それゆけ裏世界機関
どこにでもある雑多な路地裏だった。
「あと、16…」
壁に大量に貼られた紙には、バツで描かれた撃墜マークがたくさんあった。それを眺めながら、頭から鬼の角を生やした男は恍惚に口を歪めた。
「何じゃ、潰した組織の数をいちいち数えておるのか、悪趣味じゃのう。」
そこで、新たに人影が追加される。シンプルなゴスロリ衣装を着崩した女性だ。濃い化粧をした顔を萌え袖で覆いながら退廃的な雰囲気を醸し出している。
「懸念だった植物密輸組織も潰えた。残る有名どころはミサキ獣人楽団、精霊論理など……まあ取るに足らない程度だな」
「油断大敵じゃよ。異世界交流会はもうすぐなのじゃから。そういえば、『竜滅の少女』はどこ行ったんけ?姿を見ないんじゃが」
「奴は、切り捨てた。今頃世界間のトンネルの瓦礫の下じゃないか」
だが、実際は、彼らの想定とは真逆だった。
竜緋種を使った襲撃から辛くも逃れて数時間が経った。
再度の襲撃はなく、敵に関する音沙汰はぱったりと途絶えた。どうやら残党は俺たちを仕留められたと確信しているらしい。それほどにドゥロロは強力だった。俺たちも、あの時『竜滅の少女』が助けてくれなければ―—敵を裏切ってくれなければ危なかった。切り札の狂生根も防がれたし、と竜に噛まれた肩をさする。ミーラリに治癒魔法で手当てをしてもらってはいるが、魔法は魔力の消費が激しいらしく全快とはいかなかった。その元凶である竜はというと、キャサリーナと同じく小型化して俺の頭の上で眠りこけている。そういえば、こいつは変幻葉の時と違って再生能力がなかったな、と微かな違和感を抱いていると―
「お願いします、ナンでもするので、置いてください!」
「ええい、静かにしなさい!何回言うのよ!要相談だってば!」
雪芭に何度も懇願する『竜滅の少女』と、困り果てる雪芭の話し声が後ろの方からしてきた。
「あなた、本当の名前は何?竜滅ナントカって名乗ってるけど、エルフの名前があるでしょう」
「名前…?」
白髪の少女は果てしなく不思議そうに首を傾げて、
「分からない。……忘れた」
「そ、そう。じゃあ、何て呼べばいいかしら…???」
途方に暮れる雪芭を他所に、少女は前にいた俺の袖をちょいちょいと引っ張って来た。
「名付けて」
うーんネーミングセンスがない人に頼むとは……と悩みながら、少女の色素のない真っ白な外見からとっさに思い浮かんだ花の名前を呟いた。
「浜木綿、とか?」
「なんか響きが可愛くないわよ!!センスない男ね!」
「ほっとけ!故郷に生えてた花なんだよ!」
「名付けたら見捨てられなくなっちゃうじゃんっ、梓さん!」
「捨て猫か!愛着湧いて元の場所に戻せなくなるやつか!」
「あたしは猫だい!」
「狸だろ!」
途端にぎゃいぎゃいと騒がしくなるトンネル内。目の前で繰り広げられる茶番に少女は目を丸くし―—次の瞬間には、楽しそうに笑っていた。
「浜木綿でいい。ワタシは、その名前がいい」
自分の名前を噛みしめながら、少女は眩しい光景を見るように目を細めた。
「……雪芭さん、この子なら大丈夫っすよ。自分が保証するっす」
そこで、赤色の脈に覆われた腕を露出させながら、錦が言った。そういえば、錦には呪穏根に寄生された副作用である『人の真価を見定める』力があるんだった、と思い出す。
「そう。なら、連れていくとしようかしら。」
「連れていくって……どこに?」
雪芭は企み顔で答えた。
「あなたの上司のもと、世境警備隊よ」
トンネルの終わりが見えてくる。少しだけ差し込んで来る光を頼りに、狭い出口を潜り抜けると…
「長旅ご苦労」
表世界に戻り、久しぶりに太陽の光を浴びた俺たちに待ち受けていたのは、警備隊の上司からの労いの言葉だった。
「……何でいるんですか」
「部下の様子を見に。というのは建前で、捜査依頼を受けていたからだな。そこの組織長に」
上司は雪芭を指差した。俺はばっと雪芭の方を向く。いつの間に。
「梓、あなた、今回の件に警備隊が関わっていないとでも思ったの?異世界反対派の残党よ?」
いや思ったことはあるが、そんな簡単に警備隊に依頼できる仲だったか?
「詳しいことは警備庁で。同行を願えるかな?」
こうして、俺たちは世境警備隊の本拠地に連行されることになった。
都心に位置する警備庁までは車で運ばれ、ようやく到着した時には辺りはすっかり暗くなっていた。
60階もある高層ビルの最上階に通された俺たちを待ち受けていたのは―
「いえーい密輸組織!!元気してるぅー?」
クラッカーを鳴らす、短髪でサングラスをかけた白衣の男だった。
「あー、見苦しいものを見せたね。こいつは…」
「見苦しいなんて言うなよ盛り上げただけだろ!?どーも密輸組織の皆様方、あと潜入中の警備員!僕様は政府の人間!って、警戒するなよ?裏世界に関する問題を解決する機関から来ただけだから、大した権限もないぜ!」
「つまりただの職務妨害野郎だ、気にしないでくれ」
「違う違う!政府から派遣されてきたの。だって十二年前のテロ事件の残党だって言うじゃない!政府も重い腰上げない訳にはいかなくてさ、という訳でヨロシクな!」
最後にピースをして括った謎の男は、どうやら政府の裏世界機関からきたようだ。一方でひたすら謎の男への当たりが強い上司は、俺たちをソファへと促した。
「組織長から、魔法具の通信機でトンネル内での出来事の報告は受け取っている。そして、『竜滅の少女』の件もだ」
白羽の矢が立った『竜滅の少女』もとい浜木綿は、ゆっくりと顔を上げた。
「君は異世界反対派にいた。それがどういう理由であれ、罪を犯したのなら、処罰は免れない……」
上司が重い口調で語る。沈痛な表情をして俯く浜木綿。だが、その空気をぶっ壊した人物がいた。
「でもさー、キミちゃんも嫌々従ってた訳でしょー、狂生根に寄生されちゃってさー。人殺しの前科もないようだし。錦によれば」
「そうっすね。彼女の価値は濁っていない。自ら犯罪に手を染めたことはないと、断言できます。」
「だろ?情状酌量の余地もあるし~、僕様たちの捜査に協力してくれれば、しばらくは不問にしよう」
「本当ですか!?」
「ただし」
この結論になることを分かり切っていたかのように、上司は口を挟んだ。
「念には念を。『竜滅の少女』は警備庁の監視下に置き、その扱いは植物密輸組織に一任する」
少女は勢いよく顔を前に向けた。そして、言葉の意味が分かると喜色満面になり、深々とお辞儀した。希望が叶った少女に、気付けば俺も微笑んでいた。
「でさー、今後のことなんだけど。キミちゃん達が奮闘して集めてくれた異世界反対派の手がかりに沿って、これからは大掛かりな捜査が行われるのね。もちろん、キミちゃん達も参加義務あるよー。だから、判明したことを伝えなきゃねー。なんか質問ある?今なら僕様が全部答えてやるぜ!」
白衣の男はそう言ってポケットから分厚い書類を取り出した。カンペする気満々だ。
「じゃああたしからいいーっ?ヤツラの目的は何なのーっ?」
「いい質問だな嬢ちゃん。ヤツラ、異世界反対派の目的は……」
「「裏世界との繋がりを完全に絶つこと」
白衣の男と上司の言葉が重なり合った。
「だろう?『竜滅の少女』」
「ウン。具体的には、異世界交流会の中止、ソレと、裏世界と繋がっている組織をなくすこと」
「その途中過程で、生育異常を起こす薬が開発された。確かにこの薬は、異世界に対する反感を煽る火種になり得るだろうな」
その時、ずっと真剣に考え込んでいた雪芭が口を開いた。
「あいつらは、また悲惨なテロ事件を起こすのかしら」
「…その可能性は高いだろうな。異世界交流会では、何か仕掛けてくるつもりだろう。……雪芭、私も異世界反対派は憎くてしょうがない。だから、奴らを絶対に止めよう。今度こそ」
雪芭と上司は、まるで旧知の仲のように話す。実際、旧知の仲なのかもしれない。
「ということでー、キミちゃん達は今日からこの警備庁で暮らすんだ!組織のすみかに戻ったら生きてることがばれちゃうから!」
「「「「「「「え」」」」」」」
組織に属する総勢七名(と植物約二名)、まさかの警備庁暮らしが確定。
どうやら、異世界反対派の件はどんどん複雑になっていくようだ。
毎度のことながら、読んでいただきありがとうございます。
これからは色んな裏世界の組織を登場させる予定です。植物密輸するだけが全てではありませんので、ご安心ください。




