『聖樹』と因縁
双子の鹿の少女、ルラとメルはパレードに向けて仲間の獣人たちと一緒に演奏の調整をしていた。
「ルラメル、何か薬草屋でひと悶着あったみたいじゃん、どったの?」
大きなハープを担いだ犬人の美女が、一生懸命にラッパを吹く双子にそう声をかけた。
「メンテナンスの時に不具合があってさ」「そこで優しいお兄さんと会ったの」
よどみなく紡がれる二人の説明に、犬人の美女は少し考えこんで、
「ふーん……まあ何もなかったなら良かったけど?最近物騒だから気を付けなね。異世界交流会も近いんだし、面倒ごとに巻き込まれてなんていられないよ」
「まあ、ルラメル、こいつのお小言は気にしない方がええで。こいつは是が非でも異世界交流会で演奏したいだけや」
「うぜー、関西かぶれの狼はよー。私はプロになりたいんだよ。こんな獣臭い楽団なんか出てってやる」
「その臭いの原因の何割かは犬だと思うんやけどな」
犬の美女と、関西弁の狼の青年が言い合うのを他所に、双子の少女は打ち合わせを進めた。
「メル、今回のパレードって、商店街の大通りを歩きながら広場に向かう感じ?」
「うん、お姉ちゃん。大通り、すごく綺麗に装飾されてるみたいなの。時間あるし、ちょっとだけ見に行ってみる?」
そうして、双子の少女は大通りへと向かい、事件の渦中に巻き込まれていく。
ちなみにパレード三十分前の出来事だった。
「爺、や……?」
一方で。
早枝は呆然自失しながら、頭上のプランターに花と一緒に飾られているツタを見上げた。
紛れもなく、そのツタは密輸組織の、早枝たちの仲間だ。見間違えるはずもない。太い茎、黄色の葉、体中の斑点……。早枝は、組織に入って五年余り、その元人間の植物と一緒に過ごしてきた。だから、分かってしまった。
「アレが、爺や…?なんでココに…」
そんな浜木綿の疑問が皆まで言われないうちに、早枝は頭上のプランターに飛びかかっていた。
「爺や、起きて!早枝だよっ!」
早枝は鳥に変化して飛翔し、プランターに巻き付いた爺やを剝がそうとした。しかし。
「なんで、取れないの……っ!??」
ツタは、魔法で接着してあるかのように剝がれない。早枝の顔が焦燥に歪んだその時。
「おや。何をしてるけ?小娘」
どこか楽しそうな声が響いた。
浜木綿も、早枝も、キャサリーナも、突然暗闇から現れたその女の方へと振り返る。
背後には、泥を煮詰めたような笑顔を浮かべる―—ゴスロリの女がいた。
「困るの、パレードの演出を勝手にいじくられては。……と、そこにおるのは『竜滅の少女』じゃないけ?なんじゃ、死んどらんかったのか。ジロめ、あやつ適当こいたの」
「……!??」
浜木綿は、人間に化けていたのにも関わらず正体を看破されたことに動揺した。
「分かるんじゃ。世の中の仄暗いところに身を堕とした者の匂いはの。めったに消え失せることのない、生と死がへばりついた匂いじゃ。」
「ディジェイ……まさかアナタと会うとは、ね……」
「姐さんと呼んでいいんじゃぞ?そちはまぁまぁ面白い娘じゃった。生きとってくれてわしゃ嬉しい」
「嬉しい?相手が、壊れていくのを見るサマが?狂生根の寄生を解く気もなかったくせに」
「心外じゃの。アレはレイゼンの独断じゃろ?わしゃできることならそちを手元に置いときたかった。
しかし……、そち、元気そうじゃな?警備隊に拾われたのか。警備員がわしのもとにたどり着いたのは、そういうことじゃったのか」
「警備、員……?」
その言葉に、早枝と浜木綿が一瞬で凍り付いた。
「何じゃ、分かりやすいの小娘ども。もしや……知り合いじゃったか?」
ディジェイは萌え袖を口に当てて腹黒い微笑をこぼした。
浜木綿は、女につかみかかりそうになる衝動をこらえて、努めて冷静に尋ねた。
「その警備員を……ドウ、したの」
「くく。どうしたっけな?わしとの交渉に応じない愚か者たちじゃったからの、勢い余って殺してしまったかもしれん」
「「……!!!!」」
早枝が蒼白になる。浜木綿の視界が怒りで真っ赤に染まる。心の中で困惑と憎悪が渦巻く。
かつての仲間を見据える浜木綿は、出血しそうなほど拳を強く握りしめながら、体から湧き出そうな植物たちを何とか抑えていた。
「ディジェイ。アナタを倒して、梓を助け出す……!!!」
「それでいいんじゃ。精々あがいてくれな?『竜滅の少女』の抜け殻よ」
断ち切れぬ縁でつながれた者たちの、戦いが始まった。
「狂生根」
開戦の合図は、それで十分だった。
白髪の少女から、栓を抜いた水のように勢いよく植物が噴き出す。鋭利な刺の茨、重量がある砲丸のような花、強靭な力をもつ蔓など、殺傷能力に特化した植物が次々と現れる。代償として、ギチギチと緑色の脈を腕全体に浮かび上がらせながら。
「全く、無駄じゃ」
対して、ディジェイは嘆息を一つ。
「融合」
それだけで、植物の猛獣たちは、お互い磁石のように引き付けられ、くっついた。
「っ!!コノ魔法……接着系!?」
一つに固まった植物たちは、浜木綿が動かそうとしてもびくともしない。ハーレナの副作用で植物を自分の手足のように動かせるはずの彼女は、焦燥に駆られた。
「魔法とは違う……ただの、『呪い』じゃ」
手をかざすディジェイは、どこか悲愴を滲ませる。
「そして接着系でもない。反発」
すると、浜木綿の傍にいた早枝が、浜木綿に弾かれるように吹っ飛んだ。
「早枝ッッ!!」
浜木綿は声の限り叫ぶ。早枝は近くの民家に激突し、土埃の中へと姿を消した。
「な?分かったじゃろ?魔法でも妖精魔術でもなく、わしのこれが呪いであると」
魔法や妖精魔術は魔力を消費する。一般に広まる基本魔法ではなく、固有魔法であれば尚更。そう簡単に連発できるものではない。
だから、『呪い』というのはたちが悪い。
「呪い……アナタは、何に憎まれたの」
浜木綿は愛剣を鞘から引き抜きながら、目の前の女に問うた。
「そちと同じじゃよ?植物に、見初められたのじゃ」
浜木綿は驚愕した。
「それは…寄生?」
「くく、もっと強大なものじゃ。
わしゃ―—『聖樹』の膿の掃きだめにされたんじゃよ」
聖樹。それは、裏世界を支える超巨大樹であり、ハーレナの寄生を治す唯一の存在。
「聖樹の、膿…?」
そこで、土埃の向こうから、腕に軽い擦り傷を負った早枝が姿を現した。
「ふむ、小娘、その程度ですんだのか…」
「クッションに変化したんだよっ、それで衝撃を殺せたっ。
で?今、あんた、聖樹の膿って言ったっ?」
「言ったのう。わしゃ聖樹の病原菌を移された身じゃ。それが?」
「じゃあ、あんたはもしかして……『治樹学校』の生徒?」
その一言で、ディジェイの笑みが明らかに崩れ、顔には動揺が走った。
「そち…何故、その学校を知っている?」
「聖樹の膿、つまり、聖樹が持つ悪の力を与えられた人は、政府によって管理されることになったっ。それが治樹学校でしょ?国家機密だけどっ」
「じゃから、何故、知っている!!」
思い出したくない過去を突き付けられたかのように、ディジェイは感情的に叫んだ。
早枝は、静かな怒気を纏いながら、頭上のプランターを見上げた。
「あんたが奪ったあたしの仲間は……爺やは、人間だった時、治樹学校の先生だったんだ」
その言葉に、ディジェイは、体を震わせながら、瞳を遠い過去へと向けた。
「将仁、センセイ…?」
読んでいただきありがとうございます。
語り手である主人公が欠席しているので、初めて第三者視点で書き通した回になります。ヒロインたちの奮闘を見守ってくださいませ。




