ラベンダー
茉依とぼくだけの特別な紙ヒコーキの折り方を茉依から教えてもらって一週間が経った。
ぼくは真っ白い紙に何を書けばいいのか唸っていた。
いったい何を書けばいいんだ……?
そもそも話そうと思えばいつでも話せるんだ。家は近いし、通学路でも一緒になるし、休み時間には毎回のように来るし、メールアドレスも電話番号も知っているわけで、別にわざわざ紙に書いて飛ばす必要はないんだ。
直接話せば何ともないことなのに、文字に置き換えるのって恥ずかしい。
そういえば、茉依に紙ヒコーキの折り方を教わってから一通ももらってないんだよなぁ……。
『どうしてくれないんだろう』
ぼくはいつの間にか紙に向って呟くように書いてしまっていた。それを急いでくしゃくしゃに丸める。
はぁ……。茉依の方から紙ヒコーキを飛ばしてくれたら返事書きやすくて話が進むのになぁ。
ぼくの中の臆病な弱虫が嫌になる。
ぼくは丸めた紙を片手に目の前でかざし、ため息とともに机に突っ伏す。
紙ヒコーキが飛んで来ないのも寂しいかもしれない。もしも今茉依から紙ヒコーキが飛んできてくれたらテンションも上がるのに……。
…………!
その時だった。ぼくの目の前を一機の紙ヒコーキが横切った。
きたっ!!
「茉依――――!」
「え、あぁ……スイマセン。俺っスよゆーさん」
「………………はぁ」
「えぇ!? どうしてため息つくんスか!?」
「いや、石田かぁーって思ってな」
「それなんかひどくないっスか。もぉーせっかく来たんですからお話しましょうよー。それと紙ヒコーキ拾って読んで下さいよー」
仕方がなく床に着地している紙ヒコーキを拾い上げる。こうして手に取って見てみればすぐに茉依の紙ヒコーキじゃないと分かる。折り方が違う。
それにしても、石田からもらうのはこれで5回目だ。一日1通ペースで飛ばしてるじゃないか。
今更だが、石田にしか紙ヒコーキを飛ばしてもらっていない(ちなみにぼくから飛ばしたことは未だに一度もない)。茉依と雨宮さんは石田のように毎日飛ばし合っているのだろうか。
「ゆーさんは誰かに紙ヒコーキ飛ばしましたかー? 俺はまだゆーさんからもらってないんスけどー」
「いや……まだ誰にも」
「え!? それじゃあ茉依さんにも飛ばしてないんスか?」
「だって茉依からもらってないし……」
「茉依さんからまだもらってないんスかー。俺今日で10通はもらいましたよ。同じクラスだから飛ばしやすいんスかねー。毎日楽しいっス!」
「石田、自慢しに来ただけなら帰ってくれ」
ぼくがそういうと石田との間に少しの沈黙が流れた。少し強く言い過ぎただろうか。でも実際、石田に嫉妬はしていた。未だに茉依からもらっていないのに石田はすでに10通ももらっているという。いくら同じクラスでも、0通と10通の差は大きい。先週まではたくさん飛ばしてきていたのに。秘密の紙ヒコーキを教えてもらってから音沙汰もない。
ぼくと石田の何が違うって言うんだ……?
「――――茉依さんはきっとゆーさんから来るのを楽しみに待ってるんスよ」
「それはぼくだって同じだ」
「待ってるだけじゃ何も始まらないっスよ。こういうのは男の方から向かっていかないと!」
「といわれてもなぁ……。いったい何を書いて飛ばせばいいのか分からないんだ」
「そんなのなんでもいいんスよ。元気かーとか、天気いいなーとか、寝不足だーとか。他愛もないことでも茉依さんは喜んでくれると思いますよ」
石田にだけは言われたくない言葉だな。でも現に10通ももらってるわけで、いまのぼくよりも茉依と仲がいいのは明らかだ。
「こっちからは書きにくいんだ。茉依の方から飛ばしてくれたら書きやすいんだけどさ。けど一回ももらってないから…………もらうまで書かない」
石田にしてみれば小さなプライドに見えるだろう。ぼくでもそう思うんだ。ほんの少しの勇気をもって飛ばせばいいだけなのに、見栄が邪魔をしている。
ぼくは矮小な人間だとたまに思ってしまう。
茉依のしあわせを願っているのに、その願いを叶えようとしないぼくが嫌いだ。
「石田はさ、茉依にどんなこと書いて飛ばしてるんだ?」
「おはよーございますとか、一限目は英語っスねとか、今日の体育は短距離走っスねとか、小テストの点数どうでしたーとか、ほんとその程度っスよ」
「それじゃあさ、どんな内容の紙ヒコーキをもらってるんだ?」
「それは飛ばし合ってる2人だけの秘密っスよ」
そこは教えてはくれないのか。
それでも、石田の書いている内容はだいたい分かった。ぼくが思っていたほど難しいものじゃなかった。簡単なあいさつ程度だった。固く考えず、もっと柔らかな感じで書けばいいんだ。
「そろそろ授業始まるんで戻りますね」
「あぁ、少し助かったよ」
「そう言ってもらえると来た甲斐があったっス。それにしても、ゆーさんは本当にうらやましいっスよ。あんなに想ってくれる人がいるんスから――――」
捨て台詞のように言って石田は教室を出て行った。
ぼくは先ほど拾った石田の紙ヒコーキを開く。話すことに気を取られていて開けていなかった。そこにはたった5文字の言葉が書かれていた。
『がんばれ!』
石田の奴、最初っからぼくが茉依に紙ヒコーキを飛ばしていないの知っていたのか。お節介というか、いい奴だな。
未だに何を書けばいいのか分からない。
真っ白な紙にはなんだって書けるけど、ぼくの伝えたい気持ちはいったいなんだ?
『待ってるだけじゃ何も始まらないっスよ。こういうのは男の方から向かっていかないと!』
初めて交わす秘密の紙ヒコーキは大切にしたい。
「がんばってみる、か」
ほんの少しの勇気でいいんだ。
あいさつをする感じでいいんだ。
恥ずかしがったりしちゃいけない。
向っていくのはそう難しいことじゃない。
紙ヒコーキを飛ばすときの僅かな力でいいんだ。
ラベンダー。花言葉は、『あなたを待っています』『期待』などです。




