5話:転校生
5月28日(水)-------
HRに浮き足立つ教室の空気を感じる。
『今日、転校生来るらしいよ』
『美男子って聞いたけど本当かな。』
学園生活も数年目にもなれば、初等部からのエスカレーター組は全て顔見知りになるほどの小さな世界に来る転校生は格好の娯楽だ。
期待に沸くクラスメイトの気持ちに流されそうになりながら、真代は昨夜の黒い長髪の少女を思い出していた。
(青い瞳の…水を操る能力者の女の子)
同級生かもっと大人びて見える少女は、何かを小さく呟いて立ち所に去っていってしまった。
真代の他に誰も顔を見ていないという彼女は、やっと聞き取れた単語を組み合わせると、オオカミを倒すと、そう言ったのか?
6年前、僕の妹を奪い去ったオオカミを。
(それに、彼女に向けて使った読心が効かなかった。)
彼女の秘密を探らなければ、そう真代は思った。
「おー、転校生を紹介するから席に着け。」
突然の発表に教室が騒がしくなり、先生がそれを無言で制す。なぜか廊下に近い生徒が小さく嘆息する。
転校生が教室に入ってくる。黒髪ロングをツインテールに纏めている。目鼻立ちが整っている。それだけではない。
少女は一瞬真代を一瞥した…ように見えたが気のせいだろうか。
雨宮小春と名乗った少女は、昨日オオカミに追い詰められた真代を救ったその人であった。
と真代は確信した。
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授業が終わるや否や、クラスメイトからの歓迎を興味なさげに教室から出ようとする雨宮を、鞄をひっつかみながら追いかける。
華奢な見た目をしているのに想像以上に歩みが早いが、何とか話しかける。
「昨日、狼から守ってくれた人、だよね」
「さあ、記憶にない。」
彼女は真代の存在に数瞬かけて気づいたと思えば、興味なさげに髪の毛をくるんと揺らした。
「用がないならもう帰っていいかしら」
「良くはない!昨日何か言いかけてただろ、僕はそれを…」
そこまで言いかけて、真代は柔らかい物体に身体をぶつけた。雨宮も音に驚いたのか立ち止まると、まるで二人が来ることを予知していたかのようにリーダーが立っていた。そしてあり得ないことを言い出した。
『探したよ、1年ぶりの新人さん』
リーダーのテレパシー能力で直接語りかけられると、流石の雨宮も驚いた表情で歩みを止めた。
「雨宮小春君だね?昨日の戦い、しっかりこの耳で聴かせてもらったよ。知ってるかい?狼をあそこまで追い詰めたのはもう数年ぶりなんだ」
「なんで名前」
「なんでって、私たちは学園の自治組織 守護者だからね。奉仕活動の見返りとやらで、割と融通が効くのさ」
そう言うと、薄い書類の挟まったファイルを取り出す。雨宮の入学関連書類だと彼女も気づいたらしい。
ちょっと悪役っぽい表情のリーダーだが、そこまでやると脅迫じゃないか?
「リーダー、幾ら戦闘できる人が欲しいと言っても規律を無視するつもりですか。
いくら強くても能力制御率の縛りがある以上、生半可な人材は入れられませんよ」
真代が口を挟むと、リーダーはぎゅっと顔に力を入れた。人手不足だという情報はあえて言わなかった。
お断りされる条件が増えるだけだからだ。
ここで説明しておくと、この学園の平均能力制御率は45%。
5割の学生は30%程度の"日常生活で暴発させない程度"の制御率を保っている。
そしてガーディアンに入るための規則として定められているのは「能力制御率60%」。ましてや入学直後ともなれば、恵まれた環境や本人の努力無しでは成し得ない値だ。
「ところがどっこい!彼女はガーディアンの入隊規則も奇跡的に満たしているんだ!能力制御率60%ピッタリ!」
真代と雨宮は驚いた表情を浮かべた。それを見てリーダーは満足げな表情を浮かべる。
しかし、自分の制御率を聞いて驚くことはなんか不自然じゃないのか?
雨宮にこっそり指摘すると、「能力制御率なんて意識してなかったもの!」と小声で返された。
「雨宮、能力制御率のことは置いておくとしても、君は狼に関わる事情があるんじゃないのか」
「……そんなものないってば!あなた達に付き合う暇なんてないの。」
こそこそと言い合いを続ける2人にやっと気づいたリーダーは、腕を組み数瞬悩んだ後宣言した。
「分かった、それなら譲歩しよう。まずは見学だけでも!」
「………その勧誘の仕方、面倒臭い事情を隠してる。差し詰め人手不足で組織として上手く機能してないってところかしら」
リーダーは図星をつかれたためか、瞳を僅かに揺らす。真代は表情を崩さなかった。
「生まれつき鼻が効くの。とにかくあなた達の助けは要らない。」
そう言うと、雨宮は踵を返して行ってしまった。
学生自治区のガーディアン棟に向かうと、メンバーは未だ学校から帰ってはいないようで、リーダーと真代は2人きりになる。
真代は古ぼけたコーヒーメーカーの電源を入れたのち、セッティングを行う。
「しかし、転入生にしては痛い指摘だった。野生の勘ってやつかなあれは」
「リーダーが分かりやすいだけでしょう」
しかし、彼女は知り得ない事だろうが、狼が現れてから6年間、倒すことが出来ていないというのは事実だった。加えて、ガーディアン自体も1年前にメンバーの殆どを失っている。
『しかしあの転校生、妙に引っかかるんだよ。昨夜のことといい、先刻のやりとりも何かを警戒しているようだ』
リーダーは表情を変えないまま、その眼を赤く染めた。テレパシー能力で直接脳内に彼女の声が響く。
真代も同意だった。普段明るく振る舞う彼女も、リーダーを務めているだけあって、勘は鈍らせていないらしい。
『情報調査特別部隊メンバーに依頼だ。あの転校生を調査してほしい』
「部隊と言っても最後の1人ですけどね」
真代は自虐的に笑った後、コーヒーをリーダーの目の前に置いた。
かつて星の宮学園の教師陣以上しか触れることの出来ない深層部を、下水路のネズミさながら這いずり回り、時には人を騙くらかしてまで手に入れた情報を元に「ある自治組織」を陰ながら支えた部隊がいた。
真代侑己は情報調査部隊で現存する最後のメンバーだった。
5話にてプロローグ部分は終了となります。
次話より「1章:学園の守護者と灰色狼」を開始しますのでもうしばらくお待ちください!
毎週木曜確定更新です。