4話 「昨日中庭にいた女だな?」
ウェルシュに見送られ、ロザリーは寮を出た。祖母と暮らしていた家は、街からも寝ずに歩いても丸一日かかるほど遠い。だからロザリーは寮を借りていた。そういう生徒は少なくないと、入学時に説明を受けた記憶があった。
玄関から出ると、ロザリーと同じように何人かの生徒がばらばらと学院に向かって歩いて行く。
寮自体は学院の敷地内にあるが、そもそも学園が広いために少し歩く必要があった。
アマリアは街に部屋を借りているから、いつも朝は別々でロザリーとは教室で落ち合うことが多い。
段々と増えていく、生徒たちの談笑の声。いつもならやり過ごすその声は、どこか色めき立っているように見えた。生徒たちは口々に何かを囁き合い、はしゃいだり首を傾げたりと反応は様々である。中には一度学舎の方に向かったのだろうに、慌てて友人たちの元に戻ってきて何かをまくし立てている者もいた。
段々と学舎に近付くにつれ、入り口の周りがやけに騒がしいことにロザリーは気付く。どうやら人だかりができているようだ。
「なんだろう……、今日何かイベントでもあったっけ」
ロザリーは一考するが、思い当たるものはない。何かあったのだろうとは思うが、ロザリーは自分には関係がないだろうと捨て置くことにした。
(とにかく私は早く魔法を使えるようにならないと、今日はどうしようかな……)
ロザリーは今日の特訓のスケジュールを考えながら、玄関へと向かうために人混みをかき分けて進む。
「どうして、ランベール様がこんなところに!?」
「なんか誰か待ってるみたいじゃない?」
「あの妖精が、こんなところで何してるんだ?」
周囲の会話を切れ切れに聞きながら、様子を窺うために辺りを見回した。皆何故か学院の中には入らず、その前に留まっている。囁き合っては何かを見つめているようで、ロザリーもその注目に釣られるように視線の先へと目を向けた。
別段特に変わりはないのではないかとロザリーは首を傾げるが、玄関ホールに立っている人影に気付く。すらりとした長身と、後ろで括られた美しい長髪は女かと見間違えるほどだった。だが、鋭い目つきや体格で男性だと分かる。
「ーー綺麗な人」
ロザリーの口から、思わず感嘆のため息が漏れた。不機嫌を隠さない態度を差し引いても、整った顔立ちは人の目を惹く。
その青年は腕を組み、横を通り抜ける生徒の顔を睨みつけていた。
面識はないものの、ああいう人も学院にいるのかと思うと、ロザリーの気分も多少落ち込んでしまう。だがここを通らねばいつまで経っても教室に行けやしない。先人たちに倣い、ロザリーは身を小さくして青年の横を通り抜けようと小走りに駆け出した。
だが、それは叶わなかった。
「そこのお前」
その声と共に、ロザリーの腕が強引に掴まれる。
「きゃっ!?」
咄嗟にその腕の主を見上げると、玄関に陣取っていた青年だった。
「昨日中庭にいた女だな?」
「へ、え?」
そう言われ、ロザリーはその顔をまじまじと見つめる。そうして気付いた。たらりとロザリーの背中を冷や汗が伝う。目の前の青年は、昨日中庭での異変を目撃したその人だった。
あの後どうなったのかをロザリーは知らない。昨日のことを怒っているのだろうか。
「き、昨日はすみません!」
ロザリーが焦って頭を下げると、青年は目を細めて息をつく。
「あれはお前の仕業だったのか」
やっぱりとでも言いたげな態度に、ロザリーは更に慌てて首を横に振った。
「いえ、あれは、私がやったわけじゃないというか、なんというか……」
見下ろされ、青年の高圧的な態度に萎縮して、ロザリーの口からうまく言葉が出てこない。そもそもどうしてあんなことになったのか、知りたいのはロザリーの方だった。
「とりあえず僕の研究室まで来い。あの事象について、詳しく聞かせてもらうぞ」
「え、ええ!? そんな、授業が……!」
青年の言葉に、思わずロザリーは大声を上げてしまう。はっと周囲を見回すと、生徒たちの視線が目の前の青年含めロザリーにも集中していることに気付いた。
(ただでさえ同じ教室の生徒の中でも浮いているのに、これ以上変なこと言われたら耐えられない……!)
それに、ロザリーが彼について行ったとしても説明できることなど何もない。もし事情を聞くなら、自分よりもあの女に聞いた方が早いことをロザリーも理解していた。
「い、いえ、お断りします!」
「……はあ?」
青年がロザリーの返答に、呆気に取られた顔をする。その瞬間に掴まれていた手を振り払い、学院の中へと飛び込んだ。
「私本当に何も知らないんです、ごめんなさい!」
ロザリーは青年と距離を取り、ぺこりと一礼をしてそのまま駆け出す。
「お、おい待て! 二度も僕から逃げる気か!」
投げかけられる声には振り返らず、ロザリーは一目散に教室へと走った。
ロザリーはやっとの思いで教室の前に辿り着き、恐る恐る後ろを振り返る。そこにはばらばらと教室にやってくる生徒がいるだけで、先ほどの青年の姿はなかった。
少し安堵したロザリーが教室に入り、席に着くとアマリアがギョッとした顔でロザリーを見る。
「ちょっと大丈夫? 汗だくじゃない」
前の席のアマリアが、慌てて冷風をロザリーに向けた。そんなアマリアに礼を言いつつ、どうにか呼吸を整えていた。
「平気……ありがとう……なんか、今朝上級生っぽい男の人に追いかけられそうになって……」
「何それ!? 大丈夫なの!?」
ロザリーがあったままを伝えると、アマリアは信じられないと言うように声を上げる。周りに聞こえていないか、一瞬周囲を見回すが皆気にしていなかったようだ。
少し落ち着きを取り戻したロザリーは、力無い笑みを作りアマリアに笑いかける。
「とりあえずは平気」
「そう? 無理しないでよ。……もう、女の子を追い回すなんてなんなのよ。災難だったわね」
「う、うん」
アマリアが怒ってくれるおかげで、少しロザリーの胸がすいた。
あの青年には、ロザリー自身が何も知らないことは伝えている。きっとすぐに興味を無くすだろう。
そう、思いたい。
一先ず呼吸の落ち着いたロザリーは、大人しく朝の授業をそつなくこなすことにした。




