遭遇
鳴り響く着信音。嫌になって携帯の電源ごと切ってしまう。
家に帰ってはきたものの、予想通り浮世はあれから一睡も出来なかった。
怖かったのもあるが、あの後、浮世が事件の第一発見者であることをどうやって調べたのか、いたずら電話が来るし、アパートの部屋の前まで押し掛けてくる記者もいたのだ。
かと言って何の音もしなくなると、一人で家にいるのが恐ろしくなる。
浮世はアパートの前に人がいなくなった頃を見計らって、外に出た。
会社には今日一日休みをもらっている。こんなことなら出社した方がましだったかもしれないが仕事に集中出来る自信がなかった。
今日からしばらくホテルにでも泊まろう。部屋で一人になるのは変わらないが、いざとなったらホテルの従業員に助けを求められる。
街に出ると、周りには大勢人がいて、自分一人じゃないと感じられた。
しかしそこに、
「そこの貴女!」
声をかけられて浮世はびくっと震える。またマスコミだろうか。
無視して立ち去りたいが、すでに人目を引いてしまっているので、浮世は仕方なく振り返る。
息を飲み、絶句した。
こんな綺麗な男性、見たことがない。
芸能人でもここまで整った美形はなかなかいないだろう。年は二十歳ほどか。中性的で、日本人のようではあるが少し異国を思わせる顔立ち。
漫画に出てくる王子様みたい。思わず浮世はそんなことを思う。
あえて欠点を挙げるなら、身に纏った古びたトレンチコートが似合っていないことか。
青年はすたすたと近づいてくる。
浮世は彼の美貌に圧倒されて、その場から動けずにいた。
近づいてきた青年は浮世の耳元で、そっと囁く。
「貴女、昨夜の殺人事件の目撃者ですよね?」
心臓にいきなり水をかけられたような気がした。
思わず彼の腕を引いて路地裏に引っ張りこむと(近くで見ると更に美しい)、
「貴方、誰?」
青年は一瞬きょとんとしてから、はっと気がついた様子で、
「申し遅れました。僕は記者の······」
言いながら肩に掛けていた鞄の中を探り、
「えーっと、記者を名乗るときの名刺って、どれだったっけ?」
「············」
どれだったっけ、ってどういうことだ、と浮世は思う。
青年は鞄の底から名刺ケースを取り出し、
「ああ、あったあった。
···しまった。しばらく使わないと思って切らしたままだった」
「貴方、記者じゃないでしょ」
浮世が言うと、青年はぎょっとして、
「なぁ!?何をおっひゃ」
噛んだ。
「何をおっしゃってるのかわかりかねますね!!」
それで誤魔化せると思っているのだろうか。
青年はしばらく意味のない言い訳とごまかしを続けていたが、不意に諦めたのか真顔になって、
「貴女、なかなかの慧眼ですね」
感心されているのか馬鹿にされてるのかわからない。
青年はコートの襟をこれ見よがしに整えてから、
「改めて、僕の名前は星宮綺羅。私立探偵です!!」
芸名かと思うほど輝いた名前である。
しかし、探偵ということは、
「昨日の殺人事件について調べてるのね?」
「はい!」
とても良い返事が返ってくる。
「第一発見者である貴女にお話を伺いたくて、馳せ参じました!」
「お断りします」
浮世はきっぱりと言う。
先程までの彼に対する素敵な王子様という感想はすでに遥か彼方へ吹き飛んでいた。
浮世は彼をいないものとみなし、さっさと歩き去ろうとした。しかし、
「待った待った待った!」
即座に回り込まれた。なんて足の速い男だ。
「しつこいと警察呼ぶわよ!」
恫喝に、綺羅はむしろ胸を張って、
「呼びたければ呼べば良い!!
むしろ、そうなれば警察から詳しい情報を聞き出す絶好の機会です!!」
無理だと思う。こいつには。
なんだか、話せば話すほどだんだん彼が気の毒に思えてきた。
残念な人ではあるが、悪人ではない、ような気もする。
しかし、綺羅はすすっと浮世の耳元に口を寄せて、
「それになにもタダで、とは言いません
こちらもそれなりに便宜を図りますよ」
と、囁き、にやりと笑った。
読者の皆様は、相手がどんなに美形でも可哀想でも、怪しい人についていっちゃいけません。