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花言葉の物語 ~青春グラフィティ~  作者: 十六夜 あやめ
1章 想いを乗せてキミのもとへ
19/30

ゼラニウム






 とうとうぼくは茉依の家の前に来てしまった。

 茉依起きてるかなぁ……。

 道路側から2階にある茉依の部屋は見えるけれど桜色のカーテンが閉まっていて、おまけに電気が付いているような感じもしない。もしかすると眠っているのかもしれないし部屋にいないのかもしれない。微かに不安が込み上げたものの今更引き返すことができないのは自分自身が一番分かっていた。

 ポケットから携帯電話を取り出してメールボックスを開く。バス停で雨宿りをしていた際に打って保存しておいたメールを開いて送信ボタンを押した。液晶画面に表示される『送信中』の文字が点滅を繰り返してなかなか消えてくれない。まばたきも唾を飲み込むタイミングさえも思わず忘れてしまって、ただじっと見つめていた。


 ――――とどけ……届けっ!


 強く願った。茉依の名前を何度も何度も心の中で叫び続けた。願うことでメールが届くなんてことはないだろうけど、それでも願わずにはいられなくて強く願い続けた。すると点滅していた『送信中』の文字が『送信完了』へと変わった。あまりにも集中し過ぎて息も止めていたぼくはようやく安堵の溜息をつくことができた。あとは茉依が部屋にいてメールを読んで窓を開けてくれればいい。ぼくは茉依の部屋の窓を見つめて待つしかなかった。

 そこでふと不安が脳裏を過った。茉依がメールに気が付いて読んだとしても、窓を開けてくれる確証はどこにもない。一方的な文章を綴ったメールを見なかったことにするのは茉依にとってとても簡単なことだ。いくらメールが届いたって茉依が窓を開けてくれなかったら意味がないんだ。


 茉依はいつでもぼくのことを考えてくれていた。石田は言っていた。茉依は少しでもぼくとの時間を一緒に過ごしたくて一番端の教室からほぼ毎日通っていたと。紙ヒコーキを飛ばして少しでも長い時間ぼくに茉依のことを思い続けてもらおうと努力していたと。それなのにぼくは何一つ茉依の気持ちに気付いてあげられなかった。ずっと同じ時間を過ごしてきたのに気付けなかった。あぁ――――



 ――きっと茉依は窓を開けてくれない。



 ぼくは何を期待していたんだろう。家の前に来たからなんだっていうんだ。メールを送ったからなんだっていうんだ。待っていればいつか茉依が窓を開けてくれると思っていたのか?

 石田……ぼく認めるよ……ぼくは本当に…………どうしようもない馬鹿だ。

 雨の当たらない傘の内側にいるのにもかかわらず視界が潤んだ。目頭が熱くなって、次々込み上げてくるあたたかいものは抑えられないまま鼻筋と頬の輪郭に沿って流れていく。茉依の気持ちが痛いほどよく分かる。不安が冷たい重石となって心を押しつぶすようだ。

 ぼくはたまらず下を向いて目をつむった。


「…………茉依っ」


「――――ゆーちゃんっ!」


 雨音をかき消すような澄んだ声がぼくの鼓膜を揺らした。幼い頃からずっと聞いてきたはずの声なのになぜか懐かしい。ぼくが聞きたいと願った茉依の声だ。

 傘を後ろに傾けて顔を上げる。その先には窓を開けて身を乗り出しているパジャマ姿の茉依がいた。


「茉依っ!」


「どうしてここにいるの……?」


「ごめん! そのまま窓を開けて待ってて!」


 ぼくは傘を地面に置いて、濡れないよう大事に持っていたビニール袋から紙ヒコーキを取り出して、茉依のいる2階の窓に向かって飛ばした。紙ヒコーキは2階に届く前に右へ曲がって落ちてしまった。落ちてしまったのを確認して次の紙ヒコーキをビニール袋から取り出して飛ばす。二機目は左に曲がって風に流されていった。


「あとで全部回収するから! ぜったいにゴミなんかにしないから! だからもう少し待ってて!」


 茉依は目を丸くしてただ黙って首を縦に振った。

 三機目、四機目、五機目…………茉依に届かず地面に落ちた紙ヒコーキは雨に当たって形が崩れていた。一度投げた紙ヒコーキは二度と使い物にならない。用意した紙ヒコーキの数は限られている。残り少ない中、ぼくの右手に期待と不安が同時に圧し掛かって震えが止まらない。


 ……届く。ぼくの気持ちは届く。だって、茉依を想う気持ちは誰にも負けないんだっ!


 手元を離れていく紙ヒコーキ。それは風に乗って上昇していく。そして放物線を描くようにして落下し始めた。高さは十分2階まで達している。あとは真っ直ぐ飛べば届く!


「とどけぇー!」


 きっとこれが届かなかったらもうだめだ。何機飛ばしたかは分からないけれど、投げ始めて2階の高さに達したのはこれが初めてだった。残りも少ない。だからこれは最後といっても過言ではないくらいの好機だった。

 紙ヒコーキがゆっくりと落ちていく。窓へはあと数十センチだ。でもこのまま落ち続けたら届かない。

 ぼくは手を合わせて目をつむって願った。


 ……………………。

 …………。


 あれ……届いたのか?

 あの紙ヒコーキはどうなったんだ。


「ゆーちゃんっ!」


 茉依が手を振っている。その手には開かれた紙ヒコーキがあった。

 届いた……届いたんだ……。


「なぁ茉依…………真っ直ぐ届けるのって難しいな」


「ゆーちゃん?」


「その、なんつうかさ、幼い頃からずっといっしょにいたから何でも知ってると勘違いしていたんだ。茉依のことは何でも知ってるって思い込んでた。でもぼくは何にも知らなかった。茉依の気持ちも告白されていたことも……。頭が真っ白になったよ。茉依が告白されるなんて思ってなかった。それに、まだ返事を返していないみたいだって聞いて不安になった。だって…………」


「……だって、何?」


「だって……だってぼくは茉依のことが好きだから!」


「……ゆーちゃん」


「あのさ、茉依が隣にいてくれないと不安っていうか、落ち着かないというか、寂しいっていうか心配になるというか……。とにかくさ、身勝手なのは重々承知なんだけどさ、他の男子と付き合ったりされると困るんだっ!」


 茉依が口を開く前に続けて言う。


「茉依の声が聞けなかったり、笑顔が見られなかったり、紙ヒコーキが飛んで来なかったりする毎日を想像したらさ、驚くくらいつまらないんだよ。ぼくの日常はさ、石田がいて雨宮さんがいて茉依がいて初めて成立するんだ。誰か一人でも欠けちゃいけないんだよ――――」


 そう。誰も欠けちゃいけないんだ。


「だからさ茉依、いっしょに学校いこうよ」


「…………。待ってて! いま制服に着替えるから!」


 とりあえず茉依が来たら今までのことを謝ろう。そのあとでちゃんと紙ヒコーキの返事を聞こう。

 『いっしょにいこう』の返事を。



 ぼくらの人生には始まりや始まってないものがたくさんある。そこから喜びを知り、怒りを覚え、哀しみを抱え、楽しみを見つけ出していく。そして〝本当の大切の意味〟に出会う。それは誰もが知っていることなのに、あまりにも近過ぎて見えなくなってしまうこともある。けれど必ず気付くときがやってくる。


 だってぼくらには時間がたくさんあるのだから。









 ゼラニウム。花言葉は、『愛情』『決意』『君ありて幸福』などです。

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