20話 「……だから謝らなくちゃ」
どうにか涙も収まって、ウェルシュと一緒に誰にも見つからないように寮へと帰った。誰かに見られたらと思って気が気ではなかったが、誰ともすれ違わなかった。
ベッドの上で、ロザリーは微睡んでいる。カーテンの隙間から見える日は、だいぶ傾いていた。
「なあ、ロザリー。飯食わなくていいのか?」
心配そうなウェルシュが、枕元でロザリーを見下ろす。それにロザリーは、ゆるゆると首を横に振った。
「……うん、私は大丈夫。ウェルシュは平気? 寮母さんに何かもらってきた?」
「そうかよ。おれは別に使い魔なんだし、少し食べなくったって平気だ」
ウェルシュはそう言って、ロザリーの腕の中に潜り込んでくる。ロザリーはそれを抱き寄せるが、その力すらどこかおぼつかない。
結局、今日も学院を休んでしまった。ずきずきと胸が痛んで、自分の言ったことや学院のこと、全部がロザリーにのしかかって、体を動かす気力が湧かなかった。柔らかいウェルシュと、こんな時ばかり温かい陽光が、ロザリーに安心感を与えている。だが、同時にこのままではいけないと思ってもいるのだが、どうにも動けなかった。
その時、こんこんと寮のドアが叩かれる。ぴんとウェルシュの耳が立ち、ロザリーの意識も音の方へと向いた。
「ロザリー? 体調大丈夫そう? お見舞いに来たわよ」
外から聞こえたのは、アマリアの声だった。ウェルシュが、どうすると問うようにロザリーを見る。その頭を撫でて、ロザリーはようやく重たい体を起こした。
よろよろと立ち上がり、寝巻きのままドアを少し開ける。アマリアは一瞬目を見開いたものの、ほっとしたように目元が緩んだ。
「何よ、思ったより元気そうじゃない」
「うん……、来てくれてありがとう。でも今、人と話せる状態じゃなくって」
弱々しい声でロザリーが言うと、アマリアがロザリーの額に手を伸ばす。ひたりと触れた手は少し冷たく、ロザリーはそれに目を細めた。
「熱はないみたいね。別に話さなくていいわよ。ただ、様子を見に来ただけ。早く病人はベッドで寝てなさい」
そう言ってアマリアに、ベッドへと追いやられてしまう。アマリアはベッド脇の椅子に陣取って、鞄の中から何か瓶を取り出した。
「ロザリー、なんか器借りてもいい?」
「う、うん。いいけど……」
アマリアの言葉に了承を返すと、アマリアはすぐに器を持って戻ってくる。そして、瓶に入っていたオレンジ色の液体を、器に注いだ。
「それ、何?」
流石に横になるのも、と思い、ロザリーはベッドのヘッドボードにもたれる。
「果汁に砂糖を入れたもの。氷菓でも作ろうと思って」
そう言うとアマリアが詠唱すると、器の中身は凍ってしまった。それをアマリアはがりがりとフォークのようなもので削り始める。
ロザリーは慌てて口を開いた。
「あ、あのね、そこまでしてもらうほど体調が悪いわけじゃないの……」
申し訳なさそうに眉を下げるロザリーを、アマリアは一瞥してすぐに視線を手元に戻す。
「別に、あたしがやりたいからしてるのよ。それに、体が大丈夫でも、正直今のロザリー元気そうには見えないわ」
そう言って苦笑したアマリアは、削れた氷菓をすくってロザリーの口に差し出した。それをぱくりと口にすると、冷たさと甘さが口に広がってほろりと解ける。
「美味しい……」
「でしょ。元気出ない時よく食べるのよ。頭冴えるし、嫌な気分も少しましになるから」
そして、またアマリアは氷菓を削るのを再開した。その優しさに、胸が詰まる。
「ありがとう。でもごめんね、私体調不良って嘘ついて休んでたの。だから、そんな風にしてもらえる資格ないよ……」
アマリアの優しさが申し訳なくて、ロザリーは正直にそう言って、目を伏せた。するとアマリアは、目を丸くする。
「あらま、ロザリーが? もしかしても一昨日も?」
「う、うん。そうなの……。ごめんね、心配して来てくれたのに」
ロザリーはベッドの上で肩を丸め、自身の手をぎゅっと握りしめた。だが、聞こえたのはふふっというアマリアの声である。思わず顔を上げると、アマリアは優しげな顔でロザリーのことを見つめていた。
「別に、そういう気分の時くらいあるでしょ。でもロザリーが休むなんて珍しいわね。もしかして何かあった……?」
じっとロザリーを見つめる視線に耐えきれず、ロザリーは歯切れの悪い声を出す。
「ええっと、テオさんと少し、言い合いになっちゃって……」
「えっ! あいつに何かひどいこと言われたの!?」
ロザリーの言葉に、アマリアが少し表情を強張らせた。慌てて、手を振り、誤解を解こうとする。
「ち、違うって! 私がむしろ、ひどいこと言っちゃったの……」
改めて口にしても、その事実がロザリーの肩にのしかかった。アマリアはきょとんとした顔をし、首を傾ける。
「そうなの? もし向こうが悪いなら、あたしが殴ってきた方がいいかと思ったんだけど」
さらりと物騒なことを言うアマリアに、ロザリーは目を見開いてアマリアを諌めた。
「もう、そんなことしなくていいよ! アマリアまでウェルシュみたいなこと言うんだから……」
「えっ、猫ちゃんが?」
てしっと、アマリアに見えない角度からウェルシュの手につつかれる。慌ててロザリーは、誤魔化そうと思考を回転させた。
「そ、そう。その時一緒にいたんだけど、飛びかかりそうだったの……」
ロザリーの額から、汗が伝う。上手く誤魔化せたのか、アマリアはふうんと納得したようだった。
「ともかく、ロザリーがひどいことって、想像つかないわ」
「アマリアは私を買い被り過ぎだよ。私だってひどいこと言っちゃう時もあるし……、でもすごい後悔してる。……だから謝らなくちゃ」
何となく吐き出した言葉が、自身の胸にすとんと落ちる。
(まずはテオさんに謝らないと)
許してもらえるかは分からない。それでも、本意じゃなかったことだけでも伝えたかった。
「事情は分かんないけど、自分でそう思うんだったら行くだけ行ってみたら?」
アマリアが、そんなロザリーの背中を押すように声をかける。じわ、と視界が滲むが、それをこらえてロザリーは立ち上がった。
「うん、そうする」
ふらつく足を奮い立たせて、ロザリーは部屋を出ようとする。が、その腕をアマリアが掴み、肩にウェルシュが飛びかかってきた。
「ちょっと! あたし今すぐなんて言ってないじゃない! 明日にしなさい!」
「えっ、うん、分かった……?」
アマリアに言われて、ベッドに座り込んだロザリーを見て、アマリアとウェルシュがため息をつく。ロザリーは一人首を傾げていた。
「今日はゆっくり寝て、何て言うか考えて、明日行けばいいじゃない」
「確かにそうだね。私、どう謝るのかも考えていなかった」
ほっとした様子のアマリアはロザリーの腕を離し、その肩をぽんと軽く叩く。
「もし不安だったらあたしがついて行ってあげるから」
「ありがとう。でも、少し学院で待っててもらってもいい? 許してもらえなかった時は、慰めて欲しくて」
「しょうがないわね」
アマリアはロザリーの提案に、肩を竦めた。きっと明日はウェルシュが一緒に来てくれるだろう。
「じゃあ、ロザリーも落ち着いたことだし、あたしは帰るわね」
そう言ってアマリアはロザリーに氷菓の器を押し付けて立ち上がった。
「本当にありがとう、アマリア。今度ゆっくりお礼させて」
「気にしなくていいわよ。じゃあまた明日」
ひらひらと手を振って、アマリアは部屋を出て行く。それを見送ったロザリーは、深呼吸をする。
「私、頑張るね」
決意を新たにするように、テオにそう言った。だが、ウェルシュは顔を顰める。
「おれは謝りに行く必要なんて、ねえと思うけど」
「そんなこと言わないで」
仕方ないなとでも言うように、ウェルシュは一つ鳴き声を上げた。




