オシロイバナ
「唐突っスけど、ちゃんと答えてください! 茉依さんのことどう思ってるんスか!」
何の前触れもなく、何の躊躇もなく、ぼくの羞恥心なんて構いもせずに石田はぼくの前に現れて言い放った。もちろんその声は教室全体に届いていて、クラス中の視線が瞬時に集まる。普段あまり話さない奴になら見られても多少は平然と振舞えるが、大樹と雨宮さんを前に正気でいられるわけがなかった。
正直、石田の心無い言葉は辛かった。
「お前ちょっと来い……」
ぼくは石田の腕を掴んで教室を後にした。あんな言葉を言われた直後の教室でじっと座って話せるはずがない。おまけに今すぐ石田に一発パンチを入れてやりたかったけれど、そこは石田の腕を強く握って我慢した。
「ちょっ! ゆーさん痛いっス!」
「知るか。いいから来い……」
ぼくは石田と階段を下りて下駄箱付近まで来た。体育が無い限りここには普通生徒は来ない。誰も来ないであろう場所を考えると昇降口は最適だった。
ぼくは強く握っていた手を緩めて石田の腕を離した。
「何のつもりだよ。あんな大きな声でいきなり茉依のこと言って……」
「さっき言った通りっスよ。茉依さんのことどう思ってるんスか」
「なんで石田がそんなこと聞くんだよ。あと、ああいうことは紙ヒコーキを飛ばしてこいよ」
「どうせ紙ヒコーキに書いた言葉は濁して返すだけじゃないっスか。それと俺のことはどうでもいいんスよ。前に飛ばした紙ヒコーキの文章読んでくれたっスか?」
「前ってあれか? 『がんばれ!』ってヤツだろ。読んだもなにも見たよ」
「それでゆーさんは茉依さんのために頑張ってるんスか?」
声色が低い。脅しにも似た重く冷たい声がぼくの心に突き刺さる。半開きの鋭いまなざしがさぁと寒気を込み上げさせて鳥肌になった。いつもの陽気な石田じゃない。明らかに様子が変だ。
「おいどうしたんだよ石田……なんか今日のお前おかしいぞ……」
「おかしくなんかないっスよッ!」
教室同様、またも何の前触れもなく石田は声を張り上げた。2階の廊下のざわめきは消えて、反響音は残響となって、耳の奥で鼓動し続けたのちに心を震わせ、少し潤んだ眼差しが真摯にぼくを見つめて放さなかった。石田はいったいどうして怒っているんだ。どうしてそんな目でぼくをみている。ぼくは石田に何かしたのか。それとも茉依に何かしてしまったか。わからない。今回ばかりは思い当たる節が何一つない。ぼくは石田から紙ヒコーキを飛ばしてもらったあと、頑張ろうと努力して雨宮さんに紙ヒコーキを飛ばして、それから茉依へ紙ヒコーキを折って、飛ばすはずが渡す形になったけれど、それでも渡すことはできて、嬉しそうな顔をしてくれていたから、これでよかったんだと思って、茉依の返事を待っていた。やれるだけのことはやっていた。ぼくなりに〝頑張った〟。そのはずなんだ。石田はぼくの頑張りを知らない。だから怒っているのか。それならば怒られるなんておかしいことだ。
「ぼくは石田の紙ヒコーキを読んだあと雨宮さんと茉依に飛ばしたよ。頑張ったんだ。石田はぼくの頑張りを知らないからそうやって怒ってるのか……?」
「ゆーさんは本当にどうしようもなく愚かで殻に籠って自分を守っていたいんスね……。それだから先を越される……。誰よりも先に言ってもらいたかったはずの言葉を茉依さんはきっとずっと待っていたんスよ……。毎日毎日思い焦がれて窓の向こうを眺めて届くはずの紙ヒコーキと言葉をずっとずっとずっと待っていたんスよ!」
「石田……」
「クラスが違う! 告白が怖い! 嫌われたくない! 関係を崩したくない! ずっとこのままでいたい! 毎日が穏やかであればいい! いつでも手が届く! いつでも…………」
「おい……」
「そうやっていつまでもいつまでも幼馴染だから大丈夫とか甘いんスよ……。俺はまだ2人と出会って長くなんかないっス。でも、それでも、いつまでも思い通りに毎日が幸せでいられるはずないんスよ。俺はもう経験してるから知ってる。ずっと母さんがいてくれると思ってた。毎日おはようって声を掛けてくれるものだと思ってた。毎日甘い卵焼きを焼いてくれると信じてた。当り前だと思っていたから、だから、まったく気づかなかったんスよ……」
何を言ってるんだ。石田に何があったんだ。
「いいっスか、ゆーさん」
「……あぁ」
「茉依さんがさっき他のクラスの男子から告白されていました」
えっ。
茉依が告白された。
なんで。
どうして。
いやいや、ないない。
だって茉依だぞ。あの茉依だぞ。紙ヒコーキばっか折ってる茉依だぞ。
嘘だ。
いや、石田の冗談だ。
そうだ。そうに違いない。
そうやって石田はぼくが茉依と近づくのを楽しんでいるんだ。
そうだ。これは石田の――――
「冗談なんかじゃないっスよ」
「えっ……」
「俺はゆーさんのそんな顔は見たくなかったっス。まるで夢か嘘か冗談かみたいな信じられない顔は見たくなかった」
「石田……それは嘘なんだろ。冗談なんだろ」
「言ったっスよね。夢でも嘘でも冗談でもない。茉依さんは告白されたんスよ」
目の前が真っ白になった。石田の姿も、階段も、下駄箱も、壁も床も何も見えない。放課後の誰もいない音楽室に取り残されたように音もしない。聞こえるのは自分の呼吸音と心臓の鼓動だけだ。どこに立ってどこを見つめて何を考えていいのか分からない。いろいろな思考が胸をいっぱいにする。目の前に茉依が現れた。それは明るくて元気な茉依じゃなくて、昔の絵本を抱えて泣いていた頃の茉依にそっくりで、声も出ないぼくは、ただ、目の前で泣き崩れる茉依をみることしかできないまま、手も伸ばすことも近寄ることもできずに立っていた。
どうしようもなく愚かだった。
あの頃のように一歩を踏み出すことができなかった。
ぼくは自分を守っているだけだった。
オシロイバナ。花言葉は、『あなたを想う』『内気』『臆病』『信じられない恋』『疑いの恋』などです。
次回話に続きます。




