15話 「妖精の存在の実証だ」
「だが、奴の接触で少なくとも方向性は定まった」
不服そうにテオは視線を落とした。
「テオさんの研究の、ですか?」
ロザリーは思わず尋ねた後、はっとばつの悪そうな顔をする。また関係ないと言われてしまうだろうかと、テオの顔を恐る恐る窺った。
テオはロザリーからの視線に気付いたのか、少し気まずそうに視線を逸らす。だが、すぐに口を開いた。
「……元々僕の目的は、妖精の研究だ。異界という情報から繋がりを探していたが、目的自身が飛び込んできた。またとないチャンスだ」
「どういうものか、聞いてもいいですか?」
ロザリーの問いに、少しの沈黙の後にテオが答える。
「妖精の存在の実証だ」
その返答に、ふとアマリアに言われたことが頭を過ぎった。
『あの男に絡まれても、『妖精』って呼ぶのだけはやめときなさいね』
『その呼び名だけは嫌みたいよ。そう呼んだ生徒を学院から追い出した、なんて噂があるくらいだから』
アマリアの言っていたその噂と、何か関係があるのだろうか。気になったものの、流石に今は関係がないし、怒らせたいわけじゃない。大人しく口を噤んでおく。
「ウンディーネは水の妖精だ。いくら見えないとはいえ、魔力の塊である妖精が世界を移動すれば、魔力の力場ができる。異界と繋がるほどの力場を生み出す妖精だ、なおさら大きな魔力の動きができる」
そう言ってテオは、テーブルに山積みされた本の山から、何かを取り出した。それを見て、ロザリーはぎょっとする。
「えっ、魔力観測器まだ返していなかったんですか!?」
「長く借りてるだけだ」
一切の悪気もなさそうに、テオがのたまった。その様子をじとりとした目で見つめつつ、ロザリーはぼそりと呟く。
「怒られても知りませんからね……」
「ふん、見つかるなんて間抜けをするものか。あの時は咄嗟のことだから持っていなかったが、それで観測できれば妖精の魔力の波形が分かる。妖精の放つ魔力に規則性があり、その種類を特定できればーー」
ぶつぶつと何やら呟き始めたテオは、完全に自分の世界に入ってしまったようだ。
どうしたものかと、ロザリーは閉じ切られた図書室の外を思う。この部屋に来る頃には日も傾いていた。
「ああ、あと一つ確認しておきたいことがある」
「あっ、はい。なんですか?」
テオの声に、はっと意識を浮上させる。
「今までに妖精らしきもの、不思議な現象に遭遇したことは?」
そう言われ、記憶を辿ってみるが心当たりはない。
「あまり小さい頃は覚えていないですけど、多分ないと思います」
「そうか」
ロザリーの返答に、テオは考え込むような仕草をする。
「どうしました?」
「いや、別の可能性について考えていたが、有り得ないな」
別の可能性、と言われて、ロザリーは先程までの会話を思い返した。確かにテオは、ロザリーがウンディーネに目をつけられている、それ以外の可能性は低いと言っていた。それのことだろうか。
「別の可能性って、私がウンディーネさんに気に入られたから出会ったわけじゃないってことですか?」
「ああ。だが、ないな。そんな偶然がいくつも起こってたまるか」
テオはそう言い捨てて、くしゃりと頭を掻く。
「とにかく今日はもう帰るぞ」
「えっ、もういいんですか?」
ああ、とテオは立ち上がった。
「ウンディーネが大人しく消えるとも思えない。一応だ」
「テオさんも帰るんです?」
いつもロザリーを送り出して、テオは学院に残っていた。朝も早く来ているようだし、まさか学院に泊まっているわけじゃないだろう。
だが今日は、乱雑にだが荷物を抱えている。
「そうだな」
テオはそう言って、部屋の灯りを消そうとした。慌ててその背を追って、ロザリーは廊下に出た。
*
生徒たちの帰宅時間より少し遅いだけとはいえ、学院内に人通りはほとんどない。たまにすれ違う生徒は、テオの姿を見ると萎縮したように視線を下げる。ロザリーもあまり見られない方がいいかと考えて、その度に顔を伏せた。
「何してる。転ぶぞ」
何度かそうしていると、テオが訝しげにロザリーを見る。
「す、すいません。あんまり目立つのも良くないと思って」
「目立つ……? 僕と一緒にいることがか?」
露骨に不愉快そうに顔を歪めたテオに、ロザリーは慌てて弁明した。
「あっ、いやごめんなさい。テオさんが悪いとかじゃなくて! あの、テオさん、女の子とかに人気だって聞きました。だから、私が周りにいるって噂になったら、迷惑かなって」
本当は少しだけ、仲良しだと勘違いされたら彼女たちに申し訳ないし、ロザリーも困るという気持ちもある。テオに探し回られている時も、視線が痛かった。
「人気、か。そんな単純なものだったらよかったんだが」
「それだけじゃないんですか?」
遠い目をするテオに聞くと、テオはちらりと一瞬だけロザリーを見て、視線を前に戻す。
「お前には無縁な話か」
突き放すような言い方に、ロザリーは困惑するしかなかった。研究者のさがなのか、ロザリーの初歩的な質問にもテオは詳しく解説してくれる。だが、今のテオはそのまま話を変えた。
「お前は寮か」
「はい。実家は東部の外れなので、寮に住まわせてもらってます」
共に学院の玄関ホールから外に出る。するとテオは真っ直ぐ量の方へと歩いて行った。テオも寮なのかと思いつつ、ロザリーは自分の部屋を思い出す。
寮とはいえ、初めての一人暮らし。森の家に比べれば小さい部屋だが、自分だけの場所なら十分なくらいだ。だが、貴族であるテオには手狭なんじゃないだろうか。
詮ないことを考えていると、すぐに寮の前に着いた。男子寮と女子寮は別の建物のため、テオとはここで別れることになる。
「では、また明日ですね」
ロザリーは軽く礼をすると、ぞんざいにああ、と返事を放られる。そのままテオはくるりと踵を返す。
あれ、とロザリーが首を捻ると、テオはそのまま寮へは入らずに、来た道を戻って行こうとしていた。
「て、テオさん? そっち寮じゃないですよ?」
慌てて駆け寄り、声をかける。すると、ややあって眉間に皺を寄せたテオが振り返った。軽く睨まれながら、テオは口を開く。
「お前は、僕がそれくらいも分からないように見えるのか?」
「えっ、そういうわけじゃないんですけど……」
困惑しながらも、率直に疑問を尋ねることにした。
「あの、寮に住んでいるんじゃないですか?」
「街に家のタウンハウスがある。僕はそこに住んでいる」
世間知らずのロザリーでも、テオが言った家が、ランベール家のことであるくらい理解できる。確かに、テオさんが何も言わないから寮なのかと思っていたが、タウンハウスの一つくらいあってもおかしくない。
納得すると共に、また一つ疑問が浮かんでくる。
「じゃあ、なんで寮まで一緒にきたんですか?」
するととうとう、テオは呆れ顔になってしまう。
「お前、僕の話を聞いてなかったのか。一人でうろつくのをやめろと言っただろ」
「……ああ、じゃあテオさん私を送ってくれたんですね」
「ーーは」
固まるテオをよそに、ロザリーはやっとすっきりしたと息を吐いた。そして、先ほどよりも丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます、心配してくれて」
「ち、違う!」
慌てたように返すテオに、ロザリーは首を捻った。
「そうですか?」
「勘違いするな。実験中に勝手に失踪されても困るだけだ。外出する時は、お前の使い魔でもつけておけ」
「はい、気をつけます。じゃあまた明日」
はあ、と力の抜けたように肩を落とすテオを見送る。本人はああは言っていたが、送ってもらったことは事実だ。中庭で助けてもらったこともある。何かお礼でも用意した方がいいだろうかと、思考を巡らせながらロザリーは寮の中へと入っていった。




