宿主たち(異世界特化人材)
その日は天気が良く、すっかり春めいてきたのを感じられる一日だった。
「ああ、久しぶりの『表世界』…!!エルフに時間外労働でこき使われてもパワハラと言え、獣族に絡み酒されてもアルハラと言え、ノームに理不尽な苦情を叫ばれてもカスハラと言える…!なんて素晴らしいんすか…!!」
だから、往来の激しい通りで、センター分けの若手営業マンが膝をついて感動の涙を流していても、周りの人々は春の陽気に当てられた変人がいると思って気にしない。
「しかし…面倒なことになったっすねぇ。生育異常を起こす栄養剤とは。『竜翠』種のような特徴を持っているらしいし…」
うーんと考え込む営業マンは、手元の改造ビジネスバッグをいじり、小型のパネルを出現させた。そして、そのパネル越しに取引相手とのビデオ通話を開始する。
「あー、雪芭さんっすか?今から向かうんすけど、お土産何がいいとかありますか?」
死んだ魚の目をする苦労人はその実、密輸組織専属の凄腕バイヤーだった。
「…さて、準備はいいわね?」
暗がりの中、男女数名が目配せをし合う。俺も打ち合わせ通り入り口の扉の陰に潜み、身構える。そして作戦は実行された。
「確保ッッッ!!!!!」
「わあああっ!?ナンスか、突然!!??」
ビルの前にのこのこと現れたターゲットに向けて、全員で飽和攻撃。まず早枝が俊敏な動きで動揺した相手の足を払って態勢を崩し、さらにミーラリが背後に回ってからの真顔逆エビ固めを炸裂させる。悶絶する相手に爺やの腕を俺と雪芭で巻き付けて捕獲。そして試合終了のゴングが鳴る。
「随分手の込んだ歓迎の挨拶っすね…いたた」
「少し宗旨替えでもしようと思ってねぇ。どっかの悪徳業者に騙されたばかりだから」
皮肉るような薄っぺらい笑顔で、雪芭は言う。
「いや、違うんっすよ…自分の仕事は裏世界の出荷業者との交渉とルートの確保ぐらいで、流通するモノをいじくることはできないって、雪芭さんも知ってるでしょ…」
「ど~だかね~。それも含めて、あなたに事情を聴きたいんだけど?これからも建設的な関係を続けていくためにね」
俺は改めてこの組織長は侮れないと思った。というかこの組織、外見通りじゃない人が多すぎる。
「さて、お土産は何かしら?」
「うぅぅ、どこに行ってもハラスメントまみれじゃないっすか…!隠居したーい…」
灰髪に細目、ピシッと固めたセンター分け、唐草模様のネクタイというどこか胡散臭そうな見た目をしたバイヤーは、めそめそと泣き崩れていた。
「梓、この残念な労基愛好家がうちがお世話になっているバイヤーの錦よ。」
「錦…確か、警備隊で聞いたことあるぞ。いつも捜査網をかいくぐる得体の知れないやつだとか」
「あ、覚えていてくださるとは光栄っす!貴方が噂の警備隊からの刺客っすね!狂生根に寄生されるなんて珍しい~」
「…何で知ってるんだ?俺のこと」
「耳が早いもので。それに、有名っすよ?貴方。あの組織に転がり込んできた命知らずな警備員がいるってね」
そう言いつつ、錦はミーラリに勧められた紅茶を一気飲みした。…雪芭に煙たがられている理由が、なんとなく分かった気がする…
「——本題に入るわ。あなた、生育異常を起こす薬を肥料に混ぜて送り付けた輩に心当たりは?」
「だから、知らないって―」
「嘘ね」
雪芭は断言した。
「だって証拠にほら、あなたの目が赤い」
驚くことに、さっきまで鳶色だった錦の瞳は真っ赤に染まっていた。体に入り込んだ何かが呼応するかのように。
「あー…紅茶に混ぜました?『嘘見葦』なんてタチ悪いっすねー…」
「当然の措置よ。下手な嘘吐いても無駄だから。で、どこまで見当をつけているのかしら?」
錦ははあ、とため息を吐いて観念したように喋りだす。
「今からちょうど十二年前に、異世界交流会で大きな祭典があったでしょう。あの時に、異世界反対派によるテロ事件が起こったじゃないすか。いまだに首謀者が見つかっていない、あの…。
今回そちらに嫌がらせをしてきたのは、その異世界反対派の残党みたいっす」
話し合いの場に深い沈黙が下りた。
俺が小学校の頃に起こったテロ事件。よく覚えている。あの大きな騒ぎで、裏世界との関係が断絶しかけた。民間人を多数巻き込んだ、その事件の内容は――
「——異世界の植物の寄生」
雪芭が暗い顔で呟く。
「あなたも確か、無関係じゃないはずよね?」
「まあ、そうっすね。……狂生根に寄生された警備員には言っておきますか。実は自分、あの時『呪穏根』という植物に寄生されまして」
そう言って錦は袖をたくし上げる。服に包まれていた腕には、赤色の脈が張り巡らされていた。
「呪穏根は、狂生根と対を成す第一級指定の危険生物。
ハーレナと違う点は、副作用による能力は得られるけれど、基本宿主が一方的に寄生され殺されていくだけという点。……そして、明確な治療法が存在しない」
死刑宣告のような雪芭のその言葉に、俺は絶句した。
「まっ、自分はこれで助かっていますけどね。人の真価を見定める能力……それがギーレイに与えられた力っす。地味っすけど、世渡りする上では案外役に立つんすよ。
…呪穏根は、ハーレナと違って『共生』という選択肢が存在しないっす。だから、貴方はまだ救いがあるんっすよ」
力なく笑う錦。俺は、その悲しげな微笑を前に、拳を握りしめることしかできなかった。
「……梓、あなた、警備員でしょう。何か情報はないの?異世界反対派に関する」
「俺らも補足できていなかった奴らだからな…捜査情報もあるにはあるが、乏しい」
「それでもいいわ。錦、もともと協力を求めるつもりでここに来たんでしょう?奴らを捕まえるために」
「お見通しっすか…まあ、率直に言っても信じてもらえないと思ったので」
「何をすればいいのかしら、わたしたちは?」
異世界反対派の話が出た途端、雪芭の目つきが変わった。どこか焦っているようにも見える……?
『いろいろと因縁があるのじゃ、奴らとは』
そんな疑問に、俺にしか聞こえない声で爺やが答えた。
「奴らは、密輸ルートに関与している。これからも、そちらさんに嫌がらせをするでしょう。それこそ潰れるまで。そちらさんの組織が、どこに薬が混ざっているかも分からない状態で右往左往するようにね。
だから早い話、実際に密輸して確認すればいいんっす。そうしたらどこに奴らが介入しているか分かる」
「…わたしたちの本業だからねぇ、お安い御用よ」
その場に揃った組織の全員が揃って頷く。
「頼もしい限りっす。…これ、お土産っす。そこに、奴らが関わっている可能性の高い植物の密輸ルートが書いてある」
「ちょ、待て!本当に密輸をするのか?だって、それは犯罪行為で…」
「勘違いしているようだから言わせてもらうわ、警備隊」
雪芭は、どこまでも温度のない冷酷な表情で告げた。
「わたしたちは正義じゃない――正義で悪を裁こうなんて思っていないのよ」
そうして、密輸作戦は動き出す。
ここまで目を通していただきありがとうございます。
組織の構造に踏み込もうと言って二の足を踏んでしまった第四話になります。細かい設定が多く申し訳ないです。




