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花言葉の物語 ~青春グラフィティ~  作者: 十六夜 あやめ
1章 想いを乗せてキミのもとへ
9/30

フロックス





 頑張ってみるとは言ったけれど、いきなり茉依に紙ヒコーキを飛ばすのはやっぱり気恥ずかしい。そう簡単に気持ちを切り替えられる程容易いものでもない。というわけで、茉依に飛ばす前に練習をしようと思う。

 石田に飛ばすか、それとも雨宮さんに飛ばすか。

 いくら練習でも雨宮さんに飛ばすのは緊張してしまう。それに、クラスメイトがいる中で紙ヒコーキを飛ばすのは不自然ではないだろうか。

 まぁ、高2になって紙ヒコーキを飛ばしている時点で不自然か……。よし、石田にしよう。

 そう思った矢先、ふとぼくの頭を疑問が過った。

 石田に飛ばすということは8組に行くことになる。もちろん8組には茉依もいる。茉依がいるのにもかかわらず、石田に飛ばすのは茉依の期待を裏切ることになるのではないだろうか。

 ……石田は却下だな。

 石田に飛ばせないとなると雨宮さんになる。雨宮さんはよく友達と話したり一緒にいたりすることが多く、なかなか飛ばす隙がない。でも、ぼくは雨宮さんのとある習慣を知っていた。毎日行っているのを見たり聞いたりしているから間違いはないだろう。その時ばかりはいつも一人だ。


 雨宮さんの習慣とは、クラスメイトが帰ったあとで黒板をきれいに掃除することだ。


 どうして日直当番でもないのに掃除しているのか、前から不思議に思っていた。ぼくはその気持ちをもらったプリントの白地側に書いた。そして、折って形を整えて紙ヒコーキを作る。

 よし。あとは放課後に飛ばすだけだ。



 授業が次々終わり、放課後が近付くにつれてぼくの脈拍は早くなっていた。なにも告白するわけでもないのに、驚くほど心拍数が上がっているみたいだ。意識するほどに息を吸うタイミングや吐くタイミングが分からなくなる。

 ぼくは何を考えているんだ。ただ紙ヒコーキを飛ばすだけじゃないか。

 自分に言い聞かせて呼吸を落ち着かせる。


 そして、放課後になった。

 教室の掃除が終わり、生徒たちが帰宅や部活をしに出ていく。その中で一人、雨宮さんだけが未だに椅子に座っていた。ぼくは一旦廊下に出て紙ヒコーキを取り出し、深呼吸をしてタイミングを計る。

 椅子の引く音が教室に響き、教壇に上がったのを耳で確認した。次に電動クリーナーの大きな吸引音が鳴り響いた。音が止むのを待った後、ぼくは教室をちらっと覗き見た。雨宮さんは窓側から黒板を消し始めていた。


 いまだ!


 ぼくは強くも弱くもない力加減で曲げていた右腕を伸ばし、親指と人差し指でつまんでいた紙ヒコーキを飛ばした。

 届け!

 紙ヒコーキは真っ直ぐ雨宮さんの右手、黒板消しを持っている手の甲に触れた。


「あら、茉依ちゃん?」


「あ、その、ぼくです……」


 え、なにこれ。めっちゃ恥ずかしいんですけど……。


「須永君からもらうの初めてね。うれしいありがとー」


「いえいえ――――」


 普段通り。いつもみたいに話さないと。緊張せずに落ち着け自分!


「雨宮さんってさ、偉いよね」


「え? なんで?」


「日直じゃないときでも黒板消されてなかったら消してるよね。それに毎日放課後残ってきれいにしてるでしょ。どうして自主的にしてるの?」


「だって、消されていなかったら次の授業で黒板使えないじゃない? それに、朝から汚い黒板で授業は受けたくないでしょ? あとね、先生から頼まれているからやってるの」


「でもさ、なにも雨宮さんが消さなくてもいいんじゃない? 日直の人の仕事なんだからさ、言ってあげればいいんだよ。先生も雨宮さんに頼むなんて……迷惑でしょ?」


「そうでもないのよ? むしろ嬉しいわ。私ね、頼まれごととか人に喜んでもらえることをするの大好きなの。喜んでもらえたらそれは私のしあわせ。だから須永君も気を遣わないで頼みごとがあったら言ってね。可能な限り手伝うから」


 そういう考えの人もいるんだ。他人の幸せが自分の幸せだなんて凄いなぁ。でもこれって自己犠牲じゃないのかな? 結局押し付けられてる気がするのはぼくだけだろうか。


「あ、そうだ、せっかくいただいたのに紙ヒコーキ見てないわ。広げてもいいかしら?」


「あ、どうぞどうぞ」


 紙ヒコーキを広げた雨宮さんはきょとんとした顔をした。どうしてそんな表情になるのかぼくにはわからなかった。何かおかしいことでも書いてしまったか?


「ねぇ須永君、ここに書かれている意味がわからないわ。『ぼくにできることなら頼ってください。いつでも手伝いますから』ってどういうこと?」


「いや、そのままだよ。お節介かもしれないけど、雨宮さんってなんでも一人でやろうとしてる気がするんだ。たしかに雨宮さんはしっかりしてるし、頭もいいし、何でも出来るかもしれないけどさ、頼まれごとを押し付けられてるように感じるんだ。言いにくいならもっと皆を頼ってもいいんじゃないかな。たとえばぼくとかさ、言ってくれたら手伝うから」


 雨宮さんは誰にも頼ろうとしない。それは自身で何でも出来てしまうからかもしれない。

 クラスのノートを職員室に運ぶときも、配布物を配るときも、ゴミ捨てのときも、いつでも一人で行っていた。ぼくが「手伝うよ」って声を掛けたときも嫌な顔せず笑顔で「ひとりで平気だから」と言っていた。



 何でも出来るいい人――――それだけで言い表しちゃいけない人だ。



「そんなこと言われるの初めてだわ、意外とびっくり。でも、ありがとう。すっごく嬉しいわ」


「やっぱりお節介だったかな……」


「ううん、そんなことない。私ね、幼い頃から一人で何でもできるのが〝普通〟だと思っていたの。勉強できて当り前、スポーツできて当り前、掃除に料理、とにかく何でもできるのが当り前。それが普通だって。頼まれごとされるのは私が何でもできるから、皆の嫌なことを代わってあげるのも私が何でもできるから。それは何でもできる私にしかできないことなの。そうしたら皆が喜んでくれる。そして私のしあわせになる。そうやって毎日生活してきたから、本当にびっくりしているの」


「そっか。でもさ、無理だけはだめだよ。重たいゴミとかノート回収とか、女の子にはキツイでしょ。だからさ、今度からは頼ってよ。二人でやれば早く終わるし」


「一人で大丈夫なのに……須永君って意外と世話焼きなのね」


「そうでもないよ。ただ、ツラそうに見えたんだ」



 そういうと雨宮さんはくるっと背中を見せた。頭を下げてどうしたんだろう。


「よく人を見ているのね……いい人ね須永君って」


「えっ!? 急に何言ってるの雨宮さん!?」


「ふふ。なんでもないわ。あとは私がやっておくから須永君は帰って大丈夫よ。今日はありがとう」


「いや、最後まで手伝うよ。高いところはぼくが消すからさ、下のほうお願い」


「ええ」



 それからぼくらは黒板をきれいに掃除した。この作業を毎日一人で行っていたなんて驚きだ。気が付けばいい時間になっていた。

 雨宮さんは「日記を書いてから帰るから」と告げた。ぼくは先に帰ることにして、教室を後にした。そのときちらっとぼくの横目に映った雨宮さんの目元が薄っすらと光っていた。


 それがいったいどうしてなのか、今度聞こうと思った。

 けれど、やっぱりやめることにした。

 それこそお節介というものだ。

 誰かの望みを叶えるのは容易なことじゃない。

 それでも雨宮さんはこれからも続けていくだろう。


 それが雨宮さんにとってのしあわせなのだから。







 フロックス。花言葉は、『あなたの望みを受けます』『協調』などです。


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