16話 「私、テオさんと友達になりたかったんだ」
翌日は、ウェルシュを連れて一日を過ごしていたが、呆気ないほどに何も起きなかった。何やらウェルシュは、ロザリーの話を聞いて考え込んでいたようでどこか反応が鈍い。
その横顔をつんとつつく。がウェルシュは、振り払うこともしない。
ロザリーはため息をついて、テオの方へと歩く。
「どうですか?」
周囲を観察しているテオに、後ろから声をかけた。放課後の中庭は、今日も閑散としている。テオの顔は、魔力観測器に覆われていた。
「集中してるから黙っていろ」
偉そうな言い方は相変わらずで、テオは振り向くこともなく言う。フィールドワークを兼ねつつ、昨日の魔力の痕跡を確認しているのだ。
ロザリーはといえば、目測で分かる変化がないかどうかを観察している。といっても特に異常は見当たらず、テオはずっとあの調子なので今は手持ち無沙汰だった。
「そういえばお礼、どうしよう」
ぽつりと独り言が口からこぼれ、ううんとロザリーは鼻の頭を掻く。ロザリーに用意できるものは限られていた。菓子作りはアマリアには敵わない。高価なものは用意できない。唯一喜びそうな妖精の手がかりも、テオに掴めないのならロザリーがどうにかできるはずもなかった。
一本一本指折り数えてみるが、残ったのは取り柄の料理くらいである。先日の反応を見る感じ、ロザリーの作ったものが口に合わなかったというほどではないだろう。完食していたし。
粗方観察し終わったのか、テオが魔力観測器を外す。ばさりと、括った長髪ごと頭をぞんざいに振ってロザリーの方へと歩いてきた。
「そっちはどうだ」
「特にそれらしい痕跡はなかったです。テオさんの方はどうでした?」
ロザリーがそう聞くと、テオはきゅっと眉間に皺を寄せる。
「それらしい魔力は残っていたが、薄いものしかなかった。これじゃ証拠の一つにもなりやしない」
それだけ言って、テオは魔力観測器の方をいじり始めてしまった。ロザリーは先ほどの提案を口に出そうか、そわそわと迷っていたがやがて口を開く。
「……実験とは関係ない、その、雑談なんですけど。いいですか?」
「なんだ」
テオは何かに集中している時、話半分に人の話を聞く。顔を向けないことなんてしょっちゅうだ。だが、今のロザリーにはその癖がありがたかった。
「テオさん、明日のお昼ご一緒できますか?」
「構わないが、何か案でもあるのか?」
そこまで言ってテオが顔を上げる。かちりと視線が合うと、妙に気まずい。というか実験とは関係ないと今しがたロザリーは告げたばかりだったのだが。
「昨日助けてもらったのと、送ってもらったので、そのお礼にお弁当を作ろうかと……」
ロザリーがおずおずと言うと、テオは虚をつかれた顔をした。
「……別に礼なんていらん。あれは僕が僕のためにしたことだ」
「でも、助けてもらったことは事実ですし、気が済まなくって。それにテオさんってあんまり食事とか疎かにしてそうですし……」
多少偏見が混じっている気もするが、先日の様子から見るにそう間違った予想でもないだろう。そしてテオは、今確かにロザリーから視線を外した。
「いらん。多少食わなくっても死なないだろ」
「でも、肝心な時に体調崩して、研究ができないってことになったらどうするんです?」
ロザリーの言葉に、テオは黙り込んでしまう。
よくよく考えたら、相手は貴族の子息なのだ。舌は肥えているだろうし、なんなら得体の知れないものは食べたくないかもしれない。もしかしたら、前も無理矢理食べさせただけなのでは、とロザリーの気持ちは段々と萎んでいく。
沈黙に耐えきれなくなって、ロザリーは口を開いた。
「お弁当は私が作りたいだけなのでいいですけど、食事はちゃんと取ってくださいね」
にこりとロザリーが微笑む。それにテオは一瞬息を呑んだ。そして、はあと一つため息をつく。
「……毒は入ってないだろうな」
「えっ、食べ物にそんなことしません!」
「なら食べる。中庭か」
テオは聞き捨てならないことを聞いた後、あっさりと了承を寄越した。てっきり断られたつもりでいたロザリーは、驚いてまじまじとテオの顔を見つめる。
「おい、何を呆けてる」
「あっ、いやなんでもないです。中庭でお願いします」
「分かった。今度は周辺を見てくるか」
そう言ってテオは、また魔力観測器をつけてしまった。
「あの、テオさんは何か食べたい物とか、食べ物の好き嫌いはありますか?」
ロザリーがテオに声をかけると、歩き出そうとしたテオが立ち止まる。無言で考え出すテオは、魔力観測器をつけたままのためどことなく面白く見えてしまう。
ややあって、ぽつりとテオが呟いた。
「食材で苦手だと思ったものはない。味は、辛いものや酸味の強いものは好まない」
「なるほど。ありがとうございます!」
苦手な味付けを聞けたのはとてもありがたい。ロザリーが頭の中のメモに書き込んでいると、またテオが口を開いた。
「あと、食べやすいものの方がいい」
「分かりました!」
頭の中で献立を考える。なんだかそわそわとした気分のまま、観測を続けるテオの後に続いた。
*
翌日、ふとロザリーは呟いた。
「ねえ、アマリア」
「どうしたの? 機嫌いいし、何かいいことでもあった?」
にまにまとした顔で、アマリアがこちらを見ている。授業の合間、ちょっとした休憩時間だ。いいこと、と言われると心当たりはないが、アマリアには聞きたいことがあった。
「特にないけど。でも、私とテオさんって友達だと思う?」
アマリアも耳元にひそりと顔を寄せて、恐る恐る尋ねる。すると、離れたアマリアは少し怪訝な顔をしていた。
「うーん、そこからかあ」
「何が?」
肯定でも否定でもない答えに、ロザリーは目を瞬かせる。アマリアは机の上に頬杖をつき、曖昧に笑った。
「それ、本人に言ったの?」
「聞けるわけないよ。というかやっぱり違うよね……」
ロザリーは友人が少ない。故郷にいた頃は友人と呼べるような人はいなかった。避けられていたわけではないが、魔法使いの子ということでどことなく遠巻きにされていたし、ロザリーも人見知りだったから。
「あたしから見て、まあよく話せてるなとは思ったわよ?」
「そうかなあ。別にテオさん、普通の人だよ。ちょっと偉そうだけど」
「普通の人は耐えらんないわよ。あの態度」
アマリアはそう言うと、うんざりという顔をする。ロザリーは力を抜いて、ぺたりと頬を机につけた。ひやりと冷たくて、考え過ぎた頭を冷やしてくれるような気がする。
鞄の中に入っているのだ。今朝作った弁当が。
「あっ、今日のお昼もテオさんと一緒だけどいい?」
ぱっと顔を上げて、アマリアに聞く。アマリアはまた口の話を少し上げた。
「いいけど、たまには二人で食べたら?」
「えっ?」
「仲良くなりたいんでしょ? 友達だって言えるくらいには」
その言葉に息をのむ。ロザリーが何か言おうと口を開くが、がらりと教室の扉が開いた。
教師の号令に、アマリアは慌てて自分の席へと戻っていく。それを見送りながら、ぼんやりとアマリアの言葉を思い返した。
「私、テオさんと友達になりたかったんだ」
ぽつりと囁かれた言葉は、誰にも聞かれることなくロザリーの胸にすとんと収まった。




