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花言葉の物語 ~青春グラフィティ~  作者: 十六夜 あやめ
1章 想いを乗せてキミのもとへ
18/30

タイム






 先の方に見える信号が赤へ向けて点滅しているのを見て、ぼくは一旦通りがかった屋根付きのバス停の下へ入った。水をおびただしく吸った制服は肌にぴったりと張り付いて、上着の袖やシャツの裾を絞ればいくらでも水が出た。

 太ももに張り付く制服のポケットに手を突っ込んでびしょ濡れの携帯電話を取り出す。このとき初めて防水機能の付いた携帯電話にしてよかったと思った。いままで水の中に携帯電話を落としたことがなかったぼくには必要ないと思っていたけれど、こういう場面に遭遇することを考えると防水機能はあった方がいいのかもしれない。水の中に落とした訳じゃないにしろ携帯電話は酷く濡れていた。


 かじかむ手の中で携帯電話を開いて念のため壊れていないか確認してみる。電源が切れているわけでも操作が作動しないわけでもなく至って正常だ。ぼくは一度顔を上げて信号がまだ赤であることを確認した。茉依の家はこの信号を越えて右に曲がった住宅街にある。だからぼくはグリーンに変わるまで茉依にメールを打つことにした。普段ならば数十文字程度すぐ打てるのに冷え切った指先が思うように動かなくて打てない。横を走っていた車の速度が落ちていくのを横目に信号がもうすぐ変わるのだとわかった。仕方がなく打っていた文を全て消して簡潔にメールを再度打ち直した。

 『部屋にいるなら窓を開けて』

 打ち終わると同時に信号は赤からグリーンへ変わり、ぼくはメールを送信しないままポケットにしまってバス停を離れた。



 茉依の家に行く前にコンビニに入った。そこでどうしても買わないといけないものがあった。

 カバンの中まで浸透した雨は教科書もノートも布製のペンケースも色が薄黒く変わるくらい濡らしていて、クリアファイルに入れていたプリントさえも雨を吸って使い物にならない。ペンはかろうじて使えるものの全て水性で、この雨の中では書けてもインクが溶けてしまうため意味がなかった。

 茉依の家に向かう途中ずっと考えていた。どうしたら茉依に気持ちが届くのか。茉依の心に響くのはいったい何なのか。伝えたい想いは口にするできなのか。それとも千以上の言葉を並べるべきなのか。あれこれ考えた末ぼくが見出したのは、やっぱり紙ヒコーキだった。だからぼくはコンビニで油性ペンと折り紙を買う必要があった。


 通常ならば学生は学校にいるはずの時間帯だ。それもすでに一時限目の授業が始まっている――――というよりも終わりが近いと言った方が正しい。当然平日働いている人にはそれくらい分かっていることだ。そんな常識が取り巻く中で油性ペンと折り紙のふたつを持ってレジに並ぶびしょ濡れのぼくは明らかに目立っていた。もちろん店員が気にするのは当たり前で、ぼくが目立っているのも間違いない。店内の視線が集まるのは入る前から心していたことだったけれど、いざ見られると顔を伏せずにはいられなかった。

 レジに油性ペンと折り紙を置く。店員の手が伏せた視界に入って商品のバーコードを読み取っていった。


「126円が一点、157円が一点、二点で283円になります」


 この女性店員は何も言ってこないのか?

 ぼくは財布の中から300円を出した。


「300円のお預かりで17円のお返しです」


「ありがとうございます」


 おつりとレジ袋に入った商品を手にしてレジを離れようとしたとき声を掛けられた。


「ちゃんと学校に行かなきゃだめよ? びしょ濡れだけど傘はないの?」


「えっと、ちょっと壊れちゃって……。あの、これから学校行くんでこのことは秘密にしてもらえませんか?」


「それは難しい相談ね。その制服をみればどこの高校か分かるし、胸の校章の色であなたが2年生なのもわかる――でも誰にも言ったりしないから安心しなさい」


「あの、えっと……ありがとうございます」


「わたしも高校生のとき何度か学校をサボったことあったのよ。だからあなたの気持ちはよくわかるつもり。でも今更になってちゃんと学校行けばよかったなって思うわ。だからあまりサボっちゃだめよ」


 ぼくは首を縦に振って答えた。


「傘がないなら外のビニール傘使っていいわよ。あれわたしのだから」


「いえ……いいですよ」


「いいからいいから。お客さんが忘れて行った傘とか置き傘がいっぱいあるからわたしは平気。それにそのままだと風邪引いちゃうだろうし」


「やっぱりだめですよ。ぼく傘買いますから――」


「学生が傘なんかにお金を使っちゃだめ。一時の雨に500円も払うのもったいないわよ? それじゃあ放課後にでも返しに来てくれればいいわ。それでどう?」


 なんだか一方的に押されている気がする。でもぼくのことを気遣ってくれているんだなぁ。


「それじゃあお言葉に甘えて借りてもいいですか」


「もちろん。壊しても構わないから」


「いえ、必ず返しに来ます!」


「そう。気をつけていってらっしゃい」


 ぼくは一礼してから店内を出て、外のビニール傘を手にしてからもう一度頭を下げて茉依の家へ向かった。


 ぼくはさっき一時的に雨宿りをしたバス停に向かった。そこで先ほど買った油性ペンと折り紙の封を切った。取り出した折り紙に油性ペンで茉依への想いを書く。そして書き終えた折り紙を紙ヒコーキに折って、それを何度も何度も繰り返した。赤、オレンジ、黄、黄緑、緑、青、白、黒、金銀すべてに言葉を書いて紙ヒコーキに折っていく。折り終えた紙ヒコーキをビニール袋に入れて濡れないようにしてようやく準備が整った。



 茉依の家へ近付くにつれて鼓動が高まっていく。緊張とは少し違うような感覚が身体全体を流れる。これからぼくは失敗の許されないことに挑戦しようとしていた。それが成功する確証はない。けれど失敗する想像はできなかった。


 いまのぼくになら何でもできると思えたんだ。











 タイム。花言葉は、『勇気』『活動的』『活気』『大きな望み』などです。

 次回話に続きます。



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