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7月23日 午後7時51分

(もう寝ちゃおうかな)

そう思って狭い四角形のブースで脚を伸ばす。結菜の少し高い背丈ではこのスペースは余裕がなさすぎる。眠る時は丸くならなければならないが、その前に充分に伸びをして身体を解してやりたい。座ったまま脚を伸ばし、腕を片方ずつ伸ばしながら肩を回す。首を後ろに一度倒しぐるりと回しながら下向き方向に顔を持ってきた時、パソコン横に雑に置いたスマホの通知ランプが点滅していることに気がついた。

上へ伸ばしていた右腕を前へ力いっぱい伸ばしてスマホを掴む。勢いよく持ち上げると反応した画面が明るくなった。優月からのメッセージが届いている。これをすぐに開くべきか考えあぐねて天井を見上げる。ブース毎の扉や壁はよく手入れされているようで綺麗だし、パソコンも最近入れ替えたのか最新型を揃えているこの店舗だが、天井は汚れていた。確かに簡単には手が届かない高さだし、こうやって見上げる人はそういないから構わないのだろう。しかし、天井の筋に線状に連なる埃はずっとそのまま動かない訳ではないことを私は知っている。フロアで人間が動き行き交う度に風がうねり塵が巻き上がる。その空気の渦が埃を攫って呑み込むと途端に重くなり、ただただ落ちる。つまり、今見えているあの埃はこの部屋の中で循環しているだけなのだ。あの、人間が目を逸らした“要らないモノ”は。

私も目を逸らす。そんな小手先の逃げに関わらず、逸らした先にもうすぐあいつが再び現れることは理解できていても、私はせずにはいられない。少しの時間稼ぎにか過ぎない行為を続けてしまうのは、果たして自分の弱さからなのだろうか。今までやり過ごすことで、その時の到来を先延ばしにしてきたけれど、それは間違いだったのだろうか。人間など皆、そうやって生き永らえているのではないのか。天井の埃の除去のために真っ先に脚立を持ち出せる人は中々いない。


(やっぱ優月のメッセ見てみるか)

一度はパソコンデスクの右端に置いたスマートフォンを再び掴み上げ、ロックを解除する。私は指紋認証も顔認証も自分の跡を残すようで好きになれない為、いつものようにあの子の誕生日と自分の誕生日を絡めたパスコードを入力する。

優月からのメーセージは短かった。

『全部準備できた』

スタンプもない。そもそも優月との間柄でそのような気を遣う必要はない。

送られてきたこの七文字をじっと見ていたら、この薄いスマートな機器が熱を持ってきている気がして、つい手を離してしまった。スマホが杢グレーのカーペット地の床に落ちて鈍い音をたてる。私はその軌跡を目で追いながら、頭が一気に澄み渡るのを可笑しく感じていた。

(ああ、違う。私の手のひらが熱いんだ)

汗をかいた掌を開いて頬に当てると、クーラーで冷やされた頬に掌からの熱が徐々に伝播していくのを心地よく感じる。ついに私のモラトリアムは終了するのだ、と心の中で咆哮した時、頬から蠢く熱が細く長い首筋にまで達したことに気付いた。

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