サーチ・インザ・魔道具商店街
その時、警備庁には震撼が走った。
「倉庫の竜翠が盗まれていた……!?」
関東支部局長である梓の上司は、その衝撃に通信機を取り落とし、椅子を倒して立ち上がった。
「竜翠が?どういうことよ?」
局長室に入り浸り暇な者同士でチェスをしていた雪芭は首を傾げる。ちなみに、局長室には他にも早枝と浜木綿がいて、ボードゲームを片っ端から引っ張り出して遊んでいる。ミーラリと錦、ネリネは、浜木綿が提供した情報を基に異世界反対派の捜査に協力しているため出払っている。つまりここにいるのは未成年とお尋ね者と暇人だけなのだ。
「生育異常を起こす薬、あれは竜翠種から作られていたんだ。そう……警備庁の地下倉庫から奪ったやつで」
「マタタニアって……、あなた、何で奪わせるような真似したのよ!?」
「あそこの倉庫の権限は私にはないんだ。管理部の陣地なんでな。…とにかく、地中に穴を掘られて倉庫から持ち出されたらしい。今から、裏世界機関から来た男と梓が様子を見に行くそうだ。」
聞き耳を立てていた少女二人がピクリ、と反応した。
「梓が、行くの?」
「それならあたしも行く―っ!その二人だけじゃ危ないよっ!」
「行くって君たち…お出掛けじゃないんだぞ。(ちっ、私の部下め、モテてやがる)」
上司は心の中で舌打ちしながら少女二人を諭す。対して無邪気な早枝と浜木綿は、
「あたし頑張れば自分と他の人ひとりくらいなら変化させられるよっ!異世界反対派がいてもバレないって!」
「様子を見に行くだけだったはずが、いつの間にか植物関連の厄介ごとに巻き込まれるのが、アノ人。ワタシが助けないと」
覚悟を決めている二人の様子を見て、考え込む上司に保護者である雪芭は和やかに言った。
「行かせてやりなさいよ。彼女たちをここに留めておくなんて、宝の持ち腐れよ」
「……分かった。早枝と『竜滅の少女』、いや今は浜木綿か。気を付けろ。君たちはただの密輸組織に過ぎない。奴らを捕まえるのは私たち警備隊の仕事だ」
二人の少女は頷いて駆け出して行った。雪芭がチェスの駒を動かす。
「チェックメイト」
「なっ!?雪芭、人がカッコつけてる隙に何進めてるんだ!」
その後、チェス盤を奪い合う小さな乱闘が勃発した。
「道は……ここまでか。どれくらい歩いた?」
「穴に入ってから一時間ってところかね。おっ、梓っち、梯子がある!登ろうぜ」
「ああ。…そういえば、君の名前を聞いてなかったな。なんて呼べばいい?」
「コードネームくらいなら教えてやってもいいぜ。僕様は『灰生』だ!かっちょいいだろ?」
「確かに暗躍向きっぽい名前だな……、と、灰生、天井のこの扉、開けていいのか?」
梯子を上りながら、後ろに続く灰生にたずねる。
「もちのろん、僕様の分析によると、僕様たちが今いる座標は下町の路地裏、しかも何年も前から所有者がはっきりしていないグレーな場所だ。怪しいだろ?」
異世界反対派のようなアウトローな連中が活動するにはもってこいだな。不安を確信に変えながら、扉を開けると―—そこは。
建物がひしめき合う、エキゾチックな商店街だった。
「思ってたのと違うな…何じゃこりゃ」
度肝を抜かれるのも仕方ない。だって、童話に出てくるような色とりどりの商店がネオンサインと共にごった返していて、店の前に置かれたショーケースは魔女が使っていそうな壺や匙や水晶なんかで溢れているからだ。
「魔道具……商店街」
道のわきの看板には、かすれた文字でそう書いてあった。ちなみに裏世界の共通語。
「あ~、あれだな、『出張出店』だ」
「出張出店?」
「こっちに住む裏世界の人間向けに、世界を跨いで店を出すことさ。ここはつまり、裏世界でも表世界でもない、世界の狭間だね」
「狭間か。世界間のトンネルもその一種だな」
「そーそー。この商店街なら、奴らはいくらでも行方をくらませられるだろうねー。ってことで聞き込みといこう!初見の町ではまず現地の人に話を聞くってのが黄金ルールだぜ!」
サングラス白衣は研究者としての血が騒ぐのか、ノリノリで近くの薬草屋に突撃していった。
ベルを鳴らして中に入ると、出迎えてくれたのは目つきの悪い黒ドレスの婆さんだった。
「いらっしゃい。蛙の軟膏か竜の背骨の出汁、どっちがいいかい?」
「間を取って、金にも代えがたい情報が欲しいね」
「はっはっは!手慣れてるようだね、人間の客。いいよ、何が聞きたいんだい」
灰生はにこやかに微笑むと、単刀直入に切り込んだ。
「ここら辺で、竜翠を大量に持った人を見かけなかった?」
婆さんの目がすっと細まる。
「マタタニアかい…道理で警備員がいる訳だ。私は知らんよ」
「いや、俺はただ話が聞きたいだけだ。この商店街を取り締まろうとしてるんじゃなくて」
「どうだかねぇ……お、客だ。あんたたち、買いに来たんじゃないならどきな」
入り口のベルが鳴るのに合わせて、俺たちは端へと追いやられた。新たに入って来たのは、鹿の角を生やした獣族の双子だった。
「おばあさん、この楽器に油差してー」「もうすぐパレードなの」
双子のうち橙色の二つ結びの方が先に発言し、水色の三つ編みの方がそれに付け足した。
「いつもの油だね、承ったよ」
双子は二人とも手にラッパのような楽器を携えていた。異世界の楽器だろう。曲線的なフォルムが特徴的なそれを眺めていると―—心臓がドクッと跳ねた。
『——ウ』
楽器から唸り声がしたのだ。
「いっ、生きてる!?」
「よく気付いたね、人間さん」「この楽器は、中に生きた植物を入れて音を出すの」
試しにと、二つ結びの少女の方が楽器に口を付けて吹いた。プワーッという奇怪な音がする。なかなかに癖のある楽器だ。生きた植物を使ってるんだから当然か。…聞こえてくる唸り声がだんだん苦痛を伴ってきていて聴いているこっちは心が痛むけれども。
「ルラたちは、ミサキ獣人楽団の団員だよ」「後で広場で演奏するから、メルたちを見に来てほしいの」
ルラ、メルと名乗った双子は、ミサキ獣人楽団所属だという。ミサキ獣人楽団。噂で耳にしたことがある。裏世界と表世界の間を自由に飛び回り、世境なんて関係なく多くの人に歌を届けることを目的にした楽団だ。そのメンバーは全員が獣人。目の前にいる鹿の双子の少女のように。
「はい、楽器貸してちょうだい。油差すから」
そこで、戸棚を探していた婆さんが戻って来た。手には、瓶に入った黄緑の油。その瓶が視界に入った瞬間、また心臓を直接掴まれているような嫌な気配を感じた。この予感は。
「婆さん、その瓶ちょっと見せてくれ」
強引に瓶を渡してもらう。婆さんは怪訝な顔をしていたが―—
『アタリねェ。これ、竜翠が使われているわよォ』
狂生根が俺の答えを裏付ける。
俺は、手近な薬草の束を取り、そこに一滴、瓶の中身を垂らした。
―—すると、薬草が瞬く間に巨大化し、手の上で暴れ出した。
双子の少女も含め、その場にいる全員があっけにとられる。薬草が、人を襲おうと触手を伸ばしたところで、
「『止まれ』」
狂生根の命令。怪物化しかけていた薬草は萎み、元の姿に返った。
「なぁ、婆さん」
婆さんが怯えたように肩を揺らす。
「これを、いつ、どこで手に入れたか―—教えてくれないか?」




