パレードの裏事情
センセイは、『聖樹』の膿を押し付けられた私たちに、温かく接してくれた。
「聖樹の力を与えられて君たちはとても困っているだろうと思う。でも、安心してくれ。センセイが正しい力の使い方を教えるから」
治樹学校に入学した時に、センセイが言ってくれた言葉。身に余る力を与えられて、混乱する私たちにセンセイは道を示してくれた。思えば、将仁センセイだけが、聖樹の力を持つ子供としてではなく、一人の生徒として扱ってくれていた気がする。
嬉しかった。とても嬉しかったけれど、埋まらない空虚がいつもどこかにあった。聖樹の膿に体が侵食されて、腐っていく感覚がずっとしていた。同時に、裏世界に強い恨みを抱いていた。正しい道なんて意味をなさない、衝動的な憎悪を。だから、治樹学校を出た後、私は導かれるように異世界反対派というテロ組織に転落していった。聖樹を許せない。異世界を許せない。そんな一心で誤った道を進んでいた私に、センセイはあの時——
「ちゃんと正しい答えを教えられなくて、ごめんな」
そう言って、私が放った呪穏根に呑まれていった。
一瞬のうちに、過去の出来事がたくさん脳裏によぎった。
ディジェイは頭を掻きむしりながら、早枝を睨みつける。
「嘘じゃ。将仁センセイがそちの仲間なわけない」
「……爺やは、ギーレイに寄生されてツタと同化する前に、よく言ってたよ。
自分が十二年前のテロ事件を起こしてしまったんだって。あの時、教え子を導けていれば、あんなことにはならなかったんだって。」
ひゅっ、と喉がつぶれたような音がした。
「セン、セイ……」
「だから、うちの『爺や』を返して!」
両者共に今にも泣きそうな顔で対峙する。ディジェイは一拍空けて深呼吸をし、
「あのツタは植物密輸組織から奪ったもんじゃ。ツタが将仁センセイなら、そちもセンセイも植物組織ということかの?」
縋りつくような、早枝に首を振ってほしいような、迷子な感情を持て余した面持ちで、問いかけた。
「そうだよっ。私も、浜木綿も……爺やも、立派な植物組織の一員だから!」
早枝は全身から自信を漲らせて堂々と宣言した。
そこにはもう、大切な変幻葉が暴走して襲いかかってきた時に、涙を流すことしかできなかった少女の面影はなかった。
「生きとったのじゃな、植物密輸組織……。ああ、何て……残酷なんじゃ」
ディジェイは、何かに謝るように俯いた。どうしようもない事実を嚙み砕きながら。
「もう、手遅れじゃよ。将仁センセイも、そちも、ミサキ獣人楽団も…。これから起こる惨劇の渦中からは逃れられん」
早枝と浜木綿が目を見開く中、最後にディジェイは、生徒だった頃そうしていたように、その言葉を紡いだ。
「センセイ、ごめんなさい」
貴方が望む生徒にはなれなくて、という最後の一言は、パレードの開幕を告げる号砲でかき消えた。
事は、パレード開始三十分前に遡る。
「ここが大通りかぁ。確かに綺麗だね、お花がたくさん」「ほんとに。こんな量のお花、どこから取り寄せたの?」
ミサキ獣人楽団のラッパ担当の双子、ルラとメルは大通りを見物しに来ていた。
「ルラたち、ここで演奏するんだよ?信じられる?メル」「成長したね、メルたちも楽団も。昔は裏世界にある一介の小さな団だったのに」
ルラとメルは感動と共に、自分たちの楽器であるラッパを握りしめた―—が、そこで、突然ラッパが強く横にひかれた。
「えっ、何?」「誰もいないの」
ラッパは見えざる手にぐいぐいと引かれていく。まるで誰かに呼ばれているかのように。困惑するルラとメルは、顔を見合わせた後、ラッパが導く方へと進むことにした。
「?ここに路地裏なんてあったんだ」「薄暗くて怖いの、お姉ちゃん」
人通りが少なく、不気味な雰囲気の漂う路地裏に入っていく。ゴミ箱や塀に描かれた夥しい数の落書きを見て、メルは肩を跳ねさせ怯える。ルラは、道の先で待ち受けているものに好奇心を抱きながら前へ前へと進んでいく。しかし、しばらく歩いたところで、先が行き止まりだということが分かった。
「何だ、肩すかし」「お姉ちゃん、戻ろうよ」
二人は疑問に思いながら踵を返す。と、その時、鋭敏な鹿の聴覚は、壁の向こうから発せられる声を捉えた。
「たす、けて…」
微かなうめき声。それでいて、聞き覚えのある声。双子は真剣な表情で壁を見据える。
「メル」「お姉ちゃん」「考えることは一緒ね」「双子だもん」
二人は以心伝心のやり取りを披露しつつ、突進の構えを取る。前傾姿勢のルラの背にメルが乗り、合体した一匹の鹿のようになる。
「「鹿角」」
音をも置き去る速度で、猛進。
一瞬で壁との距離を詰め、メルの大きな角でコンクリートを破砕する。壁に開けられた風穴から、勢いそのままに内側へ突っ込んでいく。
そこで、双子が見つけたのは。
「警備員さん!?」
体中に痛々しい青あざを作った梓と灰生が、地面に倒れ伏していた。
「ルラ、メル……お願いだ、パレードを、奴の思い通りにさせないでくれ……」
最後にそう言い残して、梓は気を失った。灰生も同様に。腕や足に刻まれた打撲痕と切り傷が、二人が受けた暴力の凄惨さを物語っていた。双子は絶句する。さっき知り合ったばかりの人達が、酷い目に遭って気絶している。それは少女たちにとって衝撃的な出来事だった。
二人が、ミサキ獣人楽団が、知らないところで何者かの陰謀がうごめいている。動物の勘は、そのことを本能的に察知した。
そして現在、パレード開始時刻。
観客が通りから溢れんばかりに群がる中、先頭に立つ鹿の双子は深呼吸をした。
薬草屋。大通り。警備員たちが監禁されていた路地裏。数々の違和感を反芻しながら、二人はパレードに気を引き締めて臨む。
―—けれど、始まりは唐突だった。
「おいっ、植物の様子が変だぞ!?」
周りの人々は危機感に駆られながら頭上を見上げる。
プランターに植わった無数の花は―—無慈悲なほど紅く輝いていた。




