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妖精の瞳~平凡な私が天才魔術師に捕まったワケ~  作者: 古倉慎


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7話 「私に魔法を教えてくれませんか」

 ロザリーが図書室を出て、寮へ帰ろうととぼとぼと歩く。


「はあ、どうしよう……」


 大きなため息をつきながらぼやいていると、玄関ホールに見慣れた人影が見えた。


「ロザリー! 無事だった!?」


 駆け寄ってきたアマリアが、ロザリーの肩をひしっと掴む。それに、少しロザリーの気もほっと緩んだ。


「大丈夫だよ、待っててくれたの?」


 アマリアを安心させるように、肩に置かれた手にロザリーのそれを重ねる。すると、アマリアも安堵したようだった。


「追いかけるか考えたんだけど、変に警戒されるとよくないと思ったの。ごめんね、庇ってあげられなくて」


「ううん、そんなことないよ。心配してくれてありがとう」


 申し訳なさそうな顔をするアマリアに、ロザリーは微笑む。


「そっか、帰りながら話を聞かせてちょうだい」


「うん」


 ロザリーはアマリアの言葉に頷いたものの、その胸中は晴れやかとは言えなかった。



 アマリアには大体の事情を話し、今日はそのまま寮に泊まってくれることになった。ロザリーは平気だと言ったが、テオの一方的な要求や態度にアマリアは予想よりも怒っているようだった。ロザリー自身も、その気持ちはよく分かる。アマリアが同じ目に遭ったら怒るだろう。その気持ちに甘えて、泊まってもらうことにした。


「おはよう、アマリア」


 アマリアは朝が弱く、まだ船を漕いでいる。一足先に起きたロザリーは、手際よく朝食の支度を始めた。

 スープに入れる野菜を刻んで鍋に入れていると、足をふわりと毛の感触が撫ぜる。


「昨日の、本当に平気だったのか?」


 アマリアとロザリーの話を聞いていたウェルシュが、心配そうにロザリーの足に絡んだ。料理の手を止めてそれを抱き上げて、柔く頭と顎を撫でる。

 ごろごろと喉を鳴らすウェルシュに、安堵の息を吐いた。


「平気よ、おばあちゃんには言わないでね」


 心配させてはいけないと、ロザリーがウェルシュに釘を刺す。すると、ウェルシュは不服そうに鼻を鳴らした。


「言わないけどさ、俺はそいつと関わらない方がいいと思う」


「そう? どうしてそう思うの?」


 珍しく深刻そうな口調で、ウェルシュが告げる。ロザリーは少し驚いて、抱き上げたままその顔を覗き込んだ。


「魔法使いなんて偏屈なやつばっかりだ。力の強いやつは尚更だ。そんなやつが、ロザリーを傷つけないとは限らないだろ」


 ぶつくさと言うウェルシュに、ロザリーは顔を綻ばせ、その頭をそっと撫でた。


「心配してくれてるのね」


「当たり前だろ。お前はヴィオラの大事な娘だし、俺の妹だ」


 いつもは自由気ままな猫だが、ロザリーのことを大事に思い、何だかんだ気にかけてくれているのだ。それを実感して、少し心中が温かくなる。


「ありがとう、ウェルシュ」


「う、ううん……」


 ほっと一息つくと、アマリアがううんと唸って寝返りを打つのが見えた。


「そろそろアマリアが起きるわ」


 ロザリーがそう言うとにゃおん、とウェルシュは鳴いて窓の下の定位置に行ってしまう。


「ほら、今日は寮で近いからって、いつまでも寝てると遅刻するよ」


 アマリアを揺すり起こすと、眠そうな瞳がゆっくり開かれた。


「……おはよう、ロザリー」


 ゆっくりと身を起こし、アマリアは眠たそうに目を擦っている。


「はい、おはよう。朝ご飯すぐできるから、お皿出してくれる?」


「ええ、もちろんよ!」


 ぱちりと目が開き、先ほどの眠そうな様子が一転、ベッドから降りた。


「何作ってるの?」


「簡単なスープだけど」


「ありがとう!」


 そう言ってロザリーは、途中にしてしまっていたスープ作りに戻る。


 ロザリーの作ったスープとパンを二人で運び、食卓へ並べる。


「ロザリーは生活魔法に関してはプロね」


 手際よく朝食を作ったことに関してか、何気なくアマリアがそう言った。幸せそうに、ジャムを塗ったパンを口に運ぶ。何故かアマリアのその姿を直視することができなかった。


 アマリアの言葉に、食事の手がいつの間にか止まってしまっていた。

 そう、それはそれ以外とりえがないということを示してる。もちろん、言った本人にそんな気持ちはないだろう。

 だけどその言葉は、ロザリーの心に影を落とした。


「ふふ、ありがとう」


 アマリアに気付かれる前に、食事を口に押し込む。


 ロザリーの心は、決まっていた。



 その日の放課後、ロザリーはとある部屋の前に立っていた。ノックをして、中に入る。

 すると、そこには少し驚いた顔のテオが座っていた。


 ぺこりと頭を下げると、読んでいた本を閉じ、座るように促される。それに従って腰を下ろすと、テオが口を開く。


「こんなに早く来るとは思っていなかった」


「そうですよね、でも私の望みは最初から決まってました。あの日、中庭で女の人に聞かれたときから」


 テオは不思議そうな顔をするが、構わず言葉を続ける。


「私、魔法の才能がないんです。家族のすすめで入学したけど、魔法の技術はいくら練習しても上がらない。生活に使えるような、ささやかなものしかできない。」


「ーー炎よ」


 少し躊躇したものの、意を決して炎を出す。今のロザリーの、全身全霊。それは、両の手のひらに収まるくらいのものにしかならなかった。


 絶句したのか、テオが信じられないという顔でこちらをみている。


「座学をいくら頑張っても、学院ではたいした成績になりません。だから、私に魔法を教えてくれませんか。首席のあなたに教われば、私も何か変わるかもしれない。何か掴めるかもしれない」


 テーブルに頭を擦り付けるように深く下げる。知識と経験のないロザリーでは、どうしたらいいか分からない。こちらが要求できるものは、これしかない。


 無理でも、調査に関しては引き受けよう。そう心に決めて、返事を待つ。


「ーー分かった」


「本当ですか!」


 ロザリーはぱっと顔を上げ、テオを見る。


「時間を拘束するんだ。それくらいの面倒は見てやってもいい」


「ありがとうございます! ランベールさん」


 そう言うと、テオは少し顔を歪め、ため息を吐いた。何か失礼なことをしただろうか、と身構える。


「テオでいい。家名で呼ばれるのは好きじゃない」


「わ、分かりました。よろしくお願いします、テオさん」


 テオは浅く頷き、口を開く。


「ならまずは状況の確認だな。このあと時間はあるな?」


「はい。私は寮に住んでるので多少遅くなっても平気です」


 ロザリーは姿勢を正して、机の向こうのテオにしっかりと向き直った。


「そうか。あの後学院側に再度確認してみたが、お前が言うような女はいなかった。訪問者もその日はない」


 テオが淡々と告げた言葉に、ロザリーは一瞬目を見開いた。


「そう、だったんですね、本当にあの人誰だったんだろう」


 記憶に残る女の面影を思い起こすが、答えは出ない。


「仮定が一つある。その前に聞かせろ、お前はその女と何を話していた?」


 険しい顔のテオに、慌ててロザリーは続きを話す。


「ええと、丁度私の魔法の話をしていたんです。浮かない顔だから悩みでもあるのって。サンドイッチのお礼に聞いてくれるというので、つい話してたんです。それを慰めてもらったんです。あなたは大丈夫って」


 曖昧な記憶が脳裏に浮かび、それをどうにか手繰り寄せる。


「その後、だったかな。女の人に手を握られて、それをきっかけに景色が変わっちゃったような気がします」


 テオは少し悩んだ様子を見せたが、ふむと何かを納得したように息をついた。


「僕の仮定を検証するためにはお前に実験に協力してもらう」


「明日、またここに来い。その時までに準備をしておく」


 決定事項としてロザリーの行動を決められたのは少し気になったが、しょうがないかと内心ロザリーは諦める。魔法の特訓に付き合ってくれることには、嘘はないだろう。ならそれを信じて、ロザリーも協力するしかない。


「はい。では私はこれで」


 ロザリーが軽く礼をしつつ立ち上がると、テオももうここに用はないようで後に続いた。そして共に図書室から出るが、玄関ホールとは反対の方へ歩いていこうとする。


「あの、テオさんは帰らないんですか?」


 気になってロザリーが声をかけると、テオは渋々と足を止めた。


「明日の準備がある。今日は学園に泊まり込むつもりだ」


 泊まり込みなど大変だろう、寮の方に住んでいればさほど不便ではないのだろうか。思ったままをそのままロザリーは口にした。


「そうなんですね。寮に住んでるんです?」


「質問が多い。お前には関係ないだろう」


 ぴしゃりと不機嫌そうな顔が、ロザリーの質問を跳ね除ける。アマリア以外の人と話す機会があまりないから、つい根掘り葉掘り聞いてしまったとロザリーもそれ以上追求することはしなかった。


「すみません。あまり遅いと、寮の夕食に間に合いませんよ。ではまた明日」


 ぺこりと頭を下げて、いたたまれなさに少し早足で廊下を歩く。ロザリーの足取りは、図書室を訪れた時よりもだいぶ軽いものだった。

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