もう一度、やり直せたのなら
ディジェイは、叫喚に包まれる大通りを塔の上から見下ろしていた。
悲哀に満ちた表情をたたえ、邪な笑みも今だけは鳴りを潜めている。どこか苦しそうにパレードの騒ぎを眺めるディジェイに―—近づく影が一つ。
「ディジェイ、もう止めよう、こんなコトは」
ディジェイを追いかけて町中を奔走していた、浜木綿だった。
「竜滅の少女……。そちは密輸組織に出会って何が変わったけ?そやつらの思想にかぶれでもしたのか」
皮肉るような微笑が零れる。
「わしらは、異世界反対派じゃぞ?いずれ裏世界と表世界を完全に絶ち、異世界を滅ぼす異分子。わしはただ、信念に従っているまでじゃ」
「じゃあ何で―—」
浜木綿は言葉を切った。
「泣いてるの?」
ディジェイの頬には、大粒の涙が伝っていた。
「泣いてるじゃと?わしの何処を見て、泣いていると……」
言葉は続かなかった。溢れる雫が話を堰き止めた。
「爺や……将仁先生は、アナタにとって大切な人。植物に体を侵されて、どん底に転落した時に希望を与えてくれたんでしょう」
「知った口で、何を!!」
ディジェイは激昂して掴みかかろうとする。その寸前で、浜木綿は袖をまくり、緑色の脈に覆われた両腕を突き出した。
「ワタシも、分かるの。……ワタシにとって、梓がそういう人だから」
元竜滅の少女は、同情を滲ませた瞳で相手を見つめる。
「だからディジェイ、大切な人は―—失っちゃダメだよ」
そこには、もはや敵対という関係は存在しなかった。浜木綿は、ディジェイに昔の自分を重ねて、憐れむように語り掛けていた。
「わしに情けをかけるな!わしは、異世界反対派で、悪で、そして……」
「ねぇ、何カラ逃げているの?」
はっと、ディジェイが肩を揺れ動かした。
逃げている―—その通りかもしれない。自身の不幸から逃げるため異世界反対派に入り、自身の罪から逃げるために悪事を受け入れるようになり……ずっと、逃避を繰り返してきた人生だった。そのせいで、一番大事な人の手を、願いを、振り払った。
「私、は……」
呆然としたまま、ディジェイは大通りの方を見据える。パレードが佳境を迎えようとしていた。
梓は、朱い騎士と対峙していた。
『命令が通る保証はないわよォ?相手は呪穏根に寄生された挙句生育異常を起こしているんデショウ?』
「大丈夫だ。最初から、命令をするつもり何てない」
『フゥン?』
梓は騎士に向けて駆け出す。
「対話だ」
騎士の一閃が振るわれる。防御もなしに突っ込んだ梓が、抵抗することもなく切り刻まれていく―—その瞬間。
「梓さん!!」
大きな盾に変化した早枝が、攻撃の軌道を遮った。
「早枝!っ、ありがとう、助かる!」
それに続くように、雷に打たれた獣人楽団の団員達が再起していく。重傷でありながら、彼らは持ち前の爪や牙や翼で土壇場の戦闘に臨む。
「お前ら、気ぃ張れ!ラストスパートだ、奏で続けろ!」
口から血を流す狐人のリーダーが、活気に満ち溢れた表情で鼓舞する。今にも倒れそうな団員たちは、彼らのリーダーと同じように笑い、奮い立った。
『マッタク、無謀ねェ……丸腰で突っ込もうなんて』
ハーレナは宿主の命知らずな行動にため息を吐いた。一方の梓は微笑んで、
「無謀じゃない。爺やに対する……信頼だ」
そうして、また一歩踏み出していく。
爺やに近づき、声を届けるために。
「『おいっ、爺や!しっかりしろ!』」
梓の言葉とハーレナの言葉が重なり合う。一瞬、朱い騎士は動きを止めた。何かを思い出すように。
「『お前を待ってる奴がいる!生育異常になんか、呑まれるな!』」
梓は必死に呼びかける。早枝と楽団員たちを剣で薙ぎ払う騎士は、少しだけ動きを鈍らせる。
「『思い出せよ!植物密輸組織を!』」
至近距離で、騎士に向かって叫ぶ。その一言に、騎士は一段と強い動揺を見せたが―—停止することはなかった。
「がっ……」
袈裟切り。とっさに回避しようとしたことで即死は免れたが、灼熱の痛苦が梓を襲う。
「梓さんッッ!!!!!!!!」
早枝が悲鳴を散らしながら走り寄る。ルラとメルも、治療を施そうと梓のもとへと駆けつけた。
「っっ…」
差し伸べられた早枝の手を握りながら、梓は起き上がって爺やと向き合う。二人の仲間を見つめる騎士の目元は、兜に覆い隠されていて伺えなかった。
「『戻って、来い……』」
かすれた声で紡がれる懇願にも、騎士は耳を貸さなかった。
命を絶つための、鋭い剣筋が梓と早枝に襲いかかる、その寸前で―—
「将仁センセイ」
ゴスロリ姿の、墨色の瞳に光を宿す女性が現れた。
「あいつ……っ!」
散々痛めつけられた記憶を思い出して、梓は苦い顔をし、制止しようと迫る。早枝はそんな梓の様子に、
「大丈夫、きっとっ。梓さん、信じてあげて」
梓は動きを止め、目の前で繰り広げられる光景に釘付けになる。
「センセイ、謝りたいことがあります」
不思議と、騎士は身動きもせずその場に留まっていた。まるで、生徒の言うことに耳を傾ける教師のように。
「私は、センセイの教えを破って、テロリストに身を堕としてしまいました。折角、センセイが私たち聖樹の膿を植え付けれた生徒と真摯に向き合ってくれたのに……ごめんなさい。弱くて、ごめんなさい。逃げてしまって、……ごめんなさい」
滂沱の涙を延々と流しながら、ディジェイは朱い騎士に頭を下げた。懺悔は止まらなかった。昔の生徒を前にした騎士は、死人のように硬直したままだったが―—、そこで初めて、肩を揺らした。
「センセイ。私は、私を一人の生徒として扱ってくれた貴方が、好きだった。その思いは、もう叶わないけれど―—まだ、私を導くことは出来るでしょ?私に道を示してよ。何が正しくて何が間違いなのか、私に教えてよ!」
最後の一言は、騎士の兜を剥がした。
からり、と乾いた音がして兜が滑り落ちた。露わになったのは―—かつてディジェイの前で見せていた、センセイの顔。
奇跡としか形容のしようがなかった。生育異常によって、起こった奇跡。
呆然とするディジェイの前で、彼女のセンセイはあの時と変わらぬ笑みを見せた。
彼女が道を踏み外す以前の、生徒に見せる優しい笑みを。
『おかえり―—』
ディジェイは、慟哭した。彼女を覆っていたメッキが剝がされる。一人の生徒として、子供のように声を上げて先生に抱き着いた。
それと同時に、パレードの終わりを告げる紙吹雪が散った。
『なァんだ、今回はワタシの出番があんまりなかったわねェ』
植物たちの生育異常が落ち着き、混乱と化したパレードの後片付けが行われるサマを眺めながら、ハーレナはぼやいた。
「まあ、いいじゃないか。死者も出なかったんだし―—」
『アナタにとってはいいでしょうね』
大通りが安堵と歓喜の嵐に包まれる中、狂生根がぽつりと呟いた。
『寄生。これ以上進行したら、アナタ本当に木と同化するわよォ?』
読んでいただきありがとうございます!
やっと物語に一段落がつきました。これからの執筆の参考にしていきたいので、感想等を書いていただけると幸いです。




