最強が交錯する中で
『裏世界には古代カラ封印されている最強の竜族が二竜イル』
狂生根がそう切り出した。
『二竜一対のソイツらは、封印される前に自身の一部を込めた植物種をそれぞれ作り上ゲタ。地上でオノレの体を再構築し、いつか封印を解くために』
「それが、竜翠種と竜緋種だろ」
俺もさすがに知っている。竜の一部が組み込まれたこれらの種は、高い再生能力と耐久力持ちで完全に根絶やしにすることができなかった。裏世界のさる機関で個体数の管理はされているのだが、昨今の裏世界ブームで大量のマタタニア種とドゥロロ種が表世界に持ち込まれてしまった。竜の再誕の可能性を高めるそれは、社会問題になりつつある……警備隊なら最初に教えられることだ。
「で、竜緋種の方が、今目の前にいる奴か…」
薬によって生育異常を起こされた竜緋は、巨大な竜の姿をしていた。水晶のような鱗はささくれ立ちながら全身を覆い、丸太のような後ろ脚からは鋭い爪が覗いており、胸元の辺りに添えられた小さな前足はティラノサウルスを連想させる。そして特徴的なのは、胴体から頭にかけて生えた夥しい唇。
「うわっ、何だあいつ、本当に竜種か?」
ネリネが顔をしかめる。残党と思われる覆面の者達はすでに撤退していた。この場に残されたのは、組織のメンバーと、白髪のエルフ。当のエルフは想定外の事態に慌てふためいた。
「レイゼン!!竜緋を放すなんて聞いてない、どういうつもり!?」
少女は仲間との通信用の魔法具に必死に訴えた。魔法具から帰って来たのは一言。
『お前、ハーレナに寄生されてもう永くないだろう。いっちょそいつらと一緒にくたばってくれや』
「——は」
レイゼンという残党の無慈悲な言葉に少女は崩れ落ちた。仲間を使い捨ての駒にするなんて、と敵の邪悪に嫌悪感が湧く。それに、ハーレナに寄生された時の絶望は計り知れない。生か死かの瀬戸際で、見捨てられ、木と同化し死にゆくことをただ待つ恐怖。俺は、組織に出会えて希望をもらえた。けれど、この少女は何も与えられていない。俺は、ますます異世界反対派を―—許せなくなった。
と、そこで痺れを切らした竜の咆哮が轟いた。
『グガアアアアアアアアアアアアッ!!』
キャサリーナの時と同じように言語を失い、対話は不可能。植物でありながら、本物の竜そのものだ。
「早枝は変化で攪乱、ミーラリは攻撃を与え続けて!ネリネは妖精魔術の用意!梓は、植物への命令!分かったわね!!」
雪芭が作戦を早口でまくし立てる。各々がドゥロロに立ち向かうため動き出す。
「変化!!」
早枝はキャサリーナを頭に乗せ、ドゥロロにも引けを取らないほどの巨竜に変身した。
「すごっ…!変化ってあんなこともできるのか!」
「火を吹いたりとかはできねぇから図体だけだがな。オレたちがお前さんをドゥロロの下に送り込んでやるから、ミスるんじゃねえぞ!」
目の前に突如現れた竜(早枝)にドゥロロは警戒し、排除しようと身構えた。鱗が膨れ上がり、青白く発光する。砲撃の前兆。通路内に魔力が満ちる。大きく開いた口からトンネルを崩壊させるほどの出力のレーザー砲が放たれる、間際。
「八百万よ答えを、『強化魔法』」
短い詠唱が呟かれると、ミーラリの四肢がシャボン玉のようなバリアに包まれた。エルフにだけ許された本場の魔法。四種ある基本魔法の最上位、『強化魔法』を使い、殴打だけでレーザー砲の進路をずらしたミーラリに感動していると、
「おらおら、お前さんの出番だ。『終節、褐の騎士』」
妖精の光紛が空中で凝縮され、泥団子を形成する。きっととびきり硬くて凶悪な泥団子だ。ネリネは空になった酒瓶をバットのようにスイングし――、宙に浮かぶ泥団子の弾丸を打った。
放物線を描いて弾丸はドゥロロに一直線、顔面に直撃した。ホームラン。ゴガアアァ、と汚い叫びを散らしながら竜は態勢を崩す。今だ。ドゥロロに、絶対服従の『命令』を叩きこむ!
しくじれない。皆が死力を尽くしてこいつを止めているのなら、俺だって持てる全てを出し尽くす!そう、変幻葉を止めた時のように―。
だが、その考えは愚かで浅はかで思い上がりだった。思い出せればよかった、最初に狂生根がなんと言っていたのかを。
「落ち着、け―」
『ちょっとアナタッ!駄目よ、最上位種である竜緋は命令を跳ね返す!!』
あ、と声を上げてももう手遅れ。怪物の懐に飛び込んでいった俺に待っているのは―当然、死。
怪物の表面を彩る無数の唇が、嘲笑の形に歪んだ。
『ニンゲンとは愚かなものだな。竜を従わせようとするなど』
今喋っているのは、植物か?それとも、元となった最強の竜?
『まあいい。オマエは後だ。まずは、同胞の血の匂いがする、あの竜狩りの女を殺すとしよう』
胸に触れるか触れないかのところで爪が止まる。見逃された―そう気付いた時にはもう、竜は少女に向かっていた。絶望に蝕まれ、死人のように動かない少女の下へと。
あの少女は、敵として俺たちの前に現れた。
けれど、彼女はきっと、狂生根に寄生されて行き場を失い、異世界反対派につくしかなかったんだと思う。彼女は自分のことを『竜滅の少女』だと言っていた。そのことに誇りを持っていて、名声が轟いてないと分かると泣いていた。少女がどんな道を辿ったのかは知らないけれど、血のにじむ苦労があったはずだ。それを貶され、捨てられるのは、どれほど辛いことなのだろう。
やっと分かった。密輸組織にいるから悪、テロ事件を起こした派閥にいるから悪、では必ずしもないことに。それぞれが抱える背景がある。俺はそれを―—見極めたい。
だから、竜と少女の間に割りこんだのも、当然の結果だった。
「……え?」
少女は、目を見張った。
眼前にたたずむ人物は、竜に肩を噛まれ、血を滴り落としている。ぽつっ、と少女の頬に血が降った。
「『竜滅の、少女』……お願い、だ、こいつを倒してくれ……」
その人物は最後の力を使い切ってどさりと倒れた。庇ってくれた…?竜滅の少女を?
残されたのは醜悪な竜。少女は、いつも誰からも必要とされないまま竜に立ち向かってきた。
けれど。
「お願い…か」
御伽噺では、怪物に助けられた人は助けてくれた英雄に感謝する。そんな御伽噺に憧れていた。剣しか知らない少女は、剣でしか人の役に立つことができない。幾ら剣を極めても、怖がられ遠ざけられるだけだったけれど、頼ってもらえるなら―。誰かの懇願を聞いて、少女は剣を執った。
「竜。アナタを倒すには、狂生根はいらない。——真っ向勝負といこう」
剣を鞘から抜き去る。そして瞬間、超加速。
竜が吠える。青白いレーザーが装填される。突進してきた少女に逃げ場はない。けれど彼女は臆せず、体をコマのように回転させながら砲撃を受け流し、瞬きの内に切り込んだ。竜の身に刻まれる斬撃、実に100以上。レーザーの噴射口となっていた唇を余すことなく斬り刻み、後ろ脚を思い切り叩いて地面から離す。竜が傾く。止めに、少女は真上へと跳んだ。
「ありがとう―—」
自分を信じてくれた者に、少女は美しく儚い笑みをこぼした。
そして、楔を打つように、両手で握りしめた剣を竜に突き刺した。
竜緋は気を失ってトンネル内に倒れ伏した。生育異常は解けず、巨体を維持する竜に少女が近づくが、
「大丈夫…あとは、俺に任せて…」
竜に少し噛みちぎられた肩を押さえながら俺が言うと、エルフの少女はこくりと頷いて身を引いた。
『エエ、今なら命令は跳ね返されないわァ』
「『じゃあ、落ち着け』」
『ア、ガッ?』
生育異常が止まった。竜緋種は巨竜の姿を縮ませ本来の植物の姿に戻っていく―—と思いきや、何となく予感はしていたが、キャサリーナの時と同じように植物ではなく小さな竜の外見になった。薬による影響はあれど、無事、事が片付いたのだ。
「『竜滅の少女』、ありがとう。助かった」
願いに応えてくれた少女に礼を言う。すると、少女は微笑んで、
「こちらこそ。ワタシも、救われた…」
おもむろに抱き付いてきた。俺は驚きつつも何故だか温かな気持ちになり、少女の細い背中をポンポンと叩き返した。少女が嬉しそうに身じろぎする。
「さて、組織に帰るわよ。途中また残党の襲撃があるかもしれないから気を付けて。で、『竜滅の少女』?あなたはどうするの?」
そうだ。彼女は利用されていたとはいえ異世界反対派に属していた。これから行く当てはあるのか疑問に思ったが―
「お願いが、あります」
少女は地面に両膝を付け、土下座のポーズをしながら言った。
「ワタシを、この組織に入れてください」
いつも読んでいただき本当にありがとうございます。
作者的には第一部完結!次回からは二部に入ります。異世界のことをもっと本格的に深堀りしていく予定なので引き続き目を通してもらえたら嬉しいです。




