7月22日 午後4時59分
午後は微睡みの中で過ごした気がする。
もうすぐ優月が帰宅する時間だ。今日は終業式のため帰りは早そうなものだが、旅立ちを前に友人達と最後のおしゃべりでもしているのだろう。朝方、家を出る時に
「夕飯までには帰るから」
とだけ私に伝えて彼女は焦げ茶の革靴を鳴らした。
そろそろ夕食の準備をしなければ、と思うがなかなかソファに横たわったままの身体が思ったように動いてはくれない。分かっている。もう少し夢での邂逅の余韻に浸っていたいのだ。
深く、深く。
そう呟きながら両手を地に這わせて大地の熱を探る。
その姿はまるで土下座をしているか、神に祈りを捧げているよう。
私は少しの湿り気を感じる瑞々しく柔らかい土に十の全ての爪を突き立てると、深く、深く、と、それを吐息から声に変えて掘り始める。抉るように上から下へと指から掌まで全てに力をこめて土を掻き出す。一心不乱に土を掘る一方で、こうも思う。
……ここは、何処だろう。
見覚えがあるようでいて、決して思い出せないのだ。
まあ、何処でも良い。掘り進めるべき場所さえ解っていれば他は取るに足りない筈だ。
土を掻き分けて自分の両脇に小さな山を創る。徐々に山が連なり谷ができる。私は頭を前に精一杯伸ばして引き裂いた大地の奥を窺う。自分の影で大地の口が暗く染められ、目指すものの姿が確認できない。私が邪魔してしまっているのか、奥まで照らされるべき天の光を。
大丈夫。
見えていなくても、構わないんだ。
そろそろだろうか。
いや、まだだ、もっと深く、深く。
なんだか下に擡げていた頭に酸素が行き渡っていない気がする。首の地点で血管も酸素も止められてしまったように、両腕は確かに動くのに、視界はぼやける。やがて、呪文を唱えていたくぐもった声が荒い呼吸に変化した。
苦しい、苦しい、苦しい。苦しい。
もう、もう、これが限界なのか。
堪りかねて一度勢いよく頭を上げれば、その反動で身体がしなり急いで後ろ手をつく。爪の中に入った粒子が気持ち悪いようでいて実のところこそばゆい。天を仰いだままひとつ大きく息を吸って再び地面に目を向ければ、真新しい土の山脈が見えた。
ああ、これは、神の光景だ。
途端に充分に気が満ちたこの指でもっと深く抉りたいと思った。もっと高い山を創ってみたい。
もっと、もっと。
もっと、もっと。
数回渾身の力をこめて土を大きく掴み出した後、がっ、と指先が何かを引っ掻いた。それは硬い金属か石か。逸る気持ちを抑えて覗き込めば、いつの間にか温かさから熱さを持ち始めた土の中で、少しだけ冷涼なオーラを発しているものがあるのがわかる。
鼓動が鐘を打ち、身体が波打つ。首筋の太い血管が脈を打って心臓へと走ってゆくのを感じて身震いする。
とっくに黒い土がこびり着き固くなった指の腹を使って冷たさのもとを辿り丁寧に土を払う。
ほら、ここにあったでしょ。
私の大事な宝箱。
こんな汚れた手で開いてもいいのかしら。
でも。
でも、やっぱり会いたい。
私の大事な優月。
優子は薄く目を開いて、横になっているソファから窓の外を窺った。もしかしたら雨雲が近づいているのかもしれないと思える程に庭の木々の葉は鈍色を宿している。
身体を起こすというより、横に転がるように反転させて床に降りると、リビングのローテーブルにゆっくりと肘を立てて頬を乗せた。
結婚してから私達夫婦には長らく子どもを授からない日々が続いた。夫婦で不妊治療外来に通い、神頼みのために休みがとれれば各地への旅行も重ねた。安産祈願で有名な水天宮にも二人で出掛けた。多くの妊婦と駅ですれ違った際には場違いな気もして足が竦んだが、ここでは子宝祈願もできるのだと知った時から必ず行きたいと思ってきた。生命を宿した人々が集う地なのだ、私もそのパワーの泉に身を浸すことができたら、そのまま良い方向へ引っ張られる気がした。
私達のもとへ幸せが訪れますように。
帰り道に二人で甘味処へ寄り、あんみつとぜんざいを穏やかな心持ちで楽しんだことが思い出される。
そしてその願いからちょうど1年後、私達はついに新しい命を授かった。私は診察の後、高揚した気分のまま百貨店のベビーグッズを取り扱う売り場へ足を踏み入れ、小さな靴下を購入した。次の月にはけがれ無き色のベビーベッドを購入した。その翌月にはベビーカーを、その次の時には赤ちゃんが握るラトルとぬいぐるみを用意した。
やがて、その子が女の子だと判った。本屋で名付けの本と歳時記を買った。普段は行かない図書館で夢中になって昼の2時間を過ごした。
名前は最初の贈り物だ。
どんな名前を付けるかでその子の性格が決まる。
様々な先輩ママの格言らしきものを読み漁り、夜は夫と候補の案を出し合った。結果、それは“優月”という名に収斂された。私の名から一文字と学生時代に天文部だった夫が好きな夜空をイメージした名だった。
毎日私はお腹の中で育まれていく赤ちゃんにその名を呼び続けた。赤ちゃんも呼びかけに対して時折腹を蹴って応じてくれていた。
そう、全ての準備は完璧だった。
しかしその子は生まれ出ずるには少し弱かった。
約束の日たる出産予定日の早朝、来たるべき時に陣痛が始まり、夫の運転する車で産科へと向かった。後部座席で額にうっすらと汗をかきながらも胸は高揚感でいっぱいだったその日は、流れる車窓から見える空がとても暗く曇天で重苦しい日だった。
陣痛の間隔が狭まり、いよいよ分娩室に案内される。ここまできたらあと一息だ。そう言う夫に手を握られ、こちらからも力強く握り返す。そういえば、今日の仕事はどうしたんだろう、と夫をちらりと見たところで大きな痛みの波がきた。
もうすぐ赤ちゃんに会える。
痛みは赤ちゃんとの対話、そしてこれから共に生きるための通過儀礼だ。
勢いよく夫の手から自分の左手を離すと、天井に向かって腕を伸ばし虚空を掴む。爪が掌に刺さっていただろうが、そこにはもはや何の感覚もなかった。
外では雨が降り出したようだ。濃密な湿度のさざ波が病室の窓を曇らせる。
「…………梅雨入りかなぁ」
夫は私に目を向けず呟いた。
陣痛まで一緒に体験したのにその激しい痛みに耐えられず、あの子は喪われた。あと少しではあったらしいが、そんなことはどうでも良かった。
私は、半開きになった口唇のまま何故か素直にその事実を受け入れ、静かに目を閉じた。
それから暫くの日々はただの生ぬるい抜け殻として過ごした。
十日程経ってからゆっくり母子手帳を開くと、短い彼女のヒストリーをなぞってみる。潰えたページに淡い染みが広がる。急いで服の裾で拭い震える指でペンを操った。時間をかけて裏表紙の裏側に今の思いを書き添える。
どうせ失うのならば心中したかったんです。




