アネモネ
石田が学校に戻ってきて数日が経ち、あの騒動の一件でさらに目立つ存在となった。良くも悪くも有名なわけで、本人も少なからず気にしているのではないかと思った。精神的な面で傷ついたのは間違いない。以前ならば1組に来てぼくをからかい、雨宮さんに辛口で反応されて8組に戻っていくのだが、そもそも学校で石田の顔を見ていなかった。もしかして、やっぱり何かあったのか。ぼくはなんだか居ても立っても居られず、休み時間に8組へ向かった。
8組の前扉から顔を覗かせて石田を探す。黒板の前や窓際や後ろの方を見渡してもどこにもいない。おまけというと失礼なのは知っているけれど、茉依の姿も見えなかった。前の授業は移動教室でも体育でもないようなのにどこへいったんだ?
探すにしても授業間の休み時間では遠くに行くこともできないので、仕方がなく自分の教室へ戻ることにした。
「他の生徒はいたのになぁ……」
「――――ゆーさんくらえぇー!」
テンションの高めな石田の声が前から聞こえたと思ったら、先端を極限まで鋭くした紙ヒコーキを思いっきりぼくの顔面目掛けて飛ばしていた。真っ直ぐ飛んでくる紙ヒコーキはぼくの眼前で上にホップアップしていった。たぶん、あのまま真っ直ぐ飛んできていたらぼくの片目は大変なことになっていただろう。想像しただけでも痛々しい。
「おいこら石田……人に向けて紙ヒコーキ飛ばしてんじゃねえよ……」
半分、いや、かなりキレ気味に言ってやった。当然だ。あれは冗談じゃすまないレベルだ。
「いやぁーうまくホップしたっスね! どうっスか茉依さん、あれ新作の紙ヒコーキなんスよ!」
「こーくんすごぉーい! ねぇねぇ今度作り方教えて!」
「もちろんっスよー」
ぼくを完全に無視して2人は話し込んでいた。ぼくは石田の頭を鷲掴みにして指先に力を入れて頭を下げさせた。
「まずは謝ろうな……」
「ゆーさん痛いっ! 痛いっスよ! ちょ、ただの挨拶じゃないっスかー!」
「何が挨拶だ! あんな尖ったモン目に入ったら失明するわ!」
「俺ら年代の反射神経があれば十分対応できますよ」
「できるかっ! あと一歩踏み込んでいたら完全にアウトだったぞ!」
心配して損したと心底思った。落ち込んでいる素振りは全くなく、いまの行為に対しても反省の色が一切感じられない。まぁ、石田がこんな奴なのは前々から知っていたけれど、呆れてこれ以上怒る気にもなれなかった。
「まぁまぁゆーちゃん、当たらなかったんだから、ね? こーくんもゆーちゃんをからかうのはほどほどにしないと大変だよっ。ゆーちゃんあー見えても怒ったら結構怖いんだから」
また余計なことを……。
「わかったわかった……。最近こっちの教室に来ないから見に行ったらいなかったんだけど、何かあったのか?」
「ううん。とくになにもないよぉー? 毎日こーくんと紙ヒコーキ飛ばしあって遊んでただけー」
「あっ、そう」
「ゆーさん、いまヤキモチ焼いたでしょ?」
そっと石田が耳打ちしてきた。その言葉に思わず過敏に反応してしまった。
「いやぁーなんか以前よりお熱いっスねー。そういえば、言いたいことはしっかり言えたんスよね?」
にやけ顔でぼくの横腹を肘でつついてきた。ほんと、何も反省してないなこいつ。
「言ったよ。ちゃんと言ったし、紙ヒコーキも飛ばしたよ」
「それはよかったっス。俺も少しは頑張った甲斐があったっス」
「石田に世話になった気はしてないからな。勘違いするなよ」
「うわぁー冷たいっスねー。雨宮さんと一緒のクラスにいて感染ったんスか?」
石田は言葉を間違ったのかもしれない。ぼくもまさかだったけれど、石田と茉依の背後に雨宮さんがいるなんて思いもしなかった。
「あら、誰の何が感染ったのかしら?」
石田は肩をすくめてゆっくりと半身になって後ろを振り返った。
笑顔で仁王立ちする雨宮さんは完全に怒っていた。
「いやっ、その……そう! 冷え性っスよ! ね、ゆーさん? 雨宮さんの冷え性が感染ったんじゃないっスかーって話していたんスよ!」
「あらそうなの? 私はてっきり馬鹿なあなたに向けてだけ使っている冷たい言葉が感染ったって話をしていると思ったのだけれど、違ったのね?」
まだ笑顔だ。その笑顔がぼくは怖くて、たまらず茉依を盾にして隠れた。
これは石田が悪い……。
「ちがう違う! そんなわけないじゃないっスかー! もーイヤだなー怖い顔しちゃって」
おい石田……それは余計だ。
「怖い顔なんてしてないじゃない。私はずっと笑顔よ? それが怖い顔に見えるってことは何かやましいことでもあるのかしら?」
雨宮さんが一歩石田に歩み寄る。それに対して石田は一歩後ろに下がっていた。
「あら、どうして後ろに下がるのかしら?」
「いやーそろそろ教室に戻らないと次の授業に間に合わないなーって……」
「だったら早く戻ったら?」
「はい……そうしまーっス」
そう言って石田は額に冷や汗を流しながら茉依と一緒に教室へと戻っていった。ぼくが怒るよりも雨宮さんの方が効果的だったみたいだ。流石の石田も反省しているようだった。
「雨宮さん、ぼくたちもそろそろ教室に戻らないと」
「そうね。まったくあの馬鹿は人をなんだと思っているのかしら」
「そうだね。少しは反省してほしいよ――」
ぼくたちは教室へ戻って各自席についた。
「なぁ、悠? 雨宮さんってどう思う?」
突然大樹が振り返って聞いてきた。
「えっ、どうって何がだよ……」
「いや、ほら、最近よく悠と雨宮さんが話しているのを見かけるからさ、いい関係なのかなって思って。もしかして好きだったりする? 答えにくいならいいんだっ。とくに深い意味があるわけじゃないからさ」
どう考えたってそんなことを聞いてくるってことは雨宮さんに好意を持っている証拠じゃないか。何もなかったらはじめから聞いてなんて来ないんだよ。わかりやすいなぁ。
「好きとかは置いといて。どうって言われるとそうだな、とりあえずすごくいい人だよ。勉強もスポーツもなんでもできるし、風紀委員やってるし。あと優しいし、普通にいい人かな」
「そうか。そうか、いい人なのか……。付き合ってる人いたりするのかな?」
「聞いたことはないけれど、たぶんいないと思うぞ。でも気になってる奴はいるかもな」
「えっ!? それってほんと!? 嘘とか冗談とかの類じゃないの!?」
「まぁー直接そんな話したことないからただの予想だよ。気にしなくてもいいから」
「なんだよー変なこというなよぉ……」
大樹の好きな人雨宮さんで決定だな。ここまで分かりやすいのもどうなんだろうな。
でも、予想とは言ったけれど、雨宮さんには好きな人がいる気がする。それも意外と身近な人だと思う。正確性はないんだけどさ。
「でも期待くらいしてもいいよなっ! 希望くらい抱いたって罰は当たらないよなっ!」
そこまで言ったら好き丸出しだろ。なんか応援したくなったわ。
「大樹のお好きなようにしてください。あと、そろそろ先生来るから前向いて」
「あ、うん。深い意味とかないから! 気にしなくていいから! あ、忘れてくれてもいいから!」
儚い恋で終わらないように願っといてやるか。希望薄いだろうけど……。
そんなこんなだけれど、明るく騒がしい毎日を送れてぼくは幸せなのかもしれない。
アネモネ。花言葉は、『期待』『はかない恋』『薄れゆく希望』です。
久しぶりの更新となりました。
これからはまた定期的に更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。




