フリージア
昨日、雨宮さんに飛ばしてみて分かったけれど、なかなか恥ずかしいものだった。それでも、初めて飛ばした相手が雨宮さんでよかったかもしれない。気恥ずかしいながらも話すことができたし、勇気ももらうことができた。石田相手に飛ばしても緊張しなかっただろう。
ぼくはクリアファイルからプリントを取り出して無地側に裏返し、ペンを片手に机に向かう。
書きたいことはいっぱいあるけど、最初だから少しでもいいよな。
書き終ったところで紙ヒコーキを折っていく。茉依とぼくの秘密の折り方で。
よし。こんな感じでいいや――
ここ数日間、毎日どきどきしている気がする。きっと茉依がいなかったらこんな毎日を送ることはありえなかっただろう。慣れない毎日が続いているけれど、別に嫌いじゃない。普段話さない人と話すようになったし、クラスの違う友達もできた。ぼくの学校生活に花が咲いたようだ。
――飛ばす前にちょっと気持ちの整理しにトイレでもいくか。
そして今度こそ、茉依に紙ヒコーキを渡そう。あれから長い間飛ばしてなかったから喜んでくれるかな?
トイレで気持ちを落ち着かせた後、教室に戻ってきたぼくは席に着いた。
あれ……。え、なんで……。
机の上に置いていたはずの紙ヒコーキが消えていた。
うそ……ちょっとトイレに行ってただけなのに。風でどこか飛んで行ったのか? でも下に落ちてないし、ゴミ箱にもない。まさか盗まれた!? いや、紙ヒコーキを盗む奴なんていないだろ……。
机の中やカバンの中も調べる。でもどこにもありはしなかった。近くにいたクラスメイトに「紙ヒコーキ落ちてなかった?」と聞いてみたが「みてないよ」とあっさり返された。本当にどこへいったんだ?
まぁ、紙ヒコーキなんてまた折ればいいんだからいいんだけどさ。中に書くメッセージは決まってるわけだし。でもどこに消えたんだろう? 気にはなるけど……って、やっぱり探さないとヤバイ! あの紙ヒコーキには茉依宛てのメッセージが書いてあるんだ!
やばいやばいやばいやばい。
紙ヒコーキを拾う可能性があるのは茉依と雨宮さんと石田の3人だ。もしも茉依以外の2人が拾って読んだりしたら……!
ぼくは急いで雨宮さんの席へ向かった。
「あの雨宮さん、ちょっといいかな?」
「あら須永君どうしたの?」
同じクラスだし、拾った可能性が一番高いのは雨宮さんだ。
「えっと、ひとつ聞いてもいいかな?」
「えぇもちろん」
「えーっと、その、紙ヒコーキを拾ったりしなかった?」
「えぇ拾ったわよ」
「えっ! ほんと!?」
「うん。朝に茉依ちゃんから飛んできたのだけれど。今日は茉依ちゃんの1通だけ拾ったわ」
「ぁ、そうなんだぁー」
なんだ茉依のかぁ。ガッカリしていいのか、ほっと安心していいものか。でも、知らないなら知らないでよかった。残るは茉依と石田の2人かぁ。クラス違うから可能性は低いんだけどな……。
「あっ。そういえばさっきあの呑気なのが来てたわよ」
「呑気って石田のこと?」
「えぇ。きっと須永君を探してたんじゃないかな? ちらっと顔を覗かせてすぐに戻っていったもの」
「それっていつくらいかわかるかな?」
「ほんとすぐさっきよ。5分も経ってないんじゃないかしら」
「わかった! えっとごめんね雨宮さん。教えてくれてありがとう!」
8組に向って走るが、一番奥の教室までなかなか距離がある。開いていた教室の前側から8組の様子を窺う。教室の中央付近に机に寝そべっている奴がいる。髪は茶色っぽく制服の内側からカラフルな袖が出ていた。間違いない、あれは石田だ。茉依もいないか見回してみたがいまはいないようだった。
教室に入って早歩きで石田の席へ向かう。そして石田の頭を軽く叩いて起こした。
「いったぁー。もー誰っスかーってゆーさんじゃないっスか。どうしたんスか?」
「わざわざここまで来たんだからだいたいの理由は分かるだろ」
「そうっスねー。たぶん茉依さんの事っスよね?」
「まぁそんなところだよ。さっきこっちのクラスに来たって?」
「えぇ行きましたよ。ゆーさんいないかなーって思って。でもいなかったんですぐ戻ってきたんスよ。んでお昼寝っス」
「そのときに紙ヒコーキを見なかったか? 机の上に置いておいたんだけど消えたんだ。もしかして石田拾わなかったか?」
「いいえー。ゆーさんの教室へ行ったときには何も拾ってないっスよ。あぁ、ちなみに俺の記憶ではゆーさんの机の上には何も置いてなかったと思いますよ?」
「そっか……わかったじゃあ戻るわ」
「えぇ! ちょっともう戻るんスか? せっかくゆーさんが8組に来たんだからゆっくりしていってくださいよー。それに、わざわざ俺に聞きに来たんスから理由くらい話してくださいよ」
「そんな時間ないし、石田に話すと面倒なことになりそうでな……」
「ちょっとそれひどくないっスか!? でもまぁ、きっと茉依さんが関わってるんスよね。もしも紙ヒコーキを見つけたら教えますよ」
「わるいなありがとう」
結局石田も紙ヒコーキを持っていなかった。あの感じからして嘘ではないだろうし、そもそも嘘つく必要もないよな。となると、残りは茉依だけなわけだが、すでに茉依が拾ってるなんてことあるのか? そういえばさっき石田に、どうして1組の教室に来たのか理由聞かなかったな。ぼくに用があったみたいだけど――ってもういいやそんなこと。いまはとにかく早く紙ヒコーキを見つけ出さないと……。
「おーい、これって悠のかー?」
教室に戻っている途中、1組の方で大きく手を振っている大樹がいた。大樹が何かを手に持っているのは分かったが、遠かったためその手にあるものが見えなかった。近づいていくとそこには消えた紙ヒコーキが持たれていた。
「ちょっ! 大樹それどうした!?」
「いや、さっき風で落ちてたから拾っておいたんだよ。でも悠の机に置いておいたらまた風で飛ぶと思ってぼくが持ってたんだ」
「犯人は大樹かぁー」
「えぇ! 犯人って言い方はひどくない!? せっかく拾ってあげたのに」
「あぁごめんごめん。サンキューな。ちなみに聞くけど、中見たりした?」
「いいやそんなことしないよ。なに、何か書いてあったの?」
「ん……まぁそんなとこだ。あとで茉依に渡そうと思ってたんだけど消えてびっくりしてたんだ」
「あぁー彼女さんいっつも飛ばしてたもんね。お返事ってことだね」
「そういうこと」
「ゆーちゃんそれわたしに!?」
後ろを振り返ると嬉しそうな顔をした茉依がいた。それもなぜか両手に紙ヒコーキを持っていた。もうどこからツッコんでいいのかわからない……。
「いつからいたんだ茉依……」
「ついさっきだよぉー。こーくんが「たぶんゆーちゃんが探してたっスよ」って言ってたからそれで1組の教室に向かってたの。そしたらゆーちゃんがいたから声掛けようと思ったの。ねぇ、この紙ヒコーキってわたし宛ての?」
「うん……まぁ、って、ちょっ……」
茉依はひょいっとぼくの手から紙ヒコーキを奪い取った。それを胸の前で抱えるようにしてくるくる回って嬉しそうに笑った。
「ゆーちゃんありがとうすっごく嬉しいよ! それじゃあ教室に戻ってゆっくり読むねぇ~」
こんな形で茉依の手に渡るなんて……。でも、喜んでくれたからよかった。
なんだか久しぶりに茉依の笑顔を見た気がする。
やっぱり茉依の笑顔は好きだ。
迷いとか不安とか不満とか、そういった負の感情を消し去ってくれるような笑顔。
あどけない茉依を見られるだけでぼくは幸せだ。
……ってぼくは茉依のお父さんかって。
でも、それでもいいかなって思ってしまう。
前にも思ったけれど、ずっとこのまま、茉依が隣で笑っていてくれたらいいのに。ぼくは茉依の背中をみつめながらそんなわがままを思い浮かべていた。そして、茉依が紙ヒコーキを開いたときに、少しでも気持ちが伝わればいいと思った。
フリージア。花言葉は、『あどけなさ』『無邪気』などです。




