足取り
「調査の基本は周囲への聞き込みと被害者の足取りの把握ですよね」
と綺羅が言ったので、二人は被害者の仕事先付近をうろついていた。
現場のビルとはかなり離れているが、あのビルが殺害現場とは限らないし、被害者が昼間出社していたのは確かだそうなので、まずここにやってきたのだ。
「でも、聞き込みなんて、もうとっくに警察がやってるんじゃない?」
「やってるでしょうね」
綺羅はあっさり頷くが、
「でも、僕らには警察が得た情報を知る方法がありませんからね。新聞やニュースだと情報規制もかかるだろうし
同じ情報でも、自分達の足で調べないと」
綺羅は言いながら、辺りを見回す。まず誰に話を聞くか考えているようだ。
工事現場があった。
工事予定の看板によると施工時間は、九時から十九時までとなっていた。
「昨日も工事してたなら会社から出てくる有原さんを見てるかも···」
綺羅は言いながらずんずん作業現場に近づいていく。
「あ、ちょっと!」
浮世も慌ててついていった。
「そこの御方!」
綺羅が声をかけたのは、一番近くにいた作業服の青年。
年齢は二十代後半ほどで、ここにいる作業員の中では一番若いかもしれない。
細面で背が高く、全体的な顔立ちは整っているが、とにかく目つきが鋭かった。
しかも見るからに不機嫌で、いかにも怖そうな男性だ。
が、綺羅は構わずずかずかと近づいていってしまった。
「すみません。昨日もここで工事されてました?」
「ちょ、ちょっと···」
浮世は止めようとするが、
「あ゛!?」
青年に恫喝されて固まる。
「僕たち、この女性の調査をしてるんですが、見覚えありませんか?」
綺羅は全く動じずにそう言って被害者の似顔絵を見せる。
この似顔絵、浮世の記憶とニュース映像を元に綺羅が描いたのだが、これがよく似ている。もしかしたら彼は画家かイラストレーターの方が才能があるのかもしれない。
男性は綺羅をぎろっと睨んで、
「警察にも聞かれた」
質問責めで疲れているのか、男はかなり不機嫌そうだ。
が、
「何度も同じことを繰り返させるのは申し訳ないですが、警察は聞いていても、『僕たち』は拝聴出来ていないわけです!!
貴方の心労を考慮はしますが、それを踏まえてあえてお聞きします!!
この女性を見ませんでしたか!?」
「········」
男が不機嫌顔から、なんともいえない表情になった。
周りにいる作業員や通行人たちも呆気にとられてこちらを見ている。浮世は貝になりたくなった。
目付きの悪い作業員は根負けしたように溜め息をつくと、
「警察に言ったことをそのまま言えば良いのか?」
「お願いします!!」
「その女なら、昨日の夕方、六時くらいに見たな」
口調は乱暴だが、落ち着いて話す分には低くて良い声をしていた。
「歩いたり、走ったり、なんだか焦ってる感じだったから覚えてる」
その時点で犯人に追われていたのだろうか。
「こっちを見て何か言いたそうにしてたが、結局何も言わずに走っていったな」
そう言う彼の表情は暗い。
被害者が襲われたのは彼の責任ではない。だが、彼はそのときに声をかけなかったことを後悔しているのかもしれない。
「追いかけてた相手は見ましたか?」
「いや正直、本当に追われてるのかもよくわからなかった」
浮世は首を捻る。
「大変参考になりました!ありがとうございます」
しかし綺羅は目付きの悪い作業員と、律儀にも周りにいた他の作業員たちにも頭を下げて、その場をあとにする。
浮世は疑問を口に出した。
「なんで周りにたくさん人がいたのに、有原さんは助けを求めなかったのかしら?」
綺羅は少し考えてから、
「もしかしたら有原さんも、追われてるという確信が持てなかったのかもしれませんね」