7月26日 午後5時35分
遠くで蜩が鳴いているようだ。いや、近いか。ここは月極の駐車場の奥を入った左側の区画、雨晒しに耐えた鈍色のフェンスの継ぎ目がぐいと捲れ上がり、名も分からない木が自分のテリトリーを主張するようにその間にしっかりと根を張っている。3メートル程度の中途半端な高さがこの住宅街にはよく似合う。蝉の声は見上げた先の方、空へ深く突き入れた枝から聴こえてくる。なんで太い幹ではなく細い枝なんかにいるのだろう、とぼんやり思う。飽和する水蒸気に脳内を侵され始めていることが何となく解った。
何だか気分が悪い。どす黒い“それ”が生まれるのは胸よりもっと奥の奥の夏の光をもってしても照らされない場所、その暗がりはこの躰の主たる私でさえもまるで宇宙のように計り知れない。
泥濘みに足をとられた。駐車場には砂利が敷き詰められているが、所々に色濃い土が覗いている。思えば今日は昼まで雨だった。
泥濘みに足跡が大きく残ってどきりと振り返る。水分で緩んだ地層に自分の判を押したようだった。黒いワイドパンツの右ポケットを上から強く握る。つい一時間前までそこで守られていた硬く冷ややかな鍵はもうなかった。
(大丈夫、次の雨で全部消えるから)