7月28日 午前10時2分
美羽は急いで支度を整えたつもりだったが、やはり段取りが悪かったらしい。部活は9時から始まっているのにまだ自宅にいる始末だ。昨夜のうちに母親に7時に起こしてほしいと頼むべきだったのだが、相変わらずの小言に腹を立てて早い段階で自室に籠ってしまった。
(今から駅まで走れば8分、17分の電車には乗れるはず……)
パイン材のシングルベッドの足下、定位置に鎮座している重いトートバッグを「よしっ」と景気づけに声を出して勢いに任せて持ち上げれば、持ち手につけたキーホルダーとパスケース、流行っているキャラクターのぬいぐるみがじゃらりと音を立てた。
そのまま部屋を出ると階下に気配を感じる。これは母のものだと直感する。まだ何か言うことがあるというのか。
無視をしようと胸に固く誓い一気にL字の階段を駆け降りる。降りると左にリビングの扉、右に玄関があるから右に曲がらねばならない。だが、左手のリビングの扉は開け放たれており、母親がその扉のノブに手を添えながらこちらを見ていた。
見ないふりをして三和土に揃えられているローファーを踏みつける。少しでも早く家を出なければいけないのに靴を踏みつけたまま全身を強張らせてしまったのは彼女の名前を聞いてしまったからだ。
「ねぇ、結菜ちゃん、帰ってきたって。昨日の夜」
そんな予想もしていなかったことをお母さんが綿あめみたいに軽い口調で言うから、私、思わず振り向いてしまったじゃない。