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妖精の瞳~平凡な私が天才魔術師に捕まったワケ~  作者: 古倉慎


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27話 「我はウンディーネ、水の子、水底の愛、魂持つ水」

 ロザリーは担がれて、どこかに連れて行かれているようだった。最初は声を上げて抵抗しようと思ったものの、ブランドンに痛い目に遭いたくなければ抵抗しない方がいいと脅され、大人しく運ばれていた。


「しばらく大人しくしていて下さいね」


 その言葉と共に、どさりと固い地面に体を打ち付ける。どこかに放り投げられたのだろう。思わず呻くが、足音と共に戸を閉める音が聞こえた。


 このままだと周囲を見回すことも、起きることもままならない。全身を拘束され、轡のせいで詠唱をすることもできなかった。どうにか腕の縄が緩まないかと藻掻いていると、小さな声がした。


「瞳、苦しい?」


 頭の中に響く幼い声に、見えずともはっと顔を上げる。最初に見た、ロザリーを呼んだ小さな妖精の声に似ていた。

 こくこくと首だけを縦に振る。すると、小さな何かがロザリーの顔を這った。びくりと体が揺れるが、それをどうにか収めてじっと待つ。


 すると、しゅるりと微かな衣擦れの音がして、轡と目隠しが外れた。視界が開け、木張りの部屋が目に入る。何かの荷物置き場なのか、様々の木箱や樽が積まれている。天井の低い小さな部屋で、入り口は布の隙間から外の明かりが僅かに差し込んでいた。

 そして、ロザリーの眼前には手のひらほどの子供が、ひらひらと羽をはためかせている。鳥かごの中にいた子と、やはり少し似ているように見えた。


「ありがとう、助けてくれて」


「腕の、複雑。難しい」


 ロザリーが小さく礼を言うと、ふにゃふにゃと妖精は相貌を崩す。


 ロザリーが起きようともがいていると、がたんと部屋が揺れた。バランスを崩して床に体を打ち付ける。


 そのまま、細かい揺れが断続的に始まった。ふと、森から街に来るときに乗った馬車の揺れを思い出す。どっどっ、と心臓が早鐘を打ち始めた。じんわりと鼻の奥が熱くなってくる。唇を噛みしめ、泣いてしまいそうなのをこらえながら、小声で呼びかける。


「ウンディーネ、どこにいるの」


 震える声は、軋む馬車の音にかき消されそうだった。沈黙に耐えきれず、ぎゅうっと目を閉じる。


「ロザリー、私はここよ」


 あの、頭の中に響く声がした。はっとして、周囲を見回すと、再びその声が響く。


「その荷のどこかにいるわ。布で巻かれて、よく見えないのだけど……」


 ほとんどの荷物は木箱だが、ウンディーネの言うように布の上から紐で括られているものがあった。


「多分、あったと思う」


「お願い、私の近くに来て欲しいの。顔が見られれば一番良いけれど、できるだけ近くに」


 分かったとその声に応じて、木箱の方へと這って近付く。少し時間をかけて荷物の横に近付けたが、縛られたロザリーでは届かない。どうにか体重をかけ、木箱へ寄りかかるように這い上がる。


 じりじりと焦燥感と共に、汗がロザリーの額を伝った。馬車の音は一定のはずなのに、段々と速くなっているように感じる。


 檻は目と鼻の先だ。一息吐き、意を決して、檻へと頭を伸ばし、布を歯で噛みしめる。


「ぐ、ううっ」


 声を上げぬよう、音を立てぬよう、懸命に引いた。布に唾液が染み、ぱたぱたと木箱に垂れ落ちる。

 そうしてしばらく、どこかに引っかかっていたのか、鳥かごから布を取り去ることができた。


「っ、げほっ、ごほっ……」


「ごめんなさいね、無理をさせて」


 鳥かごの中では先ほど見た光景と変わらず、手のひらほどの大きさになったウンディーネが座り込み、心配そうにロザリーを見つめている。


「いいの、場所が分からないといざというとき一緒に逃げられないし。さっきは庇ってくれてありがとう」


「いいのよ、私が勝手にしたことだもの」


 そうやって笑うウンディーネはどこか力ないように見えた。


「どうにかしてここを抜け出さないと、今あなたはどういう状態なの? その鳥かごは一体?」


「この檻については、今私から説明できることはないわ、ただ妖精を捕らえる魔法道具のようなものなの。非常な強力で、厄介なものだわ」


 言葉少なに説明するウンディーネに、ロザリーは相槌を打つ。ちらりと時折馬車の外の景色が見えるが、日が昇っているようには見えない。


「ウェルシュが気付いたら助けてくれるかもだけど、私がここにいるって分かるかな……」


「あのケットシーね」


 そう言ってウンディーネがううんと悩む仕草を見せた。


「ケット……? それってウェルシュのこと?」


「あの妖精の名よ。あなたが呼んでいるのは個の名前だわ」


 ブランドンが、ロザリーの近くに妖精がいるのだろうと言っていたのを思い出す。


「そういえばウェルシュも妖精だったんだ」


「ええ。私と入れ替わりに解放された子がいるから、上手くいけばそのケットシーも彼らが合流しているかもしれない」


 その言葉を聞いて、ロザリーは肩の力を抜いた。だが、ウンディーネの表情は暗く、じっとロザリーを見つめている。


「けれど、その前に私たちが連れて行かれてしまう可能性の方が高いわ」


「じゃあどうすれば……」


 思わずロザリーは、ぺたりと木箱に頬をつけた。腕もきつく縛られているせいで、痺れてきたような気がする。小さな妖精がロザリーを気にかけるように頭を撫でるが、それに気付く余裕も今のロザリーにはなかった。

 そこに、ウンディーネが意を決したように声をかける。


「でも大丈夫よ、ロザリー。私たちの愛し子。妖精は皆、妖精の瞳の持ち主を、あなたを愛しているわ。王がなんと言おうとも」


 ぱちりと思わず瞬きすると、ウンディーネは真剣な瞳をこちらに向けていた。体は小さくとも、その存在感に息をのむ。

 王、という言葉は、独り言のように呟かれた。それについて聞こうと口を開くが、ウンディーネがさらに続ける。


「そしてそれは私も同じ。だから、力を貸して」


「ロザリー・アネット、美しき妖精の瞳。彼らを突破するためには、あなたの力が必要なの」


 ウンディーネの視線が、痛いくらいに注がれていた。だがロザリーははっとして、ふるふると首を横に振る。


「私なんかにできることなんてーー」


 今自分にできることは何もない。魔法も、この拘束を抜け出すことも叶わないだろう。すると、ウンディーネが言葉を遮るように声を上げる。


「できるわ。あの時、私とあなたが初めて出会った日と一緒、今度はあなたが私の力を使う時よ」


 もう少しこっちに来て、と手招きをされ、恐る恐るウンディーネの近くに顔を寄せた。


「私に、檻に触れて」


 ロザリーは、手を伸ばせない代わりに頬を寄せる。


「目を閉じて、あなたがいつも習っているように、イメージして。全てを飲み込み、破壊するほどの濁流を」


 ウンディーネの声色に、ぶるりと体が震えた。ウンディーネの言葉に呼応して、ロザリーの思考がそれを描き出す。

 激流の荒々しい流れ、滝の打ち付ける水、体中を打ち据える豪雨。


「我はウンディーネ、水の子、水底の愛、魂持つ水」


 自然と瞼が持ち上がる。耳元にさらさらと水の流れる音がした。その隙間から、ウンディーネの歌うような声が響く。


「我が名を捧げ、ロザリーアネットと契約を結ばん」


 ウンディーネの手が、小さな体が青く光った。


「私の名を呼んで、ロザリー」


「あなたの名前は――」


 りん、と鈴のような幻聴が頭の中に鳴る。見つめるウンディーネは微笑んでいた。頭に焼き付くように、一つの言葉が浮かぶ。


「エルヴィーラ」


 彼女に明け渡された名を呼んだ。その瞬間、体が燃えるように熱くなる。息をのんで、それが励起する魔力だと気が付いた。


「さあ、解き放って!」


 高らかなエルヴィーラの声と共に、焼ける体を冷やすように、全てを振り払うように、魔力を振るった。


 水の奔流。体の周りを渦を巻くように水流が現れる。それがロザリーの拘束を切り裂くように解き、ロザリーは鳥かごをとっさに抱きしめた。その間にもロザリーの体を渦巻く水は激流となって、馬車の扉を蹴破り、荷物を押し流し、暴れ回る。


「何が起きている!?」


 ブランドンの焦った声が遠くから聞こえた。馬の嘶き、人の叫ぶ声、木のひしゃげる音。全てが水にのまれたように、遠く現実味がなかった。


(壊して、ここから出してーー!)


 ロザリーは念じ、ただ祈る。その瞬間、体が押し上げられる感覚と共に、激流が馬車の天井を食い破った。


 まるで滝のように水流はロザリーを包んだまま空へと駆け上がる。息ができない、慌てて自ら出ようと手を動かしても、激流にのまれ、荒れ狂う水面に届かない。


「駄目よロザリー! このままではあなたが!」


 エルヴィーラの悲痛な声が頭に響く。それに血の気が引いた。


(いや、助けて、誰か!)


 叫んだ言葉も水にのまれて、声にすらならない。

 水流はなおもロザリーを取り込んだまま、今度はその激流のまま落下し出す。再び馬車の元へと降り注ごうとしていた。


 ぼろきれのようだった馬車。その周囲にいる人間を食らうように、水の竜は地面へと食らいつく。

 ロザリーの全身を衝撃が襲い、思わず檻を取り落とした。だが、勢いは収まらないまま激流は暴れ続ける。


 水流に巻き上げられ、それは天に昇って行った。空気が足りなくて、勢いの強さに水を何度も飲み込んでしまう。溺れる、と思った瞬間、声がした。


「許せないの」


 少女の声だ。だがそれは怨嗟に満ちていて、聞くものを震えさせるほどの憎しみに満ちている。


(誰、なの……?)


 そう言おうと口を動かした瞬間、ロザリーはがつんと頭を殴られたような衝撃を受け、意識を失った。

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