10話 「こんなことあり得ないと言っているんだ!」
運動場にはさんさんと陽光が差し、春の空気にふさわしい陽気だ。ふにゃふにゃとウェルシュが鳴き、ロザリーの肩から降りる。いい天気だから散歩の気分になったのだろうか、端に植わっている木の方に向かって行ってしまった。
「ここって、上級生の授業でよく使うんですか?」
マイペースなウェルシュを見送りながら、ロザリーは浮かんだ疑問をテオに投げかける。先日、魔法の試験の時に使ったが、ロザリーが運動場を使ったのはその時が初めてだった。まだロザリーはこの学院について、知らない施設も多い。
「大規模な魔法や、使い魔の訓練に使う。お前はまだ入学して一年経ってないのか?」
ロザリーの質問に少し首を傾げたテオに問われ、こくりとロザリーは頷いた。
「そうです」
「なら無理もないな。後は剣術指南にも使う」
「剣術! そんな授業まであるんですね」
入学の説明の時に、受けるかどうかを個人で決めることのできる、選択式の授業もあると聞いた気がする。剣術もその一つだろうか。
「ああ。必要性は不明だが、近接戦闘を想定した訓練の一つだ」
ふん、と憎々しげにテオは顔を歪める。まじまじと観察してみると、テオは背はすらりと高いものの、お世辞にも筋肉がある方というわけではなさそうだ。言い方から察するに、あまり剣術は得意ではないのだろうか
ロザリーがそんなことを考えていると、視線に気付いたのかテオが眉間に皺を寄せてこちらを見る。
「……なんだ?」
まるで睨むような鋭い視線に、どきりとロザリーの心臓が跳ねた。でも気になることは知りたいし、皆が天才と呼ぶ人がどんな人なのか、好奇心がロザリーを動かす。かつ、友人の少ないロザリーは、先日の件でテオのことを「話ができる人」と認定してしまったのもあった。
「テオさんは、剣術は好きじゃないんですか?」
「ああ、魔法が使えればそんなもの必要ない」
なんだそんなことかとでも言いたげに、テオが肩を竦める。ロザリーは、うんうんと頷いてほっとした様子で息をついた。
「テオさんにも、得意じゃないことがあるんですね」
その言葉に一瞬テオの目が見開かれ、今度こそロザリーを睨みつける。遅れてその視線に気付いたロザリーは、びくりと肩を跳ねさせた。
「嫌いだが、苦手だとは言っていない。僕の剣術の成績は、前回は学年二位だった」
吐き捨てるように、テオが言う。その結果に、今度はロザリーが目を丸くする。
「二位! すごいですね!」
「成績不良のお前に、僕の得意不得意をとやかく言われる筋合いはない」
「ひ、ひどいですよ……」
本当のこととはいえ、ロザリーも流石にショックくらい受ける。肩を落とすロザリーを一瞥したテオは、大きくため息をついた。
「もういい。無駄話してる時間なんてないんだ」
「そうでした、すみません!」
ロザリーは慌てて姿勢を正す。そもそもここには、テオにロザリーの今の実力を見せるために来たのだ。
「まずは事象の具現化からだ。火属性なら火を、風属性なら風を起こす」
授業で何度も聞いた言葉は、流石にロザリーの耳にも馴染んでいる。
「魔法の基本ですもんね」
「そうだ。単純だからこそ、術者の技量が一番出る。とりあえずは、火、風、水、土、四属性だけでいい」
テオはそう言うと、何やら器具のようなものを取り出して、それを自身の頭に装着し始めた。ロザリーがそれにどこか既視感を抱きつつも、それを眺めて待つ。やがて、大きな眼鏡に色々器具がつけられたような、妙な仮面にすっかり顔を覆われたテオに、ロザリーは恐る恐る声をかけた。
「あの、それは一体……」
「魔力観測器だ」
その単語に、ロザリーはやっと既視感に合点がいく。
「……えっ、あっ! それ、入学の時に試験官の人が着けてた物じゃないですか!」
生徒の魔力を測定するためと言われて、これえ観察された記憶が蘇ってきた。
「すごいですね、それって個人で所有できるものなんだ……」
後でアマリアに聞いてみたのだが、聞いたこともない額の値段を言われて、ロザリーはひっくり返りそうになったのである。流石貴族、とテオを見つめていると、当のテオは仮面のまま首を傾げた。
「いや、僕の物じゃない」
「えっ、じゃあ誰の物なんですか?」
当然のように言うテオに、ロザリーは嫌な予感がしつつも恐る恐る尋ねる。
「学院のものに決まってるだろう」
「そ、そんなことしていいんですか!?」
「用が終われば返す。少し借りただけだ」
いけしゃあしゃあと言うテオに、とんでもない人なのかもしれないと言う感想を抱かざるを得ない。ロザリーは急に周囲が気になって辺りを見回すが、授業が終わってしばらく経っているからか、寝転がっているウェルシュくらいしかいなかった。
「何をしてる。さっさと魔法を使ってみろ」
仮面に急かされ飛び上がったロザリーは、慌てて集中するために深呼吸をする。
*
ぜえぜえと肩で息をする。集中力を使い果たしたロザリーは、思わずその場に膝をついてた。
「本当に、全力を出しても、はあ、はあっ、これなんです……」
火は手のひらほどの火球、水は桶いっぱいくらい、風は少し強めの突風、土はぼこりと隆起した地面がそこに残っている。散々な結果だった。
のろのろとロザリーは顔を上げ、立ち上がる。呆れられただろうかと不安になるが、その予想を裏切ってテオは考え込むように腕を組んでいた。
「……何故だ」
「え?」
それはロザリーに向けたものというより、独り言のような言葉だった。テオは、むしり取るように魔力観測器を外す。その表情は険しいものだった。
「何故、その魔力量があってその威力しか生み出せない」
「ど、どういうことですか?」
ロザリーが聞くと、テオの視線が向く。
「魔法は、呪文を使って魔力を結果に変換する。僕の観測した限り、お前の魔力は人並み以上にはある。少なくとも、この学院に入学を許可される程度には」
確かに、テオの言うことには覚えがあった。そもそも最初から魔法があまりにも使えないロザリーが入学を許されたのは、異常な数値ではないもの豊富な魔力量、入学後の成長、魔法の習熟を見込まれて入学したのだ。
思考に耽っていると、不意にテオに両肩を掴まれる。はっと顔を上げると、テオがロザリーを見下ろしていた。
「通常、魔法は込めた魔力の分だけ威力を返す。集中力、呪文の精度、魔力の込め方、それらも威力を変える要因にはなり得るが、訓練では大きな差異にはならない。だというのに何故だ? 詠唱は教本のように合っている、魔力もある、ふざけているようにも見えない。ならどうしてお前が込めた魔力の十分の一程度の結果しか返さないんだ!?」
次々と捲し立てられ、ロザリーの肩ががくがくと揺さぶられる。
「わ、ま、待って、ど、どういうことですか!?」
「こんなことあり得ないと言っているんだ!」
テオが激昂した。その瞬間、ロザリーの視界の端を何かが駆け抜ける。
「フシャーーーーッッッ!!!!」
「ーーっ!」
「わっ!」
唐突に手を離され、ロザリーは思わずその場に座り込んだ。くらくらとする頭を押さえつつ、視線を上げようとする。するとロザリーとテオの間に、立ち塞がるようにウェルシュが毛を逆立てていた。
うう、と唸るウェルシュから、テオへと視線を移す。テオは苦々しげな顔をしながら、手を押さえていた。その手から、赤い雫が一粒地面に垂れる。
「テオさん!」
ロザリーはすぐに状況を理解した。ロザリーに掴みかかったのだと思ったのだろう、ウェルシュが間に割り込んでテオを引っ掻いたのだ。
「ウェルシュ、誤解だよ! 私は大丈夫だから……!」
慌ててロザリーは、ウェルシュを抑えるように抱きしめる。
もごもごと暴れるウェルシュを腕の中に抱いて、どうにか宥めつつテオを見上げた。テオは先ほどよりも落ち着いたようで、地面に投げ出された観測器を拾い上げている。
「本当にすみません! いつもは大人しい子なんですけど」
「……気にするな。僕も悪かった」
そう言ってテオはいつかのように、一瞬で手の傷を治してしまった。
「ひとまず、お前の問題点については分かった。だが、こんな例は少なくとも僕は知らない。出来るだけ調べてはみるが、期待はするな」
「いえ、ありがとうございます!」
ロザリーは、ウェルシュを何とか抱えて立ち上がる。それを確認するとテオは、ひらひらと手を軽く振った。
「じゃあ今日はもういい。明日の昼、中話に来るのを忘れるな」
「分かりました。ではまた明日」
ロザリーは深く頭を下げて、ウェルシュをがっしりとホールドしたまま、運動場を後にした。




