主人公の帰還
俺は、見知らぬ感触のベッドで目を覚ました。
「あ、起きましたか、よかったです!」
傍の椅子には、背中から翼を生やした少女が腰掛けていた。俺は痛む全身をベッドから起こしながら呟く。
「ここは……」
「ミサキ獣人楽団の控室です。ルラとメルが貴方たちを見つけて連れて来たんですよ?あの二人、すごく必死で。ルラとメルが他人にあんな関心を抱くなんて、珍しいのに」
鳥の獣族と思われる少女は、妹の成長を喜ぶ姉のように優しく微笑んだ。俺は部屋を見渡してみる。隣のベッドではまだ灰生が眠っている。そして、包帯が置かれているテーブルの奥に、小さな窓が備え付けられていた。俺は、殴打された時の傷の痛みにつんのめりそうになりながらも窓へと駆け寄る。
「ちょっと、まだ動いちゃダメですよ!」
静止の声も聞かず、俺は窓を開け放った。すると、耳に入って来たのは悲鳴と叫喚。途切れ途切れに響くそれは、尋常じゃない事態が起こっていることを示していた。
「おいっ、パレードはどうなっている!?」
「う……気付いてしまいましたか。大通りの方で少しトラブルが生じているようでして。直ぐに解決するのでおとなしく―—」
鳥人の少女が言い終わらない内に、俺は飛び出していた。
「あっ!絶対安静って言葉知ってますかー!?」
「知ってる!」
けれど行かなきゃならない。俺は苦痛に苛まれる体に鞭を打つ。足は、自然と大通りへと向かっていた。
大通りで、爺やが生育異常を起こした姿である朱の騎士と相対しながら、早枝は息を吸った。
「変化!!!!」
ポンッと音を立てて変身したのは、ドゥロロ戦でも使った巨竜の姿。凄まじい咆哮を上げることで、早枝は騎士の警戒を誘う。
勇猛果敢な雄叫びに対して、騎士が取った行動は―—斬り拓くこと。
闘牛のような構えをする馬を操り、巨竜の姿をした早枝へと突進。
そして、銀色にきらめく剣を横に薙いだ。竜の体を一刀両断するように。
しかし、その絶技はかすりもしなかった。
「二連変幻」
早枝は、巨竜から手のひらサイズの小人へと変化していた。胴体を狙ったはずの剣は、一瞬で縮んだ早枝を捉えきれず空を切る。短期間で二連続の変化。狸の獣人であってもかなり無茶な芸当。それを可能にしたのは、皮肉にも生育異常で変異してしまったキャサリーナの力だった。
『童は仮にも変幻葉……!主人のイメージくらい、全部実現してやりますよ!』
んべっ、と舌を出したキャサリーナは、変化の煙を体から出し供給し続ける。
それは、更なる変化の連続行使を促していた。
「三連、四連、多重変幻ッ!!」
騎士の剣技が迫る度に、早枝は変化を繰り返して回避する。まるでいたちごっこのような光景に、楽団員たちは唖然としていた。
「メル……あれが狸の獣族?何というか…すごいんだけど」「メルたちのところにはいないもんね、狸。実態を伴う変化なんて、初めて見た」
「だが、躱しているだけじゃ決着はつかないぞ」
狐人のリーダーが、敵対する狸族の内の一人の少女に辛口な判断を下す。
ぎりぎりの攻防を演じる早枝は、異常なほどの汗を流していた。変化、変化、また変化。七色の煙の中で早枝と騎士は舞う。少しでも気を緩めれば、騎士の剣は早枝に届いてしまう―—実際その通りだった。
『ッ!サエ!限界が来ます!』
「ごめんっ、キャサリーナ!あともうちょっとっ…」
早枝が足を止めた時だった。閃光が空を裂いたあと、騎士が大振りに飛ばした斬撃が……早枝に届いた。
「あ」
頭に生えた早枝の猫耳が、剣に貫かれた。そのまま水平に薙がれ、頭部が砕かれる―—かと思われたが。
ポンッと小気味の言い音がして、貫かれたはずの耳は消滅した。
「なーんてねっ」
早枝は得意げな顔で微笑む。
「騙されたね、爺や。あたしが猫の獣族じゃないってこと忘れちゃったの?」
早枝の笑みに呼応するように、辺りに飛び散っていたプランターの欠片が輝いた。
「はい、終わり」
煙が、霞のように勢いよく広がった。同時に、プランターの欠片が一斉に姿を変える。尖った先端を変形させ、巨大なまきびしとなり、騎士の体を突き通した。
騎士は、その場に縛り付けられて身動きできない。
「変化の条件は対象に触れること……さ、元に戻って?爺や」
ぴくりともしない朱の騎士に、沈静化のための変化をかけようと早枝が近づく―—しかし、それが攻撃をためている状態だったと気付いたのは、その直後だった。
『斬断波』
雷のような刃が、全方位に向けて解き放たれた。
至近距離にいた早枝は勿論、遠巻きに見守っていた楽団員たちまでもが被弾する。電流が全身を駆け巡り、衝撃が皮膚を焼く。雷魔法の上位互換であるその攻撃に、獣人たちは悲鳴を上げる力も奪われ、その場に倒れ伏した。大通りが、一瞬にして惨憺な光景に様変わりする。
「う……」
そんな中で、早枝はふらつきながらも立ち上がった。雷を真っ向から受けてもそれでも再起できるのは、ひとえに意思のおかげだった。
「なんで、爺や……止まってくれないの?思い出して、早枝だよ……」
もう拳を握る力も残っていない早枝は、怪物になった仲間に懇願する。
キャサリーナの時もそうだった。自分は無力だ。結局、願うことしかできない。何かを捻じ曲げるなんて、そんな主役みたいなこと、できっこない。だって、自分は脇役だ。最後の最後に決着をつけてくれるのは、物語の主人公だけ。そう、あたしを助けてくれるのは―—
「早枝ッ!」
ずっと聞きたかった声がした。霞む視界の端から、駆けつけてくる。
「大丈夫か!?……いや、大丈夫じゃないよな」
人間でありながら、その背中は何よりも安心を与えてくれる。彼が来たなら大丈夫。安堵感が胸いっぱいに広がって…独りだったあたしの心を満たしてくれる。
「頑張ったな」
だからなのか、その言葉に不意を突かれた。頑張った…こんな、何もできないあたしでも?
見開いた瞳から、雫がぽろぽろと零れる。あたしは、所詮脇役かもしれない。でも……あたしは、脇役であるあたしをいつも助けてくれる、この人のことが好きだ。
「ハーレナ」
『全く、アナタは女の子に甘すぎよ…、フン。まあいいわァ。アノ調子乗ってる植物に、一杯食わせてヤリマショウ』
そうして、第二ラウンドが始まる。
読んでいただきありがとうございます。
そろそろ魔道具商店街編の終わりが見えてきました。長かった……
ちなみに、現在ヒロインレースを独走中なのはハーレナ選手です。共生ってアドバンテージが強い。




