表とウラを、繋ぐ植物
何が起こった。
瞼を焼くほどの眩しい光が辺りを覆い、とっさに早枝とミーラリを背で庇ったものの、白い光に視界中を埋め尽くされ状況の把握ができない。言い知れぬ不安に体を支配されていると―
『アラぁ、こレはフェージベイの亜種ネ』
内側から呼びかけてくる狂生根の声に、はっとして気を引き締め直す。
それから、全神経を総動員して眼前の植物に耳を傾けた。
『アアアアアアアアアアアアァァアアアアッッ!??』
痛々しく壮絶な、叫喚が聴こえてくる。
今までこんなことはなかった。彼ら植物は、拙いけれども確かに言葉を発していた。言語を失うほどの何かが、あの変幻葉の中で起きている…?
「っ、変化!!」
と、そこでこちら側に動きがあった。ポンという煙の音と共に空気を切り裂く気配がした後、植物が放出していた閃光が途切れた。
「これっ、生育異常…!?うそっ、この大きさ!あたしのキャサリーナちゃん、立派になっちゃって…!」
戻った視界で見ると、聴覚に優れる獣族の早枝が、変化の術によって変形させた腕のかぎ爪で変幻葉(元キャサリーナちゃん)に肉薄しているところだった。通路を塞ぐほどの巨大な図体をした、ミミズのような姿の怪物に。
「…とりあえず、矯正するしかないですね。梓さん、下がって」
ミーラリは手首の骨を鳴らしながら、真剣な眼差しでフェージベイの怪物を捉え―—突進。
防具もつけずに巨大ミミズの懐に潜り、暴れ回る怪物の長い体を避けながら、徒手空拳で戦いを挑む。驚異の身体能力で刃のように鋭い軌道を残しながら打撃を加えていく。
「早枝さん、何か射るものをくれませんか。エルフの本業は射手なので」
「はーい、承ったよっ。あんた戦いの時だけ口が達者になるよねーっ、そういうところが苦手だよ!」
早枝も、変形させた両足と両腕を使い四足歩行のスタイルで爪を振るう。両者が交差させる絶え間ない打撃と斬撃の雨にさらされ、ミミズは身を散らしていく。
勝てる。繰り広げられる異次元の戦闘を見て、そう確信したのも束の間。
『グゥアアアアアアッ、アアアッ、フーッ、グゥ…』
再生する。本当の怪物。植物でありながら、獣のような唸り声を上げて。おかしい、と気づいたのは俺だけではなく、ミーラリも早枝も一瞬手を止めて呆然とし、驚愕の色を露わにしていた。
「再生能力持ちですか…そのような特権、竜翠の種にしか存在しないはずですけど」
「変異って言ったって限度があるよっ!もしかして、原因はあの肥料かな…っ?」
「じゃあ、どうすんだ!?あれ!!」
堪らず叫んでしまう。こちとらエルフでも獣族でも異世界の住人でもない、ただの人間なのだ。ちょっとばかし寄生されてるだけの、ただの人間。巻き込まれたら死んでしまう。
「「集中攻撃」」「それしかないです」「ないねっ」
早枝は変化の術を使い、壊れたプランターを弓矢に変えミーラリに手渡す。ミーラリは、その弓の弦を何回か引っ張った後、矢をつがえて臨戦態勢に入った。早枝も両手を地に着けて四つん這いの構えを取る。
ミミズの怪物も再生を終えて二人に注意を向けたまま動かない。つまり膠着状態。
だから俺は、場違いだと思っていた疑問を口にした。
「早枝、あの怪物は元々君が大切に育てていたキャサリーナなんだろ?倒していいのか?」
早枝は驚いたように俺を見つめ、それから覚悟を決めた顔を怪物に向け直した。
「うん、つらいけど…それしか、あの子を楽にしてあげる方法はないんだ」
それが合図だった。ミミズの怪物は猛スピードでこちらに迫ってくる。早枝とミーラリは一糸乱れぬ動きで迎撃に移行する。最初は早枝。前方に躍り出てスライディング、その勢いのまま底をさらうようにミミズの足元を爪で引っかく。幾筋も刻まれる斬撃。耐えきれずミミズが全身をうねらせたところで、ミーラリが矢の狙いを定め――連射。目にも止まらぬ速射に加え、一矢も外さない抜群のコントロール。射手が本業という言葉は嘘偽りなく、むしろ徒手空拳の時よりキレが出ているものだから恐ろしい。
だが、精度と密度が増していく攻撃とは裏腹に、ミミズは傷を吸収しては再生する。
終わりがない。切っても裂いても打っても穿っても、無傷。
生命力が異様に高い。竜族はおろかモンスターでもない、異世界で育った植物だというのに。
……そうか、植物だからこそだ!
そう思い当たった瞬間、
「ッうう!」
疲労と焦りの隙を突くように、ミミズが長い胴体でもって早枝を吹き飛ばした。
「早枝っ!!!」
壁に叩きつけられ轟音を生じさせる早枝。額から血を流し横たわるその姿を見て、居てもたってもいられなくなった俺は駆け出したが―
『待ちナサぁイ』
ビギリ、と内側から無理やり動きを停止させられた。
「何をっ…」
体の奥から自分を操っている見えない指に抗えず、足が動かない。
『ナニガできるとイウの、アナタにィ?』
それは、自分と半身を分けている者の、薄黒い嘲笑だった。
「矢が効かない…っ!!」
ミーラリは唇を噛んだ。間に合わない。倒れた早枝に襲い掛かる怪物はいくらミーラリが矢を打とうと気にしない。弱った獲物の息の根を止めることだけを考えている。魔法の詠唱をする時間もない。
変幻葉の怪物は、頬を引き裂いて大きな口を露わにし―—少女を呑み込もうとした。
その刹那、少女は夢を見ていた。
一族の衰退によって迫害され、裏世界に居場所がなくなった一家。幸せに暮らせる世界を求めて、違反を犯してまで表世界にやって来た。けれど、そこでもやっぱり居場所がなかった。表世界の環境はどこまでも厳しい。未知の食べ物、未知の文化、そして―—未知の病気。母と父と弟は病に伏せ、床で息を引き取った。残った少女は、ひとり密輸組織に流れ着いた。独り、生きていくしかなかった。けれど、その場所で少女は自分の育てる植物に元気づけられた。少女の傍には植物がいた。独りじゃなかった。
だから、夢の中で、少女は友達の名前を呼んだ。
「キャサリーナちゃん…」
変幻葉は、早枝の呟きに、一瞬、ぴたりと動きを止めた。
『アアアアアアアアあああ…?』
痛みと苦しみによって衝動に促されるがままだった植物の内に、自我がちらついた。目の前の少女を、育て主だと認識しようとした。
その一瞬を、梓は逃さなかった。
「狂生根!俺は確かに何もできない、ただの人間だ!けど、異世界のことなら、お前がいるんだ!だから、頼む!」
『ショウキぃ?狂生根とノ共生をエラブなんテ、オロカね』
そう、梓が選んだ方法は―—対話。
『変幻葉、ワタシの声二応じなさァイ』
『ア、ギィッ?』
狂生根……それは、高い知性を持ち、相手を従わせる力を持つ、第一級指定の危険生物。
『自分を取り戻セ、同胞。デナクバ、アナタは表世界の植物ト同じレベルにマデ身を堕トス。ソレでいいノか』
梓は、内側から響いてくる不気味で妖艶な声に鳥肌を立てた。フェージベイもその声音に心を掴まれ、ピクリとも動かない。
『アナタはソンナ阿呆じゃナイはずデショウ?ねェーキャサリィナ』
『あ―――』
薬の効果が、破られる。
しゅるしゅると、ミミズの怪物はその身を縮ませていく。故意に引き起こされた生育異常による暴走が静まり、本来の姿に戻る変幻葉。
血ににじんだ視界でそれを見て、育て主の少女は安堵の笑みをこぼし、瞳を潤ませた。
ミーラリもその光景を見て穏やかに微笑み、小さくため息を吐いた。
そして、梓は。
『ワタシの力を借リルということハ、ソレだけワタシがアナタのカラダに根を張るトイウことよ?』
右手は緑色の脈に覆われて異形と化していた。狂生根と共生することの代償。それを払った梓は、絶望するでもなく晴れやかに笑って、
「別にいいんだ。お前のおかげで誰も殺すことなく終われた。それで万々歳だよ。ありがとう、狂生根」
『…愚か』
人間であれば、きっとふてくされた顔をして呟いているだろうな、と梓は思った。
ちなみに、事の顛末を組織長に電話したら、飛んで帰って来た。
「ええぇ、ちょっかいじゃ許されないレベルよ、これ…」
戦闘の痕跡が残るぼろぼろの居住スペースを見て、雪芭はしばらく呆然としていた。
それから、生育異常で暴走した変幻葉に傷つけられた早枝の額を見て、
「もう堪忍袋の緒が切れた…!」「許すまじ…!」と拳を作りながらブツブツ言い、
「よーし!バイヤーを呼ぶわよッ、こうなったら例のグループを事情聴取でつるし上げてやるわー!!」
と宣言した。
「え、ボス…あの人を…バイヤーを呼ぶんですか?来る度に罠仕掛けていくから後片付けが大変なんですけど…」
「そう言ってる場合じゃなくなったのよ、重大な案件が発生していてねえ……!」
いまいち展開についていけない俺は、今にもがるがると唸りそうな形相の雪芭に尋ねた。
「おい、バイヤーってなんだ?」
「あら、まだ紹介してなかったわね」
雪芭は人差し指を立てながら、言った。
「バイヤーは、裏世界の植物を買い付け、輸入する上での仲介に回ってくれる——裏世界との橋渡し役よ」
読んでいただきありがとうございます。
次回はやっとこの植物密輸組織の構造に触れられるかと思います。(今まで流してきましたが…)
ちなみにハーレナさんはヒロイン扱いです。




