25話 「ロザリーが変な人間に攫われたんだ」
テオは今日何度目かのため息をついた。
学院に許可無く居残り、テーブルには試験管が並んでいる。そこには、魔力の性質順に整列してる学院の各場所のマナが入っていた。
それらを見やり、テオは深く椅子に身を沈める。いつにもまして今日は集中できなかった。
今日は厄介な来客があったこともそうだが、ここ数日はテオは研究に集中できない日が続いている。
目を閉じれば、顔を歪め、今にも泣き出しそうな顔をしたロザリーが頭に浮かんだ。その後彼女がどういう顔をするのかを、テオは知っている。
テオは眉間にしわを寄せ、その幻影を振り払った。部屋には誰もいない。テオだけだ。
こうも集中できなくては学院に居座る意味もない。立ち上がり、大して持ってない荷物をまとめる。
その手が、ふと止まった。憂鬱には馴染みがある。生家にテオの居場所はなかった。無意味だと分かっていても、常に負の感情がテオを研究に突き動かしている。
だが、ここ数日振り回されている感情の名を、テオは知らなかった。
ロザリーは魔力は凡庸、何か特殊な性質が本人にあるわけでもない。だが、今まで関わったどの人間とも何かが違う。
正体が分からない。だから尚更、あの傷ついた顔を見たくなくて、ロザリーを呼びつけることすらできずにいる。
学院で見かけた後ろ姿も、どことなく気落ちしているように見えた。
だが最初にけしかけてきたのは、あちらの方だ。それでもあの丸まった背中が自分のせいなのだとしたら、なぜか首が絞まったように、呼吸が難しくなる。
身体機能は正常だと、魔法のおかげで誰よりも理解しているはずなのに。
どうにか図書室を出て、玄関ホールへと向かう。施錠された戸を魔法で開け、施錠し直した。
ふと、夜闇の林に目が行く。あまり夜の散策はしたことがなかったが、どんな手がかりでも欲しいと向かうことにした。
林の中はしんと静まり返っている。あてどなく歩いていると遠くから、枝を踏む音がした。とっさにテオは息を潜める。
「ロザリー! どこ行ったんだロザリー!」
若い男の声のようなものが聞こえた。だがどこかこもっているような妙な響きがある。勿論聞き覚えはないが、ロザリーの名前が出て思わずテオは足を止めた。
その男のような声は何かと話しているようで、ロザリーに探しながら誰かと話をしているようだ。呼びかけられている人間の声は聞こえない。
ロザリーの周りには、アマリア以外の友人は見かけたことがなかった。無意識にテオは眉間にしわを寄せながら、そちらに忍び寄る。
「お前ら、ちゃんと探せ! 本当にどこに行ったか分からないのか?」
ロザリーに何の用があり、そいつらはなぜこんな場所を探し回っているのか。更に近付こうと魔法を唱えようとすると、突如男の焦った声がした。
「人間がいる!? お前どこだそれ!」
内心気付かれたかと歯噛みする。魔力を束ねて、万一に備えた。がさがさと小さな物音が近づいてくる。
「誰だ、ロザリーを攫った仲間か!?」
男が放った言葉に耳を疑った。もうその時点で、相手が何者かどうかテオの頭から抜け落ちる。テオはその言葉の真偽を確かめるために、相手の前に飛び出してしまっていた。
「アネットに何があった!」
そう言って飛び出せば、視線の先には誰もいない。きょろきょろと辺りを見回すが、人影は見えなかった。
「逃げられたか……?」
呆然としながらも魔法による探知を走らせようとすると、ふいに足に何かがぶつかってくる。
「おい、何無視してんだここだ!」
思わず視線を下げると、そこにはロザリーの使い魔の猫がテオの足を蹴り上げたのが見えた。
「お前、アネットの使い魔の……。今話したのは、お前なのか……?」
信じられないと目を見開いて、まじまじと猫を見下ろす。すると猫は二本足で立ち上がり、テオを睨んだ。
「使い魔が言葉を話せるようになるなんて聞いたことがない」
そう言うと猫は忌々しげに顔を歪め、何かを思案するように腕を組む。
「おい使い魔、さっきの話の続きを聞かせろ!」
言葉を重ねるテオに、猫は煩わしそうに首を振った。
「うるせえな! ええいもういい、時間がねえ」
猫は高く飛び上がり、テオの肩に飛び乗る。テオが驚いて振り払おうとすると、首にしがみついて離れない。
「いけ好かねえけど力を貸せ。ロザリーが変な人間に攫われたんだ、助けるのを手伝え。おれたちだけだと、助けられねえ」
テオは猫の言葉に息をのみ、意を決した顔で口を開いた。
「事情を聞かせろ」
そう言うと猫はこくりと頷いた。




