表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花言葉の物語 ~青春グラフィティ~  作者: 十六夜 あやめ
1章 想いを乗せてキミのもとへ
7/30

ペチュニア




 何だかんだと話しているうちにぼくら4人は食堂に着いていた。

 ここへ来るまでに普段は感じない違和感はあった。それに気が付いたのは食堂内へ入った時だった。食堂へ向かう間、歩きながら紙ヒコーキを折る茉依に目を取られ、前を歩く石田と雨宮さんの言い合いに耳を傾けていたせいで気づけなかったようだ。


 やけにすれ違う人の数が少ないと思ったら今日は三年生がいない日だ。


 4時限目からどこかの工場見学へ出発すると先生が言っていたような気がする。自分に全く関係のない話だったからすっかり忘れていた。

 いつも混み合っている食堂に三年生がいないだけで広く感じてしまう。おまけにすごく静かだ。普段なら席を取るのも大変なのだが、一年生と二年生だけだと有り余るのか、どこにでも自由に座れる状態だった。ぼくらは茉依の希望で窓側の席に座ることになった。そこはいつも茉依と座る席だ。

 ぼくは普段からもっと自由に席を選べればいいのにと思っていた。でも、自由の権利を得てみると逆に不自由に感じてしまうみたいだ。席はいくらでも空いているのにぼくは茉依の選択に納得していた。

 やっぱり普段座っている席が一番落ち着く。 


 ぼくは窓側に座った。茉依はぼくの正面ではなく隣に座り、代わりに正面には雨宮さんが座った。こうなると必然的に石田が雨宮さんの隣に座ることになる。


「ちょっと、どうしてあなたが私の隣に座ってるのよ。向こうに行ってよ」


「そんなの無理に決まってるじゃないっスか。茉依さんとゆーさんが座って席なんてないんスから」


「なにも須永君や茉依ちゃんの席に座ってなんて言ってないでしょ? 席はいくらでも空いてるんだからわざわざここじゃなくてもいいでしょ」


「もぉーどうしてそんなに冷たくするんスかー。人によって態度が違いすぎっスよー」


「失礼ね。人によってなんかじゃないわよ、あなたに対してだけ冷たくしてるのよ」


「それ一番ひどくないっスか!?」


 まったく、さっきからこの二人はずっとこの調子だ。本当にこれで仲がいいのだろうか……。茉依の言葉がどうも信じられない。やっぱりぼくには仲がいいようには見えないし、むしろ悪化しているようにも見える。それにしても石田もよくめげないよなぁ。もしもぼくだったら次の日学校に来てないかもしれない……。


 ぼくらは各自持参した弁当箱を広げる。

 ぼくは一段で面積の広い弁当箱、石田は二段の弁当箱で、茉依と雨宮さんは同じく小さい二段の弁当箱だった。まるでペンケースみたいだ。男子から見ると茉依と雨宮さんの弁当箱は2・3口で食べ終わってしまいそうなほど小さい。たったそれだけで本当に足りているのか気になるところだけれど、聞いても「足りている」「多いくらい」「残しちゃうことある」のような言葉しか返ってこないだろうからやめることにした。


 茉依の合図で手を合わせる。

「いただきまーす!」

  

「それにしても初めてっスね、こうして4人でお昼一緒に食べるの」


「ほんとだねー。ゆーちゃんとはよくあるけど、こーくんと梓ちゃんといっしょに食べれるなんて幸せだよ。クラス違うのに仲良しになれて嬉しいなっ」


「私も茉依ちゃんといっしょでうれしいわ。もちろん須永君ともね。そういえばこうして須永君と向き合って座るの初めてね」


 なんだかさらっと恥ずかしいことを言わなかったか!?

 雨宮さんは柔らかな笑みを浮かべている。クラスが同じだから見慣れていると思っていたけれど、改めて間近で正面から見ると直視できないな……。

 同じ女の子でも茉依とは違って大人っぽい。それに、茉依以外の女の子とこうしてご飯を一緒に食べるの久しぶりだ。


「そうだね。同じクラスだけどなかなか話す機会もないし、ましてや一緒にご飯食べることもないしね」


「そうね。前から茉依ちゃんとも須永君ともご飯食べたかったのよ」


「まぁ……名前呼んでもらえないのは分かってたっスよ……」


「ん、何か言ったかしら?」

 

「何でもないっスよ。ご飯おいしいなぁーって呟いただけっス」


 一人でもくもくと箸を進めて頬張っていく石田。あっという間に半分を食べていた。

 あぁ、どんどん石田のテンションが下がっていってるな……。雨宮さんもどうしてこんなに冷たく当たるのか分からないけれど、話題を切り出してこの空気を変えないと!


「そういえば石田――――」


「ねぇ、こーくんの卵焼きもらってもいいかな?」


 俺が切り出したのと同時に、茉依が石田の弁当に入っている卵焼きに目を輝かせた。相変わらずタイミングがいいのか悪いのか。でも、おかげさまでぼくの役目は果たす前に終わったようだ。


「これっスか?」


「あなたのお弁当箱に卵焼きと呼べるものはそれしか入っていないでしょう」


「わかってるっスよ。こんなんでよければどうぞどうぞ」


 茉依は身を乗り出して短い箸で卵焼きを掴み、口の中へ運んだ。目を閉じながら乗り出した身体を戻し、ん~っと小さく唸りながら口を動かす。そして、十分堪能したのか、こくんと飲み込んだ。


「こーくんのお家はお砂糖味なんだね~」


「そうっスよ。俺甘いの好きなんスよねー」


「お砂糖味の卵焼きもおいしいよねー。梓ちゃんのもたべていい?」


 次は雨宮さんの卵焼きに目を付けた。雨宮さんは茉依の前へ「いいわよ」と弁当箱を差し出す。


「ありがとーいただきまーす!」


 茉依は雨宮さんの卵焼きを口に入れて、ん~っと目を閉じて左右に小さく頭を振って味わっている。徐々に笑顔が花開き、隣で見ているぼくまでしあわせを感じてしまう。その表情からおいしいのが読み取れた。


「おぉー梓ちゃんのお家はお塩とちょっとだけお醤油入ってるのかな?」


「茉依ちゃんすごーい正解よ。私の家はお塩に醤油を少し加えて焼くの」


 この流れからしてぼくの卵焼きまで食べる気か!?


「ゆーちゃんのは何度も食べてるから取らないよー。ちなみにゆーちゃんのお家はお出汁なんだよー」


「出汁巻き卵なんスかーいいっスね! でもあれっスね、卵焼きって各家庭で味が違うもんなんスね。俺は砂糖味のしか作らないから勉強になるっス!」



 その言葉にぼくと雨宮さんは反応した。



「え、なに、この卵焼きあなたが作ってるの?」


「そうっスよー。卵焼きだけじゃなくこの焼き魚もブロッコリーもウインナーもご飯も全部俺が調理して詰めてるんスよ。俺の家は母さんがいないんで毎朝俺が父さんと弟妹の4人分作ってるっス」


 誰も口を開かないまま、続けて石田が話す。


「綺麗に詰めてるでしょ……ってもう半分以上食べててわからないっスね! 卵焼きは小さい頃に母さんに教えてもらったんスよ。それが砂糖味だったからいまも砂糖味のを作ってるんスけどね。でもなかなか母さんが作ってくれた味にならないんスよねー。何か他に入れてたかもしれないんスけど、思い出せないっスね。あ、ところで茉依さんの卵焼きは何味なんスか?」


 陽気な日が差す昼間の食堂で聞いてはいけない話を聞いてしまった気がする。それを石田は軽く口にするものだから相槌も打てなかった。ぼくたちの気まずい雰囲気に気付いたのか、石田は茉依の卵焼きへ話題を変えた。それに対して何事もなかったかのように茉依は笑顔で話す。

 

「日によって違うよー。お砂糖だったりお醤油だったりお出汁だったり。たまにネギが入ってたりベーコンが入れたりする日もあるのー」


 ぼくを含めた3人が一斉に「へぇー」と言葉を洩らした。


 弁当を半分以上食べたところでぼくは箸を置き、お茶を取りに立ち上がる。その際、足が卓子テーブルにぶつかってしまい、ころころと箸が転がっていき、乾いた音とともに床へ落ちてしまった。それを拾おうとして屈む制服の袖ボタンに、敷いていた弁当袋が引っかかり、派手に弁当箱が宙を舞った。


「うわっやばい!」


「もー何してんスかゆーさん!」


「わたし雑巾借りてくるよー!」


「あなたの足元にお箸あるから足動かさないで!」


 最悪だ……。

 ぼくは引っかかった弁当袋を外し、急いで弁当箱に落ちたおかずやご飯を拾い集める。


「ごめん石田に雨宮さん!」


「大丈夫っスよ」


 そう言って石田が箸を拾ってくれた。その時、石田の左手がぼくの目の前にあって、その手は切り傷の痕が幾つも残っていた。


「石田その手どうしたんだ?」


「わっ、見られちゃったっスね! これは料理するようになった当初で、包丁で何度も切っちゃったんスよ。そん時のがなかなか消えなくって……恥ずかしいんでシャツで隠してたんスけど、バレちゃったっスね」


「知ってたわよ――――」


 雨宮さんは小さな声で言った。


「あなたがその傷を隠してるのは知ってた。でもその傷が料理をしてできたものだっていうのは初めて知ったわ。あなたは馬鹿だから遊んで付けた傷だと思っていたけれど…………意外とあなたも苦労しているのね」


 雨宮さんの言葉に反応したのはきっとぼくだけだったと思う。雨宮さんは少し遠回しにだけど、たしかに『あなたも』と言った。それはつまり、雨宮さんも苦労しているということだ。

 この時のぼくは単純に勉強や習い事のことだと思っていた。雨宮さんの成績を考えれば当然でもあった。並の努力で学年一位を取れるほど甘くはない。想像だけれど、幼い頃から毎日たくさんの習い事をしてきたんじゃないかと思う。苦労してきたからこそ『あなたも』と言ったのだと思い込んでいた。


 でも、それが違うと気付くのはもう少し先のことだった。


「相変わらず言い方キツイっスねー……。でも、ありがとうございます。俺はいままで誰にも気付かれたくなくて、気付かれても同情とか苦手で、やさしくされるのに慣れてないんスよ。だからさっきみたいな言い方のほうが嬉しかったっス。それに、知っていてくれたいただけで十分嬉しかったっスよ。いままで通りやさしくしないでくださいね」


「その発言からすると……あなたってもしかしてMなの?」


「ちょっ、それは違いますから! 断じて違いますから!」



 あれ、2人の空気がまるで嘘のようにあたたかく感じる。いままで通りのやり取りなのに、食堂に入ってからいままでの雰囲気が比較にならないほど違った。

 これが茉依に見えている2人の雰囲気なのだろうか。はじめからこの空気を茉依は感じ取っていたのか?



 たしかに、仲がいい。




 まだほころびはあるようだけれど、ぼくが心配する必要はないようだ。







 ペチュニア。花言葉は、『変化』『あなたと一緒にいると心から和らぐ』『苦労の成果』などです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ