目にスタジオ入りする。1番目が今ここにいない人で、2番目がたかやん。3番目が私、4番目と5番目はその時々で微妙にずれる。新人だからちゃんと1番に来ておきたいんだけど、それが叶ったことはない。
だって今日こそは、って30分早起きした。なのにやっぱり3着だった。
なぜか私よりちょっと早めにスタジオ入りするたかやんをじっとりした目で睨んでみた。
「俺も譲さんには敵わないんだよなー。なんでだろ」
たかやんはあっけらかんと笑う。こういうところがピマーンみたいだな、と思う。
緑の戦士、ピマーン。それがたかやんの演じるベジレンジャーの名前だ。読んで字のごとくピーマンをモチーフにしたキャラクターで、苦手な人が多いピーマンをもっと好きになってもらうべく奮闘する熱血漢の男の子。
たかやんと私はベジレンジャーの中でも新入り扱い。とある事件をきっかけに相次いで野菜戦士として覚醒したという設定になっている。だけど、目覚めが遅かったにも関わらず、その大らかさと人懐っこさ、意思の強さでピマーンはあっという間にメンバーのムードメーカーとしての地位を獲得していくのだ。
となると、人懐っこいところもピマーンとかぶってることになる。実際、私とたかやんだってついこの間が初対面だった。出会いがしらに「いっちー」って呼ばれてびっくりしたっけ。私よりひとつ年上なのにたかやんがタメ語がいい、敬語はやだって言い張るから、私とたかやんは「いっちー」「たかやん」と呼び合う仲だ。今となってはすっかりなじんでしまっているのだけど、たかやんおそるべし。
「ん? どうかした?」
前屈の姿勢から起きあがったたかやんと目が合った。
首を横に振って、左隣に座る。最近はここが定位置だ。
「明日は勝つから!」
ぐっと握りこぶしを作ると、目を丸くしたたかやんが噴き出す。
「絶対負けないよ、俺だって譲さんに勝ちたいもん」
おかしそうに笑うたかやんの目は真剣だ。ボツになったキャッチコピーがちらりと頭をよぎる。
ピマーンにはもともと、緑の闘志を燃やす戦士ってキャッチコピーがあった。語呂が悪くてボツになったらしいけど、それだけピマーンは熱い男だってことになっている。今のたかやんの視線はまさしくそんな様子で、やっぱりピマーンになるべくしてなったんだなあと思う。いっぱいNGも出す代わりに、OKになったシーンだとよくわかる。たかやんの演技は熱くて一生懸命で、お芝居なのにちゃんとピマーンだから。
――私も、たかやんみたいに演じる役をモノにしたい。
たかやんと私は新人同士で、野菜戦隊ベジレンジャー二人とも初の出演作だから、とかくセットで扱われることが多い。年少組って呼ばれてひとまとめにされることもある。他のメンバーが成人してるんだし仕方ないよって慰められたこともあるけど、実はちょっと悔しい。できれば一日でも早く、芸歴の長さとか年齢の低さとかを抜きにして評価されるようになりたいのだ。
そのためには……やっぱり練習あるのみ、だよね。
いつもより気合を入れてストレッチを始める。たかやんは発声練習に移った。時間にしてしまえばたった数分の差。それでもこれはこれで大きい。
ようし、待ってろたかやん。次は私が「今日も早いね」って言う立場になってみせるんだから!
だって、私のテーマカラーは赤だもん。戦隊物のヒーローの色。ほらね、熱血になれる要素はあるでしょ?