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『聖女の座を奪われ追放された私ですが、私を慕う健気な専属侍女と辺境で幸せに暮らします〜元婚約者たちが今更泣きついてきても遅いです〜

作者: 白瀬 湊
掲載日:2026/07/18

この度は数ある作品の中からこの作品を選んでいただきありがとうございます。

「お姉様、そんなに私を睨まないでください……っ。私が『真の聖女』の力に目覚めてしまったからって、昨日私のドレスをハサミで切り刻むなんて、あんまりです……!」


大聖堂の冷たい石畳の上で、異母妹のエルナが、ハンカチを目元に当てて可憐に震えてみせた。

もちろん、ドレスを切り刻んだなんていうのは真っ赤な嘘だ。

しかし、私の元婚約者である第一王子・王太子のギルバートは、エルナを愛おしそうに抱き寄せ、私を憎々しげに睨みつけた。


「アリア! 貴様の嫉妬深さにはヘドが出る! 聖女のくせに魔力を出し惜しみし、エルナを虐げたな! 本日限りで婚約を破棄し、この国から追放する!」


周囲の貴族たちからも「なんて恐ろしい姉だ」「エルナ様が可哀想に」と口々に非難の声が上がる。

エルナはギルバートの胸に顔を埋めながら、私にだけ見える角度で、ニヤリと邪悪に口角を釣り上げてみせた。

大聖堂の外へ出た瞬間、人がいない隙を見計らって、エルナが私を追いかけてきた。

先ほどまでの怯えた表情はどこへやら、勝ち誇った顔で私の耳元に囁く。


「お姉様、お疲れ様。あなたの居場所も、婚約者も、聖女の座も、全部私のもの。あ、結界の維持とかいう地味な作業は私が適当にやっておくから、安心して野垂れ死んでね?」


エルナはそう言って、私にだけ見える邪悪な笑みを浮かべると、満足したように一足先に王宮へと戻っていった。

ーーエルナの姿が見えなくなり、辺りに誰もいなくなった、その瞬間。

私が静かに馬車へ乗り込もうとすると、物陰から私の専属侍女であるリリィが駆け寄ってきて、涙目をうるませながらドレスの裾をぎゅっと掴んできた。


「お、お姉様……! 私、お姉様がいない世界なんて耐えられません……っ!」


「リリィ!? あなた、エルナに見つかったら……」


心配する私を前に、リリィの瞳からふっと涙が消えた。

彼女は私の手を力強く握りしめ、私の耳元に顔を寄せると、驚くほど低くて冷徹な、大人の男の声を忍ばせた。


「ーーこれでいいんですよ。こうして大泣きして取り乱しておけば、監視の奴らも『主を失ってただ絶望している無害な小娘』だと油断しますから。怪しまれずに裏で動くには、この大泣き(おしばい)が必要なんです」


「え……? その声、リリィ、あなた……」


驚きで固まる私に、リリィは誰にも見えない角度でいたずらっぽく微笑む。


「あの安い香水の女に、俺が本気で仕えるわけがないでしょう。すぐに後を追いますから、先に行って待っていてください、お嬢様」


状況を理解できずに目を見張る私を置いて、リリィは再び可憐でか弱い侍女の泣き顔を顔に貼り付け、


「うぅ、お嬢様ぁ……!」


とわざとらしく袖で涙を拭いながら、パタパタと王宮へと戻っていった。






アリアが去った翌日。

王太子ギルバートは、鼻の下を伸ばしてエルナに指示を出した。


「さあ、エルナ! 今日から君が国中の結界を維持するんだ。君の素晴らしい魔力を見せておくれ!」


「はーい、お任せくださいギルバート様ぁ!」


エルナは可愛くウィンクをすると、聖女の杖をこれみよがしに天に掲げた。

実際は、これまでアリアが夜通し編み上げていた魔導式にタダ乗りしていただけ。自分でも簡単にできると思い込んでいたのだ。


「えいっ!」


エルナが可愛くポーズを決める。

しかし……。

パチ、パチパチ。

杖の先から、線香花火のような寂しい火花が散っただけだった。

周囲に満ちるはずの聖なる光は、一向に現れない。


「あれぇ? おかしいですねぇ……。あ、今日はちょっと、朝食のハーブティーが体に合わなくて、魔力の調子が悪いみたいでぇ……」


「そうか、エルナは繊細だからね。無理をせず、まずは休むといい」


だが、結界は待ってくれない。

アリアの魔力供給が完全にストップしたことで、国の結界は急速に薄れ、宮廷の庭園に小柄な魔物が迷い込んできてしまったのだ。


「グルルル……」


「ヒッ!? ま、魔物!?」


「エルナ、さあ、君の『真の聖女』の力で退治してやってくれ!」


ギルバートが期待の目を向ける。しかし、エルナは本物の魔物を前にして、顔を引きつらせた。


「キャーーーーーッ!? 汚いっ! 来ないでえええええ!!」


退治するどころか、エルナは「真の聖女」の威厳などチリ一つ残さず、ギルバートを盾にして絶叫。

逃げ惑ううちに足をもつれさせ、泥だらけの地面に顔面からスライディングし、お気に入りの高級ドレスを泥塗れにして発狂した。


「おい、エルナ……!? 君、本当に聖女なのか……?」


「うるさいわね! 早くそいつを斬り殺しなさいよ、この使えない王太子!」


本性を剥き出しにして怒鳴り散らすエルナに、ギルバートは呆然と立ち尽くすしかなかった。








一方、最果ての辺境にあるボロ小屋。

冷たい風が吹き込む部屋で、私がこれからの生活を考えていると、ドアが激しくノックされた。

扉を開けると、そこには泥だらけのドレス姿のリリィが、いかにも限界といった様子で息を切らして立っていた。


「お、お嬢様……! はぁ、はぁ……やっと、追いつき、ました……っ」


「リリィ!? 女の子の一人旅なんて危険よ! それにその格好、一体どうしたの!?」


慌てて室内に引き入れて手を暖めようとすると、リリィは私の手を力強く握り返した。

その瞬間、彼女の瞳からウルウルとした涙がすっと消え、悪戯が成功した子供のような笑みが浮かぶ。


「ーーなーんて、嘘ですけど。お嬢様に心配してほしくて、ちょっとだけドレスに泥を塗って、走ってきたフリをしちゃいました。本当はすぐそこまで、我が王家の特注馬車で快適に揺られてきたんですよ?」


「え……?」


「もう、あの馬車でずっと窮屈なドレスを着て、あの馬鹿ギルバートたちの機嫌を取る演技をしなくていいと思うと、せいせいしますよ、俺の可愛いお姫様」


驚く私を前に、リリィはくすりと艶っぽく微笑み、頭のウィッグを迷いなくむしり取った。

さらりと現れたのは、短くカットされた、美しい白銀の髪。

さらにドレスの首元を乱暴に引きちぎると、そこには立派な喉仏と、男らしく引き締まった胸板があった。


「男……!? リリィ、あなた男の子だったの!?」


「本名はリカルド。……実は俺、この国の国王の弟、つまり『王弟』なんです。かつて君に命を救われてから、ずっと君のことが好きだった。王宮の汚い陰謀から君を陰から守るために、あえて女装して侍女として潜り込んでいたんですよ?」


リカルドは私の手を自分の頬に寄せ、愛おしそうに目を細めた。その立ち振る舞いは肉食獣その人であり、あの「可愛い妹分」の面影はどこにもない。


「あの馬鹿ギルバートは、俺の甥にあたりますが……本当に愚かな男だ。アリア、君を不当に追放した罪、あいつには身をもって償わせます。これからは、俺が君を全力で溺愛しますから」








それから数日後。

結界が消滅し、魔物の大群に襲われて崩壊寸前となったギルバートと、泥塗れで髪を振り乱したエルナが、ボロボロの馬車で私たちの元へ転がり込んできた。


「ア、アリア! 頼む、戻ってくれ! エルナは全く使い物にならない偽物だったんだ! このままでは国が滅びる!」


「お姉様ぁ! 私が悪かったわ! だから早く結界を張ってよお!」


門前で泣き叫ぶ二人。

そこへ、豪華な毛皮の外套を羽織り、王家直属の騎士団を率いたリカルドが、冷徹な笑みを浮かべて立ちはだかった。


「ギルバート、ずいぶんと偉くなったものだな。この国を支えていたアリアを追放し、国を滅ぼしかけるとは」


「ひっ!? お、叔父上……!? なぜ、王弟殿下がここに……いや、その後ろにいるのは、アリアの侍女の……」


ギルバートは、目の前の「最強の王弟リカルド」が、かつてエルナの傍でペコペコしていた「侍女リリィ」と同一人物であることに気づき、顔を真っ青にして腰を抜かした。


「王位継承権を持つ者として、お前のその愚行、兄上(国王)にどう報告すべきか迷うよ。……おい、この不法侵入者たちを国家反逆罪として今すぐ捕らえろ。アリアはこれから、俺の『王弟妃』としてお迎えする御方だ。二度とその汚い口で彼女の名を呼ぶな」


「「そ、そんなぁあああ!」」


と騎士たちに引きずられていくギルバートとエルナ。

すべてが片付いた後、リカルドは私に極上の甘い微笑みを向けた。


「俺の可愛いアリア。うるさい羽虫はすべて排除しました。……さあ、これからは俺の隣で、世界一幸せになってくださいね?」


差し出された彼の手を、私は少し照れながら、けれど今度はしっかりと握り返した。

ご視聴いただきありがとうございました。

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