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花言葉の物語 ~青春グラフィティ~  作者: 十六夜 あやめ
1章 想いを乗せてキミのもとへ
14/30

トリトマ





 家路を歩いていていると街灯がひとつ。またひとつと点滅しながら行く先へ向かって燈っていく。白光がぼんやりと優しく包み込むようにぼくを慰めているみたいだった。塀の向こうの灯りが付いた家からにぎやかな声が聞こえてきた。普段なら微笑ましいのにぼくは下唇を噛みしめてただ黙々と奥へ続く光を追うように歩いていった。

 家の外に着いたとき、どの部屋も明かりがついていないのに気が付いた。当然鍵も掛かっていて、ぼくは鞄の中にある鍵を探した。けれどどこを探しても見つからない。制服のポケットにもない。どうやら鍵を入れ忘れてしまったみたいだ。絶望というには大げさだけれど、悲しくなって扉の前にもたれ掛るようにしてぼくは座った。


 そこでふと視界に植木鉢が入った。


 ぼくがまだ小学生の低学年だったころ、よく学校に鍵を持っていくのを忘れてしまって家に入れないことがあった。そんな間抜けなぼくのために母さんは植木鉢の下に合鍵を隠しておいてくれた。「もしも鍵を忘れてしまったときはこの下に隠してある鍵を使うのよ」と教えてくれたことを思い出した。当時の植木鉢とは違うけれど、期待を膨らませてぼくは四つん這いになってから右手を伸ばして植木鉢を持ち上げた。

 鉢から水滴がぽつぽつと滴り、受け皿に波紋を生んでは街灯の光が反射して輝いていたけれど水が溜まっているだけで鍵らしきものはなかった。

 期待してしまった分余計にがっかりしてしまい、うかつにも泣いてしまいそうでほんとうに情けなかった。


 それからは体育座りをしてじっと両親の帰りを待った。どちらが先に帰ってきてくれてもいい。とにかく早く帰ってきてほしかった。身も心もこれ以上冷たくなるのはたくさんだ。

 それでも、頭の中では茉依と石田のことをずっと思っていて、心配な気持ちでいっぱいだった。


 茉依はいま何をしているだろう。早退したってような話を聞いたけど大丈夫だろうか。体調でも崩したのではないか。しっかりご飯を食べただろうか。明日は学校に来れるのか。

 石田はどんな気持ちでいまを過ごしているだろうか。ぼくのことを怒っているだろうか。いや、怒っているに違いない。明日から2週間学校に来れないのはぼくのせいだ。怒っていないはずがない。石田の自宅謹慎を聞いたご家族はどんな気持ちなんだろう。謝りに行った方がいいのか。どんな顔でいけばいい。原因はぼくなのにいったいどんな顔で会えばいいんだ。話なんて聞いてもらえるはずもないし、話す言葉も見つからないんだ。


 もやもやと考えているうちに母さんが帰ってきた。母さんは扉の前で座っているぼくをみて「鍵忘れたなら茉依ちゃんのお家でお世話になったらよかったのに」とぼくの気持ちも知らないでさらりと胸に刺さる言葉を言い放ったので「もう昔みたいに鍵忘れたから入れてなんて言えないよ」と言い返した。「それもそうね」と買い物袋を提げて家の鍵を開けた。



 ぼくは真っ先に部屋へ向かって携帯電話をベッドに投げ捨て、ネクタイを解いて制服を全て脱ぎ捨てて部屋着に着替えた。そして部屋の電気も点けないままベッドに寝そべって、掛け布団に埋もれている携帯電話を手にしてから新着メールの問い合わせをしてみた。けれど誰からもメールは届いてなくて、ぼくは枕元に置いて目をつむった。


 いったいぼくは明日どんな顔で登校したらいいんだ……。


 ――ゆーさんには一生かかっても分からないっスよ。大切の本当の意味なんて絶対に分からない。

 ――茉依ちゃんも石田も教室に顔を出さないのってなんだか寂しいわね。つまらないと思わない?

 ――紙ヒコーキをもらえない悠なんてもうお終いだな。

 ――紙ヒコーキね、いっぱい飛ばしてくれる人が増えたんだよ! だからね、ゆーちゃんはもういらないからばいばい。



「茉依っ!!」


 はぁはぁはぁはぁっ。

 最悪だ。なんだっていうんだよっ!

 石田も雨宮さんも大樹も茉依もどうしてそんなこと言うんだ……。

 大切の意味ってなんだよ。つまらないってなんだよ。お終いってなにがだよ。いらないなんて言うなよっ……。

 そんな笑顔でばいばいなんて言わないでくれよ……。


 夢とは思えなかった。あまりにも鮮明で手を伸ばせば触れられそうな感じがした。耳に届く声も空気を伝う温度も現実とまるで変わらなかった。部屋に入ったあとすぐに眠ってしまったことに気が付いているから夢だと言い聞かせられるけど、正気ではいられなかった。枕に触れた右手が冷たい。枕が涙で濡れていた。そのまま右手を頬へ運ぶと涙が伝っていた。


 本当に情けないなぁ。それにもともとぼくが言ったことじゃないか。まとわりつかれて迷惑だって……。喜ばしい話じゃないか。茉依はようやくぼくの元から離れたんだ。友達がいっぱいできたんだ。紙ヒコーキなんかにぼくが付き合う必要もなくなったんだ。本当に喜ばしいことじゃないか。なのに、それなのに、どうしてぼくは泣き続けているんだ。拭っても拭っても拭いきれない。



「茉依…………」



 窓の外で雨の降る音がした。目には見えないけれど、たしかに降っていた。

 寂寞の音は何度も心の中で波紋を生んでは消えていく――――









 トリトマ。花言葉は、『切実な思い』『恋する胸の痛み』です。

 次回話に続きます。


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