事件概要
「まずは情報の交換と整理からですよね」
と、綺羅が言うので、浮世は昨夜見たままを彼に話した。
さっきから席を占拠している上に血生臭い話をしてうどん屋さんには申し訳ないが、他に話し合えそうな場所がない。
「なるほど」
綺羅がメモをとりながらふむふむと頷く。
遺体の壮絶な様子を聞いても眉一つ動かさないところは、さすが探偵(?)。見た目よりも肝が据わっているらしい。
「僕の知っている情報は、ニュースや新聞とそう変わりません
昨日の夜、首を切られた有原末子さん五十二歳のご遺体が廃ビルから投げ捨てられた、と」
被害者の名前は、昨夜警察から免許証を見せられたときに目にしてはいたが、きちんと聞くのは初めてである。
「しかし、そこまでするってことは、犯人は被害者に相当な恨みを持っていたのでしょうか?」
綺羅に言われて浮世は考える。
ニュースでよく家族間でのトラブル、と聞くが、
「有原さんって、家族はいたのかな?」
「旦那さんと娘さんがいたようですが、五年前に事故で亡くされたようです。ご両親も他界して、一人暮らしだったとか」
「そう···」
他に考えられるのは仕事上での揉め事だろうか。
「職場での評判は?」
「有原さんは○✕物産の事務員なんですが、評判は、特別良いというわけでもなく、かといって悪いわけでもないみたいです」
すらすら答える綺羅に、先程あまり情報を持ってないとか言っておきながら、被害者について詳しすぎないか?と、浮世は眉をひそめる。
「なんでそんなに知ってるの?」
「事務所の先輩方の噂話で
なんでも、警察や記者の方に知り合いがいるそうです」
綺羅はちょっと誇らしげ言ってからふと真顔になり、
「それにしても、首を切って高所から突き落とすなんて···
そんな話が昔のミステリーにあったなぁ
最古の探偵小説で、犯人は···、はっ!すみません。ネタバレするところでした」
「いや、別に良いけど
多分、読まないと思うし」
すると、綺羅はずいっと顔を近づけてきて、
「歴史に名を残す名作ですよ!?
読むべきです。読んでください!是非!!」
「わかったわかった。また今度ね」
浮世はなんとか綺羅をなだめる。
「本が好きなのね」
「探偵として、それなりに推理小説は嗜んでますから」
それは、参考になるのだろうか。
「しかし、読書というのは同じ本でも何度も発見があるので、たとえ一生をかけたとしても一冊の本を真の意味で読み込むことは出来ないのではないかと時々不安になるんですよね」
なんだか哲学的なことまで言い出した。
「本も人の話も、一度で理解出来たら探偵としても役立つんですがね
僕、理解力ないし、忘れっぽいから難しいです」
それでよく見習いとはいえ探偵になれたな、と浮世は思うが、さすがに失礼と思い、口にはしなかった。
「すみません。脱線しましたね。
では、次に参りましょう」