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7月22日 午後10時6分

(ああ、もうすぐ旅立ちの日がやってくる)

優月はゆっくりと目を閉じ、そして開いた。

準備は既に終えた。全ての必要なものはワインレッドが印象的なお気に入りのスーツケースに、まるでパズルをはめたようにきっちりと収まって、今は部屋の扉の横で出発の刻を待っている。そして今回の出発が18年暮らしたこの部屋からの旅立ちであり別れであることをどこかで感じとっているのか、その艶を消したボディは物憂げで儚い。

(ネガティブになるなよ)

私は赤い相棒に心の内でそう声を掛けて、スマートフォンと財布だけをカーキ色のマウンテンパーカーのポケットに収めると、家の者に気付かれないよう注意して家を出た。


結菜から連絡がきたのは15分前だ。その時の私は、終業式後に長々とおしゃべりを楽しんだクラスメイトと、その名残を惜しむようにメッセージのやり取りを続けていた。今や世界の何処にいてもタイムラグなしに関係を繋げられる時代なのだ。友人達は、これからも私と気軽に近況報告ができると信じているようで、別れだと言ったところで、帰ってくる時のお土産には大統領が通うショコラショップの一番人気が良いだの、私もいつか留学したいから現地の様子を動画を撮って送ってくれだの、随分はしゃいだ様子で絡んでくる。ひとつひとつに真面目に返信することに疲れてきた頃、結菜からのメッセージ通知が目に飛び込んできた。

“いつものコンビニで会えない?”

結菜らしい全ての説明を省いた短い文章に、頭で考えるよりも一瞬はやく指が動いた。

“15分で着くよ”

反射的に打ったメッセージを既読になるまで20秒程見つめていると、それは何かの始まりを合図するかのように稲光のように明滅してみせた。


家を出るとむうっとした空気が押し寄せてきて窮屈な程に私の身体に巻き付いてきた。ひとつ浅い溜息をつくと、街灯に導かれるように夜道を小走りで進む。このあたりは住宅地が広がっており、家々の柔らかい明かりで夜道と言えどとても明るい。二つ目の角を曲がれば月極めの駐車場が見え、そこから続く緩やかな坂道の先にコンビニの浮世離れした明かりが認められた。白い光に四方を囲まれた建物は、まるで宙に浮いているように見える。いつだってここに来る時は何故か夢見心地になってしまうのが随分前から不思議だったのだが、気分が上がることには間違いなく、夜に結菜と待ち合わせをする時はよくこのコンビニを指定したものだった。

コンビニまでの最後の道は僅かな勾配ではあるが登り坂になっている。続けてきた早足を少しだけ緩め呼吸を整えながら見上げると、コンビニの前の駐車場スペースの脇で空を仰ぐ結菜が見えた。

(ここからじゃ結菜の姿全部は見えないんだな)

坂の下からは小高い丘の頂きにいる結菜の足元は見えず、その像は私にとって妙な不安感を生み出させるほど不完全に思われた。人差し指の爪を親指の腹で強く撫でる。見たいものを見ることができないジレンマが私の足の速度を再び上げさせた。

(あちらが下りてきてくれれば解決するのに)

白い光を纏った結菜はまだ私に気付かない。どうやら夜空を見上げながら何かを思案しているようだ。

(見上げる私と見上げられる結菜ではどちらが幸せだろう)

あと15メートルで登り切る。

結菜が視線を下界に降ろす。右から左へとゆっくりと首を捻り左へ60度ずらしたところで私の姿を捉える。結菜が私を呼び出したというのに、一瞬、何故こんな時間に優月がいるのか訳が分からないといった表情を浮かべたのには閉口する。だけれども、結菜は昔からこんな子なのだから仕方がない。勿論、今更腹立たしく思ったりもしない。

一歩たりともこちらへ向けて歩を進めない結菜だが、今度は表情をがらりと変えて、えくぼが印象的な人懐っこい笑顔を向けてくる。どうやら天から降りてきたのは視線だけではないようだ。

結菜は坂を登りきろうとする私をただただ無言のうちに笑みを湛えて見つめてくる。果たしてその場所から見える私はどんな感じなのだろう。本当はそう訊いてみたい。結菜に私の後ろに広がる景色はどのように見えているのだろうか。


私はちゃんと光を背負えてる?

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