誰がために奏でるのか
楽団のパレードが開催するとともに、頭上の鉢に飾り付けられている花たちは赤い光を発散させた。
プワーッと吹かれた管楽器の音に重ねるように。
知識がある者はその禍々しい光の名称を呟いた。
「生育異常……」
人々の視線の先には、体を膨れ上がらせ異形の姿と化した植物があった。それらが、無数に散らばったプランターの外へと溢れ出していく。堰を切って氾濫しだす植物は、暴れ回りながら地上へと降りていく。
大通りに押し寄せていた見物人たちは、突発的な出来事に悲鳴を上げてちりぢりに逃げていく。非常時、人は二種類に分かれる。先行して避難する者か、周りに付いていけず取り残される者だ。
「きゃあああああっ!??」
焦りのあまり足をもつれさせ転倒する人が現れる。その隙を暴走した植物が見逃すはずはなかった。大槍のような形の茎が俊敏な動きで倒れた女性に迫っていく―—その時。
「「鹿轍!!」」
双子の少女が突貫。ルラとメルはお互いに手を取り合ってコマのように回転しながら、茎の怪物の懐へ入る。そして、頭から生えた鹿の角に回転の遠心力を乗せて、怪物の体を切り刻んだ。
細切れにされた植物は再生する暇もなく、崩れて沈黙。双子は、避難が遅れている他の人の援護に向かっていく。
「……間に合わないっ!」「もっとペースを上げないと、お客さんを守り切れないの!」
軽快に駆け植物を屠る双子でも、滲み出る冷や汗を隠せなかった。敵の母数がとにかく多くて凄まじいのだ。ややもすると、この大通りが全て植物で埋め尽くされてしまう。
「うぇっ、やばぁ!これって万が一お客さんが被害に遭ったら……」
「ぼくたちの責任にされるやろな。表世界でのエンジョウ?は免れんで」
「誰だよこの事態起こしたの!労災だ労災!わんわん!!」
他の楽団員も楽器をほっぽり出して全力で事の対処に当たっている。犬人の美女は威嚇しながら怪物に向けて爪のシャワーを浴びせ、狼の青年は巨大な花に肉薄し、大きな牙で嚙みちぎっていた。
鹿に犬、狼、または鷲や馬など、多種多様な獣人が入り乱れながら混戦する様は、まるで神話の一頁。
獣が、獣よりも凶暴な植物を仕留めるために闘っている。出し惜しみすることなく振るわれる牙や爪や羽や足は、強靭な力と速度でもって、植物に再生させる隙を微塵も与えない。中には持ち前の打楽器で音を奏でながら植物を撲殺する獣族もいた。
「よし、隊列だ!隊列を組めお前ら!!」
ある程度の避難が終わり、余裕ができた頃、リーダーである狐の男がそう指示した。
号令がかけられた瞬間、ばらばらだった団員たちはすぐさま集合し、各々の場所に付き、隊列を整えた。
「発進!!!」
熊の子供が高らかに角笛を鳴らした。その魔の音に触発された植物たちが、塊になった団員達の下に集まってくる。群がる怪物の巨体が、天を塞ぐ。取り囲まれた獣人たちは——その時を待っていたように、獰猛に微笑んだ。
「グルアアアアッッッ!!!」
誰かが雄叫びを上げた。血に飢えた者達の牙が交わる。幾筋もの斬撃が、繭を形作るように放射状に放たれる。
悉くが斬り伏せられ、怪物たちは灰となって散った。
「掻き鳴らせぇ、楽団員!怪物ですら惹きつけてみせろ!」
こんな非常時でも、奏でられる音は変わらない。ルラとメルも、焦燥を胸の内にしまって、今だけは真剣にラッパを吹き鳴らす。
大合奏。
逃げ惑う人も、窓から顔を出す住人も、理性を失った植物ですら、時を止め、響き渡る音に聴き入っていた。
そして、音に魅入られた植物たちは、それが決定的な仇となった。
楽器からすぐさま武器に持ち替えた獣人たちに、瞬く間に砕かれ、屠られた。
いっそ芸術的ですらある、美しい命の終わりだった。
「雑魚敵はこれで一掃できたかな」「あと残るは……」
汗を拭う双子は、道の奥にたたずむ朱い騎士に視線を移した。
「えらいラスボス感やなぁ?元植物とは到底——」
狼の青年が、そこまで言った時だった。
「あ―—」
朱の騎士が、暴風を起こしながらすぐ傍を通り過ぎた。一瞬の出来事。それなのに、犬人の美女には深い傷が刻まれていた。
「シズっっっ!!!!!」
狼の青年が名前を叫びながら、崩れ落ちる仲間を抱き留めた。大量の血しぶきが噴き上がる。楽団員たちに震撼が走る。ルラとメルは、莫大な恐怖に震えながら、騎士の様子を伺った。
甲冑を着こんだ騎士は、見た目のわりに不気味なほど軽い。足音がまったくしないし、驚くほど機敏。その違和感が、攻撃の出方を予測しにくくしている。加えて、生育異常を起こした他の植物とは違い、動物的な単調な動きではない。人を殺すことに特化した動き。馬上の騎士は、剣に付着した血を払いながら、こちらを睨み付けてくる。
油断すれば殺られる。生死が表裏一体。痛いぐらいの緊張感で満ちる。
―—と、その空気を破るように、乱入者が現れた。
「待って!その植物を殺さないで!」
早枝は走っていた。
だって、浜木綿に託されたから。
早枝と浜木綿は、パレードの開幕と同時に逃亡したディジェイを追いかけるために、縦横無尽に路地を駆け巡っていた。しかし、大通りの方から聞こえてくる悲鳴に嫌な予感を感じ取った二人は、止む無く二手に別れることになった。早枝は、浜木綿に危険な追跡を任せたままこっちに来てしまった。背負わせてしまった。それに、浜木綿は理解してくれていた。早枝の大切なもののことを。
「植物密輸組織は、アナタの居場所でしょう。なら、助けにいきなさい。自分の手で」
早枝は、自分でも理由が分からぬまま、瞳を潤ませ、大きく頷いた。助けに行かなくては。爺やも、梓も、この商店街も。
ひたすらに駆けた先で、早枝は開けた通りに出た。そこには、獣人楽団の面々と、——朱い騎士がいた。
臨戦態勢に入っている両者に、早枝は叫んだ。
「待って!その植物を殺さないで!」
楽団員たちは訝しげな反応を示す。それでも早枝は構わずに、訴え続けた。
「お願い!あたしが、この騎士を倒すから!」
無理やりにでも戦いに割り込む。早枝は、立ちふさがる植物を見据えながら、拳を固く握った。
(あたしには……梓さんのように植物を無力化することはできない。でもっ)
「諦めるのは、あたしの一番苦手な事なんだよ!」
早枝は、変幻葉を頭に乗せ、変化の煙で辺りを覆いながら、騎士を指差した。
「爺や!元に戻してあげるから、道を間違えた生徒を今度こそ正しく導いてあげてっ!」




