19話 「それじゃ足りないんです!」
翌日の放課後、ロザリーはいつもの図書室の前に立っている。ロザリーの顔色は良いものではなく、授業を受けている時も身があまり入らなかった。
一昨日の、サリスとの話を忘れたわけじゃない。だが、どうしてもテオを頼ればどうにかできるのではという希望を捨てきれなかった。
焦燥感に駆られるまま、ロザリーは扉を叩き、中に入る。
「……失礼します」
扉を開けると、薄暗い室内にはテオがつけた灯りが灯っていた。恐る恐る奥へと進んでいく。
「昨日はどうした」
本棚越しに、ぴしゃりと冷たい声が投げつけられた。反射的に肩が強張ったが、椅子に腰かけるテオの前に立つ。
「すみません、昨日は学院を休んでいて……」
そう返すと、テオは興味なさそうにふんと鼻を鳴らした。
「まあいい、少し試したいことができた。早速付き合え」
テオがそう言って立ち上がるが、ロザリーはそれを遮るように口を開く。
「それはいいんですけど、その前に一つお願いがあるんですが」
「なんだ」
不機嫌を隠そうともしない態度のテオに、軽く深呼吸をして話を続けた。
「私の魔法についてなんですけど。この体質をどうにかするってやっぱりすぐにはできないんでしょうか?」
「今のところは無理だな」
テオがはあ、と呆れたようにため息をつく。
「呪いの類いでもない、あの妖精に何かされたかと思ったが幼い頃に接触があるわけでもない。つい最近だの話だ。お前のそれも、もう少し専門的なーー例えば塔にでもかかれば理由も分かるかもしれんが、魔法が使えない人間にあの場所は冷たい。それに、魔法が使えない人間など珍しくないだろ」
矢継ぎ早に紡がれる否定の言葉に、ロザリーの心が折れそうになった。
「それなら、早くウンディーネに会ってーー」
「できたらやっている!」
だん、とテオが強くテーブルを拳で打ち付ける。
「糸口が一向につかめないんだ! どのみちお前にかけている時間なんてない」
「そんなーー!」
頭の中ではロザリーも理解してはいるが、どうしても納得できなかった。
「妖精の調査も成果が出ていないんだ。交換条件であるなら、僕が今協力する理由もない」
ぎろりと鋭い視線で睨みつけられ、ロザリーの身が竦む。
「もっと自分で考えて、力を尽くしてからにしろ」
「それじゃ足りないんです!」
テオの言い方に、ロザリーは気圧されてしまう。だが、それを振り払うようにして切実な願いを口にした。
「どんなに魔法を使っても、あのざまで……。それでも魔法学院に入れば、努力すれば変わると思ってました。でも、それじゃ全然足りなくて、私には時間がないんです!」
「……お前の事情なんて、僕が知ったことじゃない」
その言葉に、かっと頭に血が上ってしまう。無理なことを言っているのは分かっている。テオの言うことが正しいなんて、ロザリーも知っている。けれど駄目だと思っているのに、人を傷つけるための言葉がロザリーの喉から飛び出した。
「テオさんみたいな人には、妖精と言われるような天才には、私の苦労なんて分からないから、そんなことが言えるんです!」
ロザリーの言葉に、テオの顔が怒りに歪む。はっと口を押さえるも、飛び出た言葉は戻らない。
「僕を羨むのは勝手だが、確かに理解はできない。平凡な生まれで大して努力をしてなくても、普通はそれくらいの魔法は使えるものだが、それすらできないとは」
きしきしと心が軋む。だから捨てられたのだと背後で囁く声がした。テオが知らないのはわかっている。
ふしゃー、とテオをウェルシュが威嚇する。ウェルシュが魔法を使おうと毛並みが逆立っていった。
「やめてウェルシュ!」
ロザリーはそれを抱きしめて止めようとするが、テオは嘲笑うように鼻で笑う。
「はっ、あまつさえ他人の使い魔に縋るのか。ずいぶん甘やかされて生きてきたんだろう」
確かに、祖母はロザリーを愛してくれた。だが、実の両親はどうだったのだろうか。
体が震える。考えてはいけないと思うのに、思考が止められなかった。
ロザリーを疎ましく思い、あるいは何も関心を抱かなかったのか。それすらロザリーは知らないのだ。物心がつく前に捨てられたのだから。
「もう、帰ります」
ぽろり、と涙がこぼれる。それを見て一瞬テオが目を見開いたが忌々しげに顔を歪めた。
これ以上テオの言葉を聞いていられなくて、泣きわめく様子も見られたくなくて、図書室を飛び出す。
学舎をがむしゃらに走り回って、息が切れて、足がもつれて、その場に座り込んだ。
生徒たちの喧騒が遠く聞こえる。目が熱い、涙が溢れて止まらなかった。低く嗚咽をもらす、それを誰にも聞き咎められたくなくて、ロザリーは声を押し殺した。
「ロザリー!」
ウェルシュが飛び付いて、ロザリーの腹に顔を擦り付ける。
「ごめんな、庇ってやれなくて……。あいつの言うことなんか気にすることねえよ」
そこまで言って見上げたウェルシュの額に涙が落ちた。
「やっぱりあいつぶっとばしてこようか?」
怒気を帯び低くなる声色に、ロザリーはゆっくりと首を横にふって返す。
「……ここにいて」
「分かった、おれはロザリーの味方だからな。あいつロザリーのこと知らねえくせに、好き勝手言いやがって」
ウェルシュが優しくロザリーを慰め、涙で濡れる頬を舐めた。
「でも、ひっく、う、私もひどいこと言っちゃった……」
だがロザリーは自責の念に駆られ、ぐずぐずと鼻を鳴らす。
「妖精って呼ばれてること、妖精を探してること、関係あるのかなって。だからってあんなこと言うつもりなかったのに、最低だ私……」
テオに申し訳ない気持ちと、色々な気持ちがないまぜになって、ぼろぼろと涙が止まらない。
ウェルシュにしがみつき、嗚咽を殺す。ウェルシュはロザリーが泣き止むまで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのも厭わずそうさせてくれた。時折、柔らかな肉球がロザリーの頬を撫でる。それがいっそう優しくて悲しかった。




