植物密輸組織のススメ 後編
異世界反対派の話をしよう。
彼らに拾われた『竜滅の少女』は、その剣の腕を見込まれて、植物の寄生を解いてもらうことを条件に彼らの下で働くことになった。半分人質に取られたような状態の中、少女は命令に従い裏世界と繋がる組織をたくさん潰していった。様々な思いが入り乱れる二世界の狭間を一つの剣で切り抜けた。
そこにはもう、『竜滅の少女』と呼ばれたころの面影は存在せず、生きることに執着した少女の抜け殻があるだけだった。
狂生根の言う通り、『世界間のトンネル』がひりついた空気で満たされている。
それにさっきから変なノイズがする。こう、遠距離から届かない電波を流すラジオのように。
「こっからしばらくは階段だね。脇道に気を付けろ、突然の奇襲はオレもカバーできねーから」
セリフの息継ぎの合間に酒をラッパ飲みするネリネには不安が隠せない。伝説の酔拳で対抗する気なのか?
「異世界反対派はどうやってあたしたちを見つけ出すつもりなのかなっ?トンネルって分岐すごいよー」
「それは、アレだろ」
早枝の問いに、ボトルからやっと口を放したネリネが答えた。
「あっちに人を見つける魔法を持ったやつがいるか……オレたちが背負っている植物を探知できる奴がいるかだな」
探知……?
脳に流れてくる雑音が音量を増した時。
『アズサ、後ろです!!』
早枝の肩に乗りながら周囲を索敵していたキャサリーナが、最初に奴の気配に気付いた。
「——ん」
体を背後に向けると、最初に目に留まったのは白。視界を覆う純白がきらめき―、次の瞬間に俺は寸断された。
「梓ッ!!!!!」
その叫びは誰のものだったか。瞬きの内に袈裟切りにされた俺の体は傾いていく。確実に意識を絶とうと
相手の二撃目が繰り出されるが、
「奇襲なんてすることがちっちぇな、お前さん。カバーできないつったろ」
攻撃の軌道に潜り込んだネリネが、酒瓶だけで剣を阻んだ。
「!?」
「おい梓動けんだろ。この鈍ら、刃潰してあんぞ」
確かに、斬られたと思った体は出血がなく、激しい痛みの打ち身が刻まれただけだった。尋常じゃないほど腫れあがっている気がするが、力を振り絞って立ち上がる。
「ワタシの刃を止めた、止めたのねアナタ」
「って、こりゃぁ珍しいな。エルフの剣士か」
敵のローブは反動でずれ、細く尖った耳と、色素のない真っ白な髪が零れ出ていた。
「ワタシも久しぶりに見た。妖精」
「ああ。妖精舐めんな」
そこで、トンネル内に雪のような細かい粒が降り出した。光り輝いてちらつくそれは―妖精の光粉。
「『初節、紅の王』」
ネリネが唱えるとともに、相手の足元が小さく爆ぜた。それを合図にして―—地面に舞い落ちた光粉が一斉に爆発。まるで花火のように、一瞬の美しい光を放ちながら。火の粉が飛び散る地面からすんでのところで離脱したエルフはため息を吐いて、
「妖精魔術……厄介。人の体力奪う副次効果ももっと厄介」
不気味なほど長く白い睫毛を伏せながら、手元の魔法具に口を近づけた。
「だから、増援」
狭いトンネルの中、前方から迫ってくる覆面の者達が、これから起こる混乱を静かに告げていた。
「自分、役立たずなんでーっ!!皆さんの荷物を預かってるっす!!」
戦闘力を持たず隅っこで震える営業マンに、全員が背負っていたバックパックを投げて寄越す。敵の増援である覆面たちは、常人よりは素早い動きで鉄パイプを振るってくる。植物はまだしも人間相手にはどうすることもできない俺は、覆面達の攻撃をぎりぎりで躱し、ミーラリに庇われながら逃走して状況の理解に努めた。
「狂生根!おいっ、俺と同じようにお前に寄生されてるのはどこのどいつだ!?」
『知ってドウするのォ?』
「そいつを倒さなきゃ、例え撒いたとしても居場所を知られて終わりだ!そいつが探知してるのは、俺たちが背負ってる植物じゃなくて、俺だろ!?ハーレナに寄生された、俺がいる限り奴らから逃げられない!」
『アタリよォ。アッチの方が寄生された副作用は強いようねェ。同じハーレナの気配を辿れるなんて。デモ、ワタシも気配くらいは分かるわ。
……そうねェ、気配がするのは、あのエルフの女のコ』
あの、というのは今もネリネと戦っている真っ白な髪のエルフの剣士。本当か?剣の腕は凄まじいが、華奢な体格からは内側が植物に侵食されている気がしない――というのは、全くの見当違いだった。
「『二節、蒼の姫』……、お前さん、その耐久力はなんだ?中に何がいやがる?」
爆発を受けても、光紛が作り出す水の針に貫かれても、エルフの少女は微動だにしない。壊れかけの人形のように微笑むだけだ。
「ワタシ、元は『竜滅の少女』。今は、バケモノの巣」
少女のシルエットが膨れ上がる。背中を破って飛び出したのは、大小様々な無数の植物の根。互いに絡み合い一つの剛腕を形成する根は、色素の抜け落ちた少女と反対に極彩色に彩られていた。
『アレもハーレナの一つの形ね。随分進行が進んでいるじゃなァい?』
俺は、そんなハーレナの説明も待たずに駆け出していた。
少女の背から生えた剛腕に殴り飛ばされる寸前のネリネを押しのけ、俺は自ら矢面に立った。
そして。
「『止まれ』」
緑色の脈によって異形化した右手を突き出し、端的な命令文を口にした。
それだけで、猛スピードで肉薄してきた腕はあっさりと静止。少女は狐に包まれたような顔をする。
「アナタが、狂生根に寄生された人ね。ワタシと、一緒。副作用はナニ?もしかして、植物を操れる?」
相手の背中から生えた腕が更に肥大化していく。遂にはトンネルの天井にまで届く高さになった。
「君、『竜滅の少女』とか言っていたか」
「ウン。怖気づいた?千の竜を滅ぼした、エルフ最強の剣士に―」
「いや知らん。誰?」
へ、と自称エルフ最強は凍り付いた。
「俺警備隊だけど裏世界に疎いし。最近竜が少なくなったってことは聞いたけど、誰が倒したかなんて気にしたことなかった、っておい!?なんで泣いてる!??」
真っ白なエルフの少女はぼろぼろと涙を流していた。それも硬直したまま、滝のように。
「わっ、ワタシ、頑張って剣の鍛錬積んで、いっ、一生懸命に竜を倒してきたのに…っ、はっ、狂生根に寄生されても、その名声だけはのこってるかなって、うぅぅ、思ってたのに…」
どうしよう。敵とはいえ子供を泣かせてしまった。動揺する俺に、ハーレナが「やっぱりクズ男ねェ」とぼやいてくる。やっぱりって何だ。
「許せない、許せない……!!!許さないッッ!!!!」
少女の激昂に応えるように、極彩色の腕はのたうち回り暴れる。植物への命令が追い付かないほどの物量に呑まれかけたその時―
「『三節、翠の皇子』!」
風が吹き荒れた。かまいたちのような鋭く細い刃を伴う風が。
「お前さんも『竜滅の少女』も、オレを忘れてない?」
青い長髪をたなびかせながら、ネリネは風に舞っていた。間一髪のところでネリネの風は剛腕を切り裂き、そのおかげで俺は命拾いをした。誰かの呻吟が風に乗って聞こえてくる。
『イタイッ、イタイ!!!』
それはエルフの少女のものではなく植物の声だった。無数の植物によって形成される腕から切り離された植物の内の一つが呻いている。ということは……
「『竜滅の少女』…君が狂生根に寄生された副作用によって手に入れた力は、植物を吸収する力か」
少女は、依然涙を流したまま頷いた。
「ほんとに、気持ち悪い力。これのせいで、寄生の進行も早まった。けど―—皮肉なことに、ワタシ自身が極めた剣より強い」
次と、そのまた次と、少女からは植物が溢れ出てくる。一体どれだけの植物を取り込んできたのだろう。これだけの数は、一つ一つを相手にする「対話」も相性が悪い。
ならば―—「統制」。
「ハーレナ」
『できるわよ、寄生の進行と引き換えにねェ』
俺とハーレナは、目の前に群を成す大量の植物に向かって、指導者がそうするように語り掛けた。
「『全員、動くな』」
山のように群がっていた極彩色の植物たちは、揃って動きを止める。
(この後の命令は、なるべくシンプルに、伝わりやすく―!どう言えばいいんだっ―?)
焦り空回りする頭を必死に使って、絞り出した命令はひとつ。
「『眠れ』」
意識を失い、力が抜けた植物たちは総崩れした。
深い眠りに誘うことで、文字通り無力化。少女が持つ最強のカードは使えなくなった。
「っ――」
少女は元々白い肌を更に青ざめさせる。決着が着こうとしたその時。
「梓!!!来たわっ、生育異常の個体よ!!!」
トンネルの奥から顔を出したのは、巨竜の形をした―—生育異常にされた植物。
悪寒が全身を駆け巡る。あの植物は、やばい。そんな俺の予感は不幸にも的中してしまった。ハーレナが呟く。
『アレは、竜緋種…異世界の植物でもトップクラスの種ね』
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