ブバルディア
曇りというには雲が少なく、晴れというには雲が多い、そんな半端な空。
朝の天気予報では晴れと言っていた。その割には降水確率が40%を示し、雨具がいるのかいらないのか分からないまま、結局ビニール傘を持ってきてしまった。
教室の窓から見える空は薄い雲が全体的に広がってはいるが、所々青が顔を覗かせている。いまのところ雨が降るようには見えない。
まぁ、降ってほしいわけじゃないんだけど……。
こんな天気の日は気分が上がらないというか、やる気が湧かなくなる。晴れなら晴れ、曇りなら曇り、雨なら雨。中途半端な天気がぼくは嫌いだ。
「ぁー」
二時限目が終わった中休み。ぼくは机に突っ伏して前に座る友人、稲葉大樹の椅子に手を掛けた。
「お、どうしたどうした?」
「大樹ーお腹すかないか?」
「唐突だなぁ。それにまだ2時間目の授業終わったばっかりだよ。ちなみにぼくはお腹すいてないよ」
コイツは高校に入ってからの友達だ。あまり目立つタイプではないけれど、誰にでも優しくて気軽で話しやすく、学力は驚異のオール3を叩き出して普通を極め、お腹が空くのは4時限目が終わってからという平凡さ。でも、そんな稲葉大樹だからこそぼくは好きだ。(男子が好きという特殊な意味ではない。友達として気が合うという意味だ)
「それよりさ、さっきから悠のことを8組の彼女が狙ってるよ」
「彼女じゃないって……ただの幼馴染だから。まぁ気にしないで、ほっといていいよ」
「……と言われてもなぁ。悠が振り向くのをずっと待ってる感じだよ? タイミングを計ってるというか……」
…………。
「きっとこのまま無視してたらあとで怒るんだろうなぁ。ごめん、やっぱり行ってくるわ」
ぼくは上半身を起こして姿勢を正して座る。一度両手を組んで天井に向かって伸ばし、小さな声で唸る。手を組み解き、勢いよく振り返って茉依を驚かす。
「茉依!」
案の定茉依はビックリしていた。突然の大きな声に茉依は弱い。
「さっきからぼくが振り向くの待ってたろ。それに、その手に持ってる紙ヒコーキをぼくに向かって飛ばすつもりだったろ……」
「えっ、そんなことないよ!」
見え見えの嘘だ。茉依は嘘を付くのが下手だ。自分では上手く誤魔化せていると思っているようだが、まったく誤魔化せていない。ぼくの問いかけに焦ってるし、手に持っている紙ヒコーキを背中に隠すのも遅かった。
素直でいい子なのは間違いない。
小さい時からずっと一緒にいるのもあるけれど、茉依は放っておけない存在だ。
「ちょっと紙ヒコーキに想いを乗せて運んでもらおうと……」
「つまり飛ばす気だったんだな」
後ろに隠していた紙ヒコーキを胸の前で持つ姿は子どもっぽい。
さすがの茉依も隠したのがバレていたと思っていたようだ。
「人に向かって飛ばすなって言ってるだろ。で、その紙ヒコーキの中にはまたメッセージが書かれてるってことか?」
「そうだよ。だから開けてみて」
そういって茉依はぼくに紙ヒコーキを手渡した。本来はぼくに向かって飛ばす予定だったせいか、少し残念そうだ。人に向かって飛ばすなと言っても直らないのは茉依が子どもっぽいからか?
関係ないか。子どもでも大人でも言えば直るはずだ。
茉依だから許せるんだよな。これが石田だったらキレてるだろう。
それよりも、この距離で渡してメッセージを読ませるくらいなら直接言えよ……。
ところで、茉依がぼくに紙ヒコーキを飛ばす時は必ず何か中にメッセージが書かれている。毎回毎回『おひるいっしょに食べよう』とか『一緒に勉強しよう』とか『一緒に帰ろう』とかくだらないことが書かれているが、今回もそのような感じだろうか。
『ふたりの秘密をつくろう!』
……えっ。
「え、ちょ、茉依……これっていったいなに?」
「ん? そのままの意味だよ? ゆーちゃんと秘密を共有したいなぁ~って思ったの」
「なんでいきなりそうなるわけ?」
「だって幼馴染なんだよ? 昔からずっと一緒にいるのにわたしとゆーちゃんの秘密ってないんだよね。互いにある程度は知ってるけどね、それはみんなも知ってるかもしれないことで、幼馴染だからこそ知ってる秘密がほしいの!」
つまりあれか、幼馴染だっていう証がほしいわけだ。
「まぁ、それくらいならいいけど」
「ほんとー?」
ぼくは首を縦に振って答えた。
「それでいったいどんな秘密が――――」
「もぉー茉依さんってばまたゆーさんの所に行ってたんスかー! またまたふたりで話しちゃって~俺も混ぜてくださいよぉー。あと数分しかないっスけど!」
最近になって8組から石田までも1組に顔を出すようになった。石田の目的としては茉依と話したいからか、または次の授業までに茉依を連れ戻すためにか。外見はチャラいのに内面は意外と真面目で、とくに時間厳守を徹底している。これはこれでちょっと変わった奴だ。
そして、なぜか茉依とぼくをくっ付けようとしている。
「ぁ、ゆーさんイマ告白中でした?」
石田がこそっと顔を近づけてにやけた表情で言う。お節介な奴でもある。
「そんなわけあるか。前から聞きたかったけど、お前は茉依のことどう思ってんだよ。同じクラスだし、紙ヒコーキクラブには入ってるし、探しに休み時間も追いかけるし……」
「嫉妬っスかぁ? でも安心してもらって大丈夫っスよ。友達として好きなだけだからって前にも言ったじゃないっスかー」
といいつつ、茉依の頭に手を置いて微笑んで見せた。とてもじゃないが、ただの友達として好きなようには見えなかった。この必要のない行動や言動がぼくを少し苛立たせている。
「あら、茉依ちゃんったらまた須永君と話しに来たの?」
雨宮梓が茉依と仲良さそうに挨拶をしていた。
雨宮さんって茉依の友達なのか? でも茉依からそんな話聞いたことないぞ?
そもそも茉依と雨宮さんの接点が見つからない。いったいいつから?
「梓ちゃんだぁーやっほー」
互いに名前で呼ぶほど仲がいいのか。ほんといつ知り合ったんだ?
「やっほー茉依ちゃん。それにしても須永君も毎日のように茉依ちゃんといるわねー。幼馴染とは聞いているけれど、それ以上の関係に見えるわよ?」
雨宮さんまでもそんなことを言った。茉依はよく分かっていないようで不思議そうにしているが、ぼくは火照っていた。
「ちょっと雨宮さん、ぼくと茉依はただの幼馴染だから……」
「それは知ってるわよ。それよりも何を話していたのかしら?」
「えっと――――」
「ちょっとちょっとー! なに俺を無視しちゃってるんスかー! ゆーさんと茉依さんの名前は呼ばれて俺は呼ばれないんスっか!? 仲間外れはイジメっスよ、禁止っスよ! 雨宮さんは俺と同じ中学だったじゃないですかぁー!」
雨宮さんに存在を無視されていた石田が耐え切れずに割って入ってきた。
てか、石田と雨宮さんって同じ中学校だったのか。
「あら、そうだったかしら。何も仲間外れなんかにはしてないわよ、ただ見えなかっただけよ」
「それ一番ひどいっスよ!」
「あ、もうすぐ授業の2分前よ。あなたは教室に戻ったら?」
「戻りますよっ! 茉依さん戻りましょう!」
「そうだね、またあとで来るね、ゆーちゃんに梓ちゃん」
「またあとでね茉依ちゃーん」
走って二人は教室へ帰って行った。
雨宮さんは教室でも普段でも落ち着いていて清楚な感じがしていた。風紀委員できっぱりした性格なのは知っていたが、石田に対する態度はあまりにもきっぱりしていた。あんな雨宮さんは石田の前でしか見られないだろうな。
……ってあれ。茉依と秘密をつくるはずだったのに。なんだかんだで結局大事な部分が話せてないや。
まぁ、またあとでって言ってたし問題ないか。
今日は一日賑やかというか、騒がしいというか、大変な一日になりそうだ。
ブバルディア。花言葉は、『交わり』『清楚』などです。
次回話に続きます。