11話 「テオさんの事情も、私には関係ないです」
「えっ、今日テオ・ランベールと一緒に昼食食べるの?」
「ちょっと! 声大きいって!」
ロザリーは慌てて周囲を見回した。教室は閑散としていて、生徒は皆昼食に向かった後だったからか、気に留めるような人間はいない。
「もう、アマリア……。本人の前でそう呼ぶの、流石に失礼だからやめてね?」
「分かってるわよ。お貴族様相手に、そんな恐れ知らずなことしないわ」
そう言って、アマリアはひらひらと手を振った。ロザリーは内心、その言い方も怖いもの知らずだよね、と思ったが、それを飲み込む。
「で、どうする? アマリアが嫌だったら、今日のお昼は別にさせてもらおうと思って。お弁当は別で作ってあるけど」
テオにはアマリアが同席する許可はもらっているから、後はアマリア次第だ。状況を再現と言っても、あの中庭の異変の時、特別変なことはしなかった。何か手がかりの一つでも見つかればいい方なのではないかとロザリーは考えている。
ううん、と思案するようにアマリアは唸り、おずおずと口を開いた。
「別にランベールさんとランチをしたいわけじゃないけど、行こうかな。噂通りの人なのか気になるし」
「そう、分かった。じゃあ行こっか」
ロザリーが歩き出すと、アマリアもそれに続く。向かう先は中庭だ。
「あと、ロザリーとあの人が話してるのって、何となく想像できないのよね。何話してたの?」
「別に、魔法の話とかかな。昨日は魔力の仕組みとか、異界の話? をしてくれたよ」
あまりロザリーには理解できない話が多かったから、若干うろ覚えで答える。アマリアも同感なのか、ええ、と肩を竦めた。
「何それ、難しい話ばっかりじゃない」
うんうんと悩み出すアマリアには悪いが、ついてきてくれて内心ロザリーは安心している。別にテオと二人で話すのに困っているわけではないのだが、テオの視線からはいまだに値踏みされているような感覚がして、気が抜けないのだ。アマリアがいるだけで幾分かは肩の力も抜けるだろう。昼食はゆっくりと食べたいというのもある。
「今日は賑やかなランチになりそうね。ウェルシュちゃんもいることだし」
アマリアがそう言って、ロザリーの肩辺りに手を伸ばした。するとウェルシュが触れられる前に、シャッと短く鳴く。
「こっちは相変わらずだわ」
「あはは……」
ウェルシュは昨日からこの調子だ。心配してくれること自体は咎めたくはない。だがいくら軽いといっても、これではロザリーの肩が凝るのも時間の問題だ。
「今日はタルトを作ってきたの。後で切り分けないと」
「ええっ、楽しみ! 私はねーー」
そんな風にそれぞれが持ち寄ったものの話をしながら、中庭へと廊下を歩いていった。
*
「遅い」
開口一番、ギロリと鋭い視線がロザリーたちに向けられる。
「ごめんなさーい、少し話が弾んじゃって」
「す、すみません!」
慌ててアマリアとロザリーが謝ると、テオはふんと鼻を鳴らし、中庭の端の方へ移動して行った。
「やっぱりめちゃくちゃ偉そうじゃない?」
「私たちが遅れてきたせいだよ」
ぼそぼそと耳打ちしてくるアマリアを諌めながら、テオへと声をかける。
「この前と同じ状況にすればいいんですよね?」
後ろ姿に問いかけると、テオはああ、と頷いた。
「僕は周囲を観察している」
そう言って、学舎の壁に寄りかかり、周囲を観察し始めてしまう。
「い、いいのかな」
ロザリーはついアマリアの方を見るが、ゆっくりと首を横に振られた。
「本人がいいなら、いいんじゃない? 気にしてたら次の授業の時間になっちゃうわよ」
アマリアは池のほとりへと歩いていってしまう。残されたロザリーは、少し迷いながらも彼女の後に続くことにした。
思えば、テオから逃げ回っていたため、こうし中庭で二人が昼食を取るのも久しぶりな気がする。慣れた手つきで敷物を広げ、その上に座った。
弁当を温めながら、ふと池へと視線を落とす。風はなく、水面には鏡のようにロザリーの顔が映っていた。
鈴のような声は、あれから聞いていない。だが、時々ロザリーは、あの不思議な女のことを思い出していた。
『あなたはもう、才能に溢れている。いつか、自分を誇れるようになる日が来るわ、ロザリー』
(私に何があるっていうんだろう。才能なんてあるなら、どうして私はーー)
テオの誘いにロザリーが乗ったのは、あの異変を解明すればもう一度彼女に会えるかもしれない、とも少し思ったからだ。
「ロザリー、ちょっと温めすぎじゃない?」
アマリアの指摘ではっとして、手を止める。
「っ、そうだね。食べよっか」
いただきますといつものように告げ、ロザリーは黒パンにかぶりついた。今日は葉物の和え物を黒パンに挟んでいる。それに豆の煮込みと、冷えたフルーツを付けた。
ぽてりとウェルシュも肩から降りて、食事にありつき始める。
「今日も美味しー! あたしが作るとこうはいかないのよね」
「ありがと、結構感覚とかで味を見てるからそのせいかも?」
味の感想を言い合いながらも、ロザリーの手はどことなく緩慢である。それに気付いたアマリアが、そっと小さく囁いた。
「やっぱ、気になる?」
「う、うん……」
アマリアが言っているのは、先ほどからこちらへと向けられている突き刺すような視線のことだ。勿論、テオのものである。
「もう、私言ってくる」
「あっ、ちょっと!」
ロザリーは勢いよく立ち上がり、テオの方へと歩き出した。すぐにテオは気付き、眉間に皺を寄せる。
「なんだ、何か起きたのか」
「そうじゃなくって、ずっと一方的に見られたままなの、すごい食べにくいです!」
ロザリーがテオを見上げながら詰め寄ると、少し気おされたようにテオが後ずさる。だが、その顔は不機嫌そうに歪んだ。
「別にいいだろ、そもそもが実験なんだ。黙って食っていろ」
「それならせめて、こっちにいてお昼を食べててください。近くにいた方が対応しやすいでしょうし、食事を抜くのは感心できません」
テオの視線が、一瞬脇に逸れた。
「……一理ある。だが、別に昼はいい」
「どうしてですか?」
煮え切らないテオの態度に、ついロザリーの語気が荒くなる。テオは一瞬ばつが悪そうな顔をしたものの、渋々と言葉を続けた。
「必要ないから、持参していない」
「ええっ!? お昼食べないつもりだったんですか!?」
ロザリーは信じられないという顔で、テオを見る。
「多少食べなくても問題はないだろ」
「あれですか、テオさんも夢中になるものの前だと、寝食が疎かになるタイプですか!?」
頭の中を咄嗟によぎったのは、ロザリーの祖母だった。ロザリーに料理や家事を教えてくれた本人だから、できるはずなのだ。だというのに自分はそれを疎かにして、結局ロザリーやウェルシュがその世話をしていた記憶がある。
「お前には関係ないだろ。首を突っ込むな」
「じゃあ、突っ込まれないようにしてください! 行きますよ、今日は多めにしておいたので。食べないよりはましなはずです」
そう言ってロザリーは、アマリアの元に戻ろうとした。だが少し歩いて振り返っても、テオはその場に立ち尽くしている。
「なんでわざわざそんなことをするんだ」
珍しくその表情に不機嫌さはなく、驚いたように、戸惑ったようにロザリーを見つめていた。
「何度も言うが、お前には関係ないだろ」
なおも同じことを繰り返すテオに、ロザリーは少しむっと腹立たしさすら覚えてしまう。
「テオさんの事情も、私には関係ないです。嫌だったら、私の前で食事を疎かにしないでください」
ロザリーはそう言い放って、テオの腕を掴む。ぎょっとしたテオに構わず、その手を引こうとするとすぐに振り解かれた。
「離せ」
「じゃあ、早く来てください。昼休みが終わっちゃいますから」
それだけを言って、ロザリーは今度こそアマリアの元に戻る。そこではアマリアが口を覆って風えていた。俯いているから表情は窺えないものの、何を考えているかはおおよそ分かる。敷物に腰を下ろしながら、その肩をつつく。
そして多めにあった弁当を、空いた皿に取り分けていった。
すると、草を踏みしめる音がして、すぐ横にテオが立った。
「空いているところにどうぞ」
そう声をかければ、大きなため息と共にテオもそこに座る。
「口には合わないと思いますけど、ないよりましです」
そう言ってロザリーは取り分けた分の皿を渡すと、テオはおずおずとそれを食べ始めた。それを見たロザリーは満足したように頷き、自身の食事に戻る。
その後ロザリーとアマリアが食事をしている間、テオは周囲を観察し、時折何やらメモしているようだった。だが、分けた分の食実は全て食べ切っていた。
「僕はもう少し周辺を見回ってから戻る」
「はい、ではお先に失礼します」
ぺこりとお辞儀をして、その場を離れる。そして、テオの姿が見えなくなったところで、アマリアが突然膝を折って笑い出した。
「あっははははは! ロザリーにあのテオ・ランベールが気圧されるなんて、笑うの我慢し過ぎて死んじゃうかと思ったわ!」
丸まるアマリアに、ロザリーは呆れ顔である。
「もう、そんなこと言わないの」
諌められてやっと笑いは収まったものの、アマリアの目尻には涙が滲んでいた。
「ロザリーもロザリーよ。よくいつものテンションでいけるわよね」
「そう? だって食事は体の基本でしょ?」
アマリアの言っている意味が分からず、首を傾げる。するとふふっとアマリアが口元を綻ばせた。
「あたしも、睡眠と食事をきちんとしなさいって怒られたの思い出すわ」
「私はおばあちゃんに昔言われてたことに従ってるだけだよ。でもお節介だったかな」
ロザリーは小さい頃から食事はバランスよく残さず食べる、睡眠はしっかり取って夜更かしはしないと言い聞かされてきた。
今ではそれが癖になっているため、ついつい人に対しても言ってしまうのだ。そして、ロザリーにそれを染み込ませた等の祖母は、段々と暮らしを疎かにするようになってしまい、家で怒るのはロザリーの役目になってしまっている。
「いいんじゃない? なんか言い返されたら、その日は帰っちゃえばいいのよ」
「そうかな……」
先を行くアマリアを追う前に、ウェルシュを抱き抱えるふりをして耳元に口を寄せた。
「本人には言えないけど、テオさんの研究者って感じなところ、おばあちゃんに少し似てない?」
単なる思い付きなのだが、私がそう言ったとたんふぎゃっとウェルシュが大きく鳴いて私の顔を肉球で押してきた。
「あいつが!? ヴィオラと一緒にするな!」
小声だが全然納得していない顔でウェルシュが言う。
「そっか、そうだよね」
「そうだろ」
ふん、とウェルシュは丸くなってしまった。ううん、と首をひねり、アマリアを小走りで追いかけることにした。




