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嘘をつくなら最後まで

作者: ぷょ
掲載日:2026/05/27

「お願い、一度だけでいいから」

 私の背中に縋り付いてきた貴方の腕を、そっと握り返せたら良かった。振り返って、抱きしめられたら良かった。

 そんなことできる訳がないと言うことぐらい、私たちは分かりきっていたと言うのに。それなのに、どうして…こんなにも愚かしいことを私たちは繰り返すのか。

 何度も何度も、同じことをして、拒絶するしかなくて、諦められなくて…なによりも悲しくて。

 繰り返してはまた一人、どこかに取り残されているみたいで。人知れず涙を流してはまた目元が枯れるの。

 大好き、だと…そう簡単に口にできたら良かったのに。愛している、と挨拶に織り交ぜているかのように自然に言えたら良かったのに。

 …それが許されないのは、どうして?

 同じ返事しか許されないのに、どうして同じことを何度も聞くのか、と貴方に問い詰めてやりたかった。毎回毎回、同じことしか言えない私の気持ちなんて知らないに決まってる。

 それもそうだ。私たちは、お互いのことでいっぱいいっぱいすぎたのだ。

 お互いのことを思って、思いすぎて、溢れて溢れて、お互いもそれに気がついていながらも…せめて、この距離だけでは守っていたくて、お互いを傷つけてこの関係の永続を願う。それが無理なことを分かりきったまま。

 私は唇を噛み締める。貴方に気が付かれないように、貴方が離れて行かないように…引き離されないように。

 ほんの少しだけ許されたこの時間を、何よりも苦しくて何よりも甘いこの時間を、砂時計の砂の一粒一粒を摘んでは舐めるようにして味わう。

 この時間を終わらせるのは…いつも、私だ。

 損な役回りだと思う。けれど、これ以上なく素晴らしい役だとも思う。噛み締めたこの時間の飴を、噛み砕くのだ。

 もし貴方がこの時間を終わらせると言うのなら、私は貴方を許せない。…私が私を許せないのは、今に始まったことではない。だから、大丈夫。

 声を振るわせないように、涙が滲まないように、そっと息を小さく吐くの。鬱陶しいとでも言わんばかりの色を滲ませて。

 心が冷えていく、輝く太陽に雲がかかる。また、同じ毎日に戻るのだ。何度も何度も繰り返してきたことを、今日もまた繰り返す。

「…あなたなんて、大っ嫌い」


 私は苦しみながらもこの時間の上にどこか胡座をかいていた。…この日常がどこまでも続く保証なんてなかったと言うのに。


 今日もいつもと同じまま終わると思っていた。同じふうに終わって、また同じふうに一人涙を流すことを覚悟していたと言うのに。

 …それなのに、貴方は。

「でも、」

 ぞわり、と全身の毛が逆立った。

 それ以上言うな、と言おうとした口は完全に乾いていて、漏れ出たのは息と形のない涙だった。

「本当は僕のこと嫌いじゃないでしょ…?」

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。貴方の発した言葉が、私の耳の表だけを撫でては去ろうとしていた。いや、私が跳ね返そうとしていた。

 聞きたくなかった。分かりたくなかった。本当のことだと認めたくなかった。

 胎内で背中合わせになったまますごしているかのような関係を、この鋭いのに心地よくて暖かくて、どこまでも痺れるぐらいに甘やかなこの関係を…よりにもよって、貴方が壊そうとするなんて。

 だけど、それに答えられなかった私も私だ。すぐさま大嫌いだ、とそう言えたら良かったのに。…私は、できなかった。

 無言、すなわち肯定を表す。時として何も言わないことは、下手にぺらぺらと言葉を並び立てるよりもよっぽど、重く確かに、そこにあるものを意識させる。

 私の心の内を知らずに、貴方は酷いことを言う。でもその声には切実さと必死さが滲んでいて。私は結局、貴方のことを詰ることができなかった。

 それに少しでも喋って仕舞えば、少しでも本心を見せて仕舞えば、きっと、これまで隠してきたことの全てを話してしまいそうだったから。

「…何も言ってはくれないの?」

 貴方の寂しげな声が耳に刺さる。貴方の顔を見た訳でもないのに、貴方が今浮かべているであろう表情がありありと瞼の裏に映る。

 目を閉じればそこに貴方がいて、目を開ければそこは現実で。逃げられないと言う事実が、どんどん私の首を優しく絞めるようにその手をあてがう。

 喉に当てられたそれが段々と気道をやわく狭めていくのに急かされるようにして、吐き出された息に音がのった。

「嘘を吐くわけには、いかないの」

 その言葉は酷く震えて弱々しくて、世に言う哀れな女とは、こんなものなのだろうかと他人事にそう思った。だけどそれが自分だと言うことをひとたび認識すれば、酷く醜く聞こえるのはなぜたろう。…私は、知らない。

「どう言う意味?」

 貴方はもう半分泣いているような声だった。泣きたいのは私もだ、と心の中で悪態をつく。

 振り向けないこの関係を、もどかしいと言う言葉をいじらしいに置き換えて現状維持に甘え続けるこの関係を、なくしたくはないのだ。

 それなのに、出てきたのはほのかな微笑みだった。

「そのままの意味」

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