植物密輸組織のススメ 前編
異世界反対派の話をしよう。
あるところに、『竜滅の少女』と呼ばれる者がいた。
彼女はエルフでありながら魔法の適性を持たなかったが、竜を狩る才能は突出していた。だから彼女は同族に、裏世界の各地を回り平穏をおびやかす竜を悉く滅ぼすよう強制された。そう、少女は竜を狩るだけの機械にされた。剣を振る日常が、少女の全て。けれど、その日常もある時を境に終わりを告げた。
少女は運悪く、危険な植物に寄生されてしまったのだ。
同族たちは絶望する少女を助ける訳でも、情けをかける訳でもなく、用済みだと言ってあっさり切り捨てた。まるで、少女のことを道具としか捉えていないように。
少女は同族を恨んだ。剣しか知らない彼女は、寄生されてどうすることもできなかった。彼女は一縷の希望にすがるように、表世界に渡った。そこなら、助かるかもしれない、誰か自分を必要としてくれるかもしれないと願って。
―—その世界で異世界反対派に拾われるとは露知らず。
俺は植物園の中のベンチに座り、ラフレシアのような見た目の花をぼーっと眺めていた。
―—今日、密輸作戦が決行される。
まず俺たちは、表世界と裏世界を繋ぐ地点に行き、裏世界に渡る。そこで、組織に運ばれる予定の植物を手に入れてここに戻ってくる。それだけ。ただ、その途中が問題なのだ。十中八九、異世界反対派の残党とやらが妨害してくる。生育異常を起こす薬という切り札を持った、残党たちが。
作戦に気が向かない理由はそれだけではない。俺は、世境を守る警備隊であるにもかかわらず、密輸に加担し、法を破る。それが、どうにも上手く、呑み込めない。
『迷っテいるのォ?アナタが生きられるノハ、ココだけナノに』
狂生根が妖しい声音で心をかき乱してきた。
『信念ナンて無駄なだけ。アナタはモウ少し泥の味を知った方がイイ』
この植物は、いつも言葉でもってがんじがらめにしてくる。一種の呪いだ。俺はベンチから立ち上がることができない。気力を削がれる底なし沼にいるようだ。
と、そこで走り寄ってくる人影がいた。
「あっ、いたいたー、梓さん!」
早枝だ。今日も、焦がしキャラメルような色の毛並みをした猫人に変身していて、明るい笑顔を浮かべている。いつもと変わらない笑みの下で、彼女は何を考えているのだろうか。
…そんな疑心暗鬼は、一瞬で砕かれた。
「見てっ、ほらこれ!梓さんが助けてくれた変幻葉!」
見せてきたのは、肩に乗るくらいのサイズの…フランス人形だった。
『アノ時は有難うございました、アズサ。アナタ様のおかげで、童はこんな立派に育つことができましたよ』
美しい顔立ちのフランス人形が、ペコリとお辞儀した……しかも、他の植物がそうするように脳に直接語り掛ける形で。
「ふぇ、変幻葉…???????」
「そうだよっ、わたしもよく分かんないんだけど、ボスが言うには突然変異だって!薬の弊害かねー?」
『お恥ずかしいコトに……変異種になってしまいました。ご迷惑をおかけした分、これからはアナタ様の力になりたく存じます。キャサリーナと呼んでくださいね』
どうやら本当のことらしい。元はミミズのフランス人形って…ビフォーアフターの差がえげつない。キャラ変の乱気流に酔ってしまいそうだ。
「この子も、あたしも…梓さんのおかげでこうやって生きていられる。本当に……ありがとう」
俺の手を握りながら、早枝は頬を淡く染めてはにかんだ。俺は、その早枝の姿に憑き物が落ちた気がした。
そうだ、褒められたようなことじゃなくてもいい、表も裏も関係ない、誰かが救われるような道を進まなければいけないんだ。
俺の信念はきっと、そのためにある。
「全員集まったわね?じゃあ始めるわよ」
しばらく経ち、俺たちは神社の大木の前に立っていた。
「ここが裏世界への入り口なのか?東京タワーとか国技館とか、注目を集めやすい場所が入口になるんじゃなかったか」
「…それは、表の情報です…裏社会が使う用の隠れスポットがあるんです」
「そうっ、公式には知られていない、あたしたちだけの秘密の隠しルートだよー!」
「雪芭さん、警備隊に教えちゃっていいんすか?」
「やむを得ないわ。本当は爺やと一緒に留守番係にしたかったけど、狂生根が強力すぎるもの」
爺やは一人留守番で、俺と雪芭、錦、ミーラリ、早枝(あと肩に乗ったキャサリーナ)が裏世界に渡るメンバーだ。……何か、遠足に行く子供たちとその引率みたいなパーティメンバーだな……
「そういえば、異世界反対派の残党が襲ってきたらどうすんだ?早枝とミーラリだけじゃ心もとないし、危ないだろ」
俺はミーラリと早枝を指さす。ミーラリはいまいち感情の読めない様子で首を傾げ、早枝は謎に「梓さんが心配してくれてる…!」と赤い顔を手で覆っていた。
「大丈夫よ。いざとなったらわたしも戦えるし…それに、裏世界には仲間がいるの」
「あ、ネリネさんっすか?また異世界酒あさりをしに行ってるんすね…」
まだネリネという組織の仲間がいたのか。雪芭のお墨付きならまあ強いんだろう、と納得。
「ねえ、そういえば、あなたは裏世界に行った経験はある?」
「ないな。行ったことも調査したことも。新人なもんで」
「なら、驚かないことね。——これが『世界間のトンネル』よ」
神木の裏側に回り、生い茂った蔓をかき分けると、そこには人ひとり入れそうなほどの穴があった。
その場の全員が息を呑む。俺も遅れて呑んだ。
「目を瞑った方がいいわよ―落ちるから」
「へ?」
トンネルって、まさか、横じゃなくて縦!?
ドンッ、と後ろから背中を押され俺は放り出された。一瞬の浮遊感。それから、重力に従ってひゅっと、真っ逆さまに落ちていく。
「あああああああっ!?」
悲鳴のビブラートを奏でて、俺は異世界に吸い込まれていった。
目を覚ますと、そこは全く見知らぬ場所だった。
紫色の空に、かぐわしく爽やかな草花の香り、耳朶を撫でる柔らかな風——と詩情に浸っていたところで、がばっと身を起こした。
「裏世界!???」
そんな俺の叫びを肯定するように、
「やっと起きたなぁ、お前さんが警備隊?」
すぐ傍には酒の匂いを纏わりつかせた美女—もとい、羽を生やした妖精がいた。
「ど、どちら様?」
「酷いね、誰もオレの紹介してないの?」
透き通るような青の長髪と背中の羽を持つ女性は、手にボトルを携えていた。すごく酒臭い。
「別に酔っ払いの紹介をする必要もないと思って。自分からしなさい」
「あいあい。警備隊員、オレは妖精族のネリネ。お前さんたちを無事組織まで送り届ける役目を負ってんだ。」
端正で隙の無い振る舞いをしながら、ネリネは終始ボトルを傾けている。
「細かい説明は道中でな。今はこれを運ぶのが肝心だろ?」
異世界の植物の種や苗がたくさん入ったバックパックが全員に手渡される。背中にのしかかる重みに、俺は覚悟を決めた。
「さあ、地獄の家路だ」
復路は、表世界へと繋がる長い長い上り坂。裏世界へ来た感動を噛みしめる暇もなく、俺たちは戦場へと足を踏み入れる。
そこで、狂生根がぽつりと呟いた。
『また…トンネルを抜けるノねェ?』
いつもは人を小馬鹿にしたような口調が、今は鳴りを潜めてどこか硬い。その違和感は勘違いではなく、
『サッキまで静かだったのに、今は気配がウルさい……ソレに、この感じ…同胞ね』
無意識のうちに冷や汗が頬を伝う。
『アチラの陣営にも狂生根に寄生された者がイル』
それは行き先に暗雲をたちこめさせる事実だった。




